02
「たまには自分で作ってみれば?お茶菓子。」

なんて天の声ならぬ、乱菊ちゃんの声が聞こえてきた。
しかしそんなものは普段なら無視かスルーだ。いや、無視もスルーも同じ意味だけど、とにかく適当に流してしまうのに、どういう訳か私の腹心であり五番隊影の支配者である雛森ちゃんが食いついた。

「いいですねぇ!手作りお菓子っ!!絶対平子隊長も喜びますって!!」
「そうそう!いいじゃない、どうせいつもお茶菓子買ってるのあんたなんでしょ?」
「うんまぁ…サボりついでに、うん…」
「明日は非番なんだし、たまには彼女らしい事してみたら?」

そんな事を言われ、人の非番の予定を無理矢理決定されてしまったのが一昨日の話だ。

そして昨日はわざわざ雛森ちゃんが渡してくれた手作り菓子の本と睨めっこしつつ四苦八苦ながらもなんとか人の食べれる物を生成する事に成功した。
何が悲しくて自分で作ったお菓子を大量に消費しなければならないのか、と泣きながらひよりに助けを求めれば文句を言いつつも一緒に食べるのを手伝ってくれた。
帰る頃にはヒドイ胃もたれを二人して起こして動けなくなってしまったので、浦原さんに連絡してひよりを引き取ってもらった。

それが昨日の話。

そう、私は万全を尽くしたのだ。ちゃんと練習もしたし味見もした。ひよ里だって最初のうちは美味しいと言ってくれたし分量だって間違いない。
雛森ちゃんに渡された本は羊羹とか善哉の作り方は乗ってなくて現世の洋風菓子ばかりだった。確かずっと前に、もう一度百年前をやり直すその前。いまでは記憶がとても曖昧で上書きされ続けてしまった頼りない記憶の中のずっとずっと昔、まだ私が弱くて皆に守られて現世でひっそり暮らしていた頃に食べたお菓子の味。
写真を見て、ああ、そんな事もあったな、と懐かしい真子の記憶を思い出してもう一度食べたくなった。だから、作った。

「だからってなんでホールケーキやねん…」
「ええ!いっぱい食べれて嬉しいじゃん!!」

なんで文句を言われるのか不服でしょうがない。
意気揚々とおやつの時間になってあらかじめ作っておいたケーキを見せれば、何故かげんなりした顔をされた。
心外だと頬を膨らませれば口先だけの謝罪をしつつも、ちゃっかりと用意されたお皿をこちらに差し出し盛り付けを要求する。
厳禁だな、と思いつつもどこか嬉しく誇らしいため素直にそれを受け取り、スポンジの形がくずれないように丁寧に盛り付け、最後に真子のケーキからイチゴだけ私の皿に奪取し、イチゴのなくなってしまったケーキを真子に渡す。

「コラ、なんでやねん。」
「やだ、いちごはあげないから。」
「アホか。イチゴないケーキなんて主役おらへんやん。脇役しかおらんやん。」
「上に乗ってるイチゴとか私の技量関係ないから、真子はケーキだけ大人しく食べてればいいの!」
「見た目の問題や、ボケ。」

切って乗せただけのイチゴなど、そうたいした問題でもないだろうに。
ぶつぶつと文句を言いつつもフォークをぶすりと柔らかなスポンジの上に突き立てる。ふわふわのスポンジに甘さ控えめの生クリーム、合間に挟んだ果物の甘酸っぱさが絶妙のコンビネーションを発揮していて我ながらいい出来だ、と心の中で自画自賛する。
また胃もたれを起こすかもしれないけどそれえもケーキを食べ勧める手は止まらない。
もぐもぐと絶えず口を動かして次々にふわふわのスポンジを口の中に放り込む。

女の子はやはり本能的に甘いものが好きなのだ。普段、尸魂界は基本的に和菓子中心の店が多いため、必然的にサボりの対価として買ってくる茶請けは和菓子に偏りがちになる。
洋風の食べ物を売る店も一応あるが、私も真子も渋いお茶に和菓子という組み合わせを気に入っているので大抵そういうものを食べる時は貰い物や、あとは他の人が買ってきてくれたものになりがちだ。
だからといって嫌いな訳でもないが、こうして手作りでもしない限り滅多に口にはしない。
面倒くさいのであまり作らないし、手作りを用意してしまえば何よりサボりの口実がなくなってしまうので滅多にしないであろうが。

「なまえ、」
「ん…むぐっ」
「ほら、イチゴ好きなんやろ?もっと食べぇ…」

未だ口をせわしなく動かしていた所に無理矢理大粒のイチゴを放り込まれた。
いつの間にか食べ終わり自分でもう一つよそったらしい真子が、それなりに意地悪な顔をして、今度はスポンジの間に挟んであった小さくカットしたイチゴをもう一度、と口元に擦り付けてくる。
先ほど与えられたイチゴをなんとか噛み砕いて飲み込んで、もう一度、大人しく素直に口を開く。
その様子に大層満足したのか、ほら、とまたスポンジに突き刺したフォークを差し出してくる。

「んまいか?」
「うん!あたりまえ!…もぐっ」
「そーかそーか」

この光景は、どこかで見覚えがある。
確か、そう、誕生日だからって真子が奮発してケーキを買って帰ってきてくれて、それでみんなで私をお祝いをしてくれた日があった。
真子のイチゴを私が取って、そしたら真子がずっと自分のケーキをこうやって私に与えてくれてた。その時もこんな風に笑ってて、そしたらひよりにキモいって殴られてたんだっけ。
だから、私もスポンジにフォークを突き刺して、真子の前に翳すと、

「俺はこっちでええわ」

手を取って、そのまま小さく引き寄せる。
無我夢中で食べていて気付かなかった口の周りに着いたクリームをペロリと舐め上げる。
それに顔を赤くして固まっていると、真子がニヤリと笑うのだ。

「…ッ!!アホ真子!!!!」

そう叫んで、私はケーキを丸ごと真子の口に詰め込んだ。
ふいを付かれてソファの上に倒れ込む真子に馬乗りになり、ぎゅうぎゅうと口の中に無理矢理押し込む。このまま胃もたれ起こして動けなくなってしまえばいいんだ、と僅かな加虐心も混ぜ込みながら許容量を超えて零れてしまったケーキがぽとりとソファに落ちた。
赤い顔をごまかす様に真っ白の生クリームをペロリと舐め、そしてわずかに目を伏せる。

埃を被ってしまった古い古い記憶の中。それでも昔と同じ、変わらぬ日常が確かにキラキラと輝いている。
その事実を思いだし、変えてよかった幸せな未来の現在はまるでこの生クリームみたいにふわふわで甘いものだと、口の中で、心の中でひっそりと噛みしめた。




bkm
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