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ブブブ、と机の端に置かれた携帯が音を立てて震えた。チラリとそちらに視線を向けると着信元の名前が小さく表示されていた。
リヴァイはその名前を見て眉を僅かに顰め、そしてひとつ溜息を吐いた。

「なまえ、携帯鳴ってんぞ。」
「はーい……っと、もしもし、」

台所で洗い物をしている携帯の持ち主を呼んでやる。リヴァイの呼びかけに蛇口を止めパタパタと足音を立てながらリビングの机の上に無造作に放置されている自身の携帯を手に取る。
表示されている名前に小さく納得したかのような表情をして、そして通話ボタンを押す。

なまえの携帯へ、最近は頻繁に男からの着信がある。
しかしそれはなんてことはない。ただの大学で同じテーマを調べる事になったただの同級生の男だと、既に説明は受けている。同じ班にはもちろん女子もいて男子もそいつだけではなく、ただリーダー気質のある男だからこうして自ら連絡を回してくるだけだと。
そう、だからリヴァイが気にするほどの事でもない。

「うん、…え?そうかなぁ……ふふ、」
「………」
「そんなことないよ…うん、そう…」

まだ大学生にもなっていない高校を卒業したばかりのなまえに、半ば強引に結婚させたことを後悔している訳ではない。これで名実共に正式に自分の物になったのだと言いようのない満足感を得られた。
そしてなまえは学生でありながらも、料理や家事を一切手を抜かない。いつも自宅は綺麗に清掃され、出される食事に冷凍物や惣菜ものは一つもない。いつも持たせてくれる弁当も朝早く起きて全て手作りだというのだ。不満などどこにもなく、新婚生活というものを存分に味わっている。
なまえもなんの不満もなく、いつも嬉しそうに、楽しそうに、夫の身の回りの世話をして、料理の練習をしている。
そんななまえだからこそ新妻としてではなく、もう一つの「学生」であるなまえの生活を邪魔するのは止めようと誓っていたのに。

いざこんな風に同年代の男と楽しそうに話をする姿を目の当たりにしてしまうと、そんな余裕など簡単にあっけなく消え去ってしまうのだ。

「え…、ううん、でも、わたし……きゃっ!」

リヴァイに背を向け楽しそうに会話をするなまえへ手を伸ばす。
腰へ腕を巻きつけるように引き寄せバランスを崩させて、ソファに座る自身の膝の上に座らせるように少々強引に引っ張ると、いとも簡単になまえは崩れ落ちた。
なんの前触れもなく行われた行為に小さく悲鳴をあげ、一体なんだと疑問を浮かべながらリヴァイを振り返る。その無言の視線には目を合わせず、首筋に額を摺り寄せる。

『おい、大丈夫か?』
「あ…んーん、なんでもない…それで、なんの話だっけ…?」

携帯から微かに男の心配する声が漏れてくる。慌てて携帯を再び耳に当て返事をする。
そんな事などおかまいなしだとでも言うようになまえのお腹へと回した手を再び強くして、もう一度抱え直す。それに答えるようになまえもわずかに身じろいてリヴァイの膝の上で座り心地のいい部分を探す。そしてお腹にあるリヴァイの手に自分の手を添えて、ゆっくりと背を預ける。
全てを託したようにかけられた体重が心地よくて、先ほどまで薄黒く渦巻いていた感情が腫れるのをリヴァイは感じた。

嫉妬など、いい大人がするものかとなまえに出会うまでは馬鹿にしていた。
大した恋愛もせず、異性を好きになることも他者に興味を持つこともできなかった自分が、奇跡のようなめぐりあわせで出会えた、ぼんやりと見ていた夢の中の人間と、こうして現実の世界、平和な世界でもう一度恋をして好きになるなんて、誰が想像できただろうか。

愛しい、愛しい。溢れて止まらない感情に苦笑して、目の前にある白いうなじにキスを落とす。
その感触に小さく震える姿すら、可愛らしいと思えてくるのは惚れた欲目か。

『だからさぁ、今度みんなでご飯食べに行くから今度こそなまえも来いよ。』
「んん…でも、わたし、」
『お前いっつも夕方になる頃にはさっさと帰るし。たまにはいいだろ?確かバイトとかもしてなかっただろ?』
「うん…でも、私帰って家事とかしないとだし…」
『でも確か一人暮らしじゃなかったよな?なまえの家って高層マンションじゃなかったか?』
「うん…でも、家事はやらないと。私がやるって決めたからさ。ごめんね。」

少々強引な男の声になまえは困ったように笑う。
裏も下心もない純粋な好意を断るのは心苦しいのだろう。しかし苦く笑いながらもはっきりと断りを入れ、そして謝罪をつけて、通話終了ボタンを押した。
ふぅ、と一息吐く。




「別にいいんだぞ、友達と遊びに行ったって。」
「行きませんよ。帰ってからやることいっぱいあるんですからね。」

口をついて出てしまうのは棘のある言葉だけだった。
その言葉になまえは空気を柔らかくさせるだけだった。そしてリヴァイの言葉に柔らかく応える。

「いいんです。私にはリヴァイさんだけで…」
「だが、」
「本当にいいんです。こうして学校も行ってしたい事もさせてもらえて、ずっとこんな風に普通の生活諦めてたんです…私、このまま、高校卒業して働いて、それで、早死にかなって、」

振り返って小さく笑う。今にも消えてしまいそうな笑顔に、半年ほど前のなまえを思いだし、抱きしめる。
いつ死んでもおかしくない、そんな状態だったのだと今なら思う。いつも寝不足でヒドイ隈をしていて、しかしそれはなまえにとって日常だったせいで気にも留めなかった。
しかし実際はフラフラとおぼつかない足で歩いていて、抱きしめてようやく分かったことだが痩せ細っていた。薬を飲まなければ眠れないと聞いた時、こいつは本当に消えてなくなってしまうんじゃないかと、そう実感した時怖くなった。
俺と出会わなかったせいで、もっと早く出会っていれば。そう思わずにはいられなかった。

「リヴァイさんのおかげです。今もこうして生きて、幸せで…だから、学校が終わった後の私の時間は全部リヴァイさんの為に使うって決めたんです。」
「なまえ…」

幸せだと、全身で表現している。
真っ直ぐ見つめてくる瞳に、かつての虚ろさはもうない。
こんな顔をさせられるのはリヴァイだけだと、言葉にせずともそう訴えてくる。

「だから、私はリヴァイさんの物です」
「ああ……そうだな。」

この先死ぬまでなまえは自分の物だと、何度も理解し、こうして確信を得る日々を続けるのだろう。
面倒だとも思うが、それ以上にこうして得られる幸福感と満足感を味わえるのなら、大人の余裕を捨ててなりふり構わずなまえを求めるのも悪くないと、リヴァイは僅かに頬を緩めて笑んだ。




bkm
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