03
ほい、と軽く投げかけられた声と共に顔面にぶつけられた物。なにをするんだと顔から引きはがしながら真子に怒鳴りつけると、きょとん、とした顔をして首を傾げた。

「それ、やるわ。」
「は!?それって…これ…?」

そう言われ手元を見ると、白地に生える鮮やかな赤やピンクで彩られた牡丹柄の浴衣だった。
そしてこれを渡された意味を理解する。そういえばもうすぐ夏の祭りがあったな、と。
乱菊ちゃんや雛森ちゃんがはしゃいで新しい浴衣を買おうかどうか、なんて相談していた。私はと言えば祭りの屋台のたこ焼きやリンゴ飴に想いを馳せて特に着飾ることにこだわってはいなかったのだが、まさかこうしてもらえるとは思わなかった。

「いくで、祭り。」

面倒ぐさりの真子が一緒に行ってくれるとは思ってもおらず、本当は既にひよ里や白ちん達と約束していたのだが、こうなってしまっては仕方ない。なんせこうして浴衣まで頂いたのなら優先されるべき順位は自然と変わる。
屋台食べ歩き全制覇する約束をしていたひよ里に謝らないと、と頭の片隅で思った。しかし表情は自然とにやけ、だらしない声で一言頷く。



お祭り当日。いつもは溜め価値な仕事もなんとか終わらせ夕方からだが二人揃って五番隊舎を後にする。
もちろん私は真子にもらった牡丹柄の白い浴衣で、真子も紺色の浴衣に着替えて、すっかり暗くなった夜空に提灯の明かりが煌々と輝く祭り通りに下駄を鳴らしながら並んで歩く。
といっても、今回の目的は屋台の制覇という目的は変わりなく、そちらこちらから漂う匂いにどれを食べようか迷ってしまう。
くんくんと絶えず鼻を利かせてフラフラと屋台につられるように歩く私の腕をつかんで、はぐれないように捕まえられる。

「で、何食べるんや?どうせ俺の驕りやろ。」
「あったりまえじゃん!なににしよっかなーひよ里とか白ちんとかだったら残しちゃう心配ないからいっぱい食べれるけど、真子は小食だからちゃんと厳選しないと!」
「アホか、あいつらが大食いなだけで俺は普通や。」

とりあえずたこ焼きかな、と振り返ると意地悪な顔して笑って「青のりが歯ぁついて間抜けな顔になるで。」と鼻で笑った。残念ながら今の私はそんなものを気にするほど乙女心モードではない。問答無用で今度は私が真子の腕を引っ張ってたこ焼きの屋台の前に連れて行く。
くるくると鉄板の上で踊るように回っているたこ焼きを観察していると、その横で真子が一船お買い上げ。ソースを多めにかけてもらって鰹節もいっぱい振りかけてもらう。ああ、でも、青のりは少な目にかけてもらった。別に真子の言葉なんか気にしてないけど。
綿あめやリンゴ飴ならいざ知らず、さすがにたこ焼きは食べ歩きするには少々厳しい。そう判断したのか祭りの喧騒から少し離れた植木の塀に腰を下ろす。

「ほれ。」
「わーいありがとー」

時間帯的にもお腹がぺこぺこで夕食の変わりとしてはたこ焼きは丁度いい。粉ものでタコもあってお腹にたまるから、後になってお腹いっぱいになって食べれず後悔するよりは先に食べてしまおうという計画である。
買ったたこ焼きを真子から受け取って意気揚々と輪ゴムを取ってパックを開く。ゆらゆらと白い湯気を出しながらそれに鰹節が生き物のようにそわそわ踊る。
漂うソースの香りに空腹を訴えていた身体が鼻腔が刺激され、添えられていた爪楊枝を手に取り、ぷすりと一つ刺して、口の中に放り込む。

「あふっ!あふひ…っ!!」
「アホか、なに定番な事しとんねん。」

熱いと分かっていてもすぐに口に投げ入れたくなるのがたこ焼きというものだ。若干舌を火傷しつつ何とか飲み下すと、自然と涙目になっていたらしい。目の端に滲んだ涙を真子の指が拭う。
今度はたこ焼きを半分に切り分け、中身のとろとろな部分をふーふーと息を何度か吹きかけて冷ます。たこと一緒に冷ました生地を楊枝で突き刺し、はい、と声をかける。
わずかに掲げたそれに真子が一瞥し、そしてゆっくりと楊枝に被りつく。ちゃんと冷めていたらしく特に熱がる素振りも見せずに咀嚼している様子を見て、私も冷めたらしい切り分けた残りのタコ無しのそれを口の中に放り込む。
何度かそれを繰り返し、私が食べたり真子に食べさせたりしていれば、あっという間になくなった。

「次はりんご飴ね!」
「チョコバナナにせぇや。」
「……なんか真子がいうとやだ、絶対りんご飴。」
「金出すん俺なんやけどなぁ。」
「食べるの私だもん。」
「俺の視覚も楽しませろや。」
「あー!やっぱり変な事考えてたんだ!絶対りんご飴だからねっ!!」

と。そんな会話をしながらも二人のんびり祭りを楽しむ。
真子に買わせては食べ、そしてたまに真子にもそれをあげて、そうやって食べ歩きながら。でも、たまにどこかに腰を落ち着けて焼きそばやお好み焼きなどを食べて、そうしてゆっくりと空腹を満たしていく。


今は水あめをぺろぺろ舐めながら、そろそろお腹がいっぱいになってきたと考えていると、はぐれないようにと繋がれていた手が、ふ、と離された。
驚いて振り返ろうとするとガシ、と頭を固定される。それが気にくわず何とか振り返ってやろうとすると頭が捻りつぶされる程の強い力で更に固定された。

「動くな、ボケ」
「いたたたた!!痛い!離せ!!」
「動かんかったら痛くせんわ、ボケなまえ」
「ボケって二回も言った!」

これ以上痛いのは嫌なので渋々されるがままにおとなしくすると、真子も頭から手を離す。手持無沙汰になってしまって特にする事も無く、とりあえず手にもった水あめを消費するしかやる事がなくなってしまった。
そうしていると、クン、と髪に感触があった。どうやら櫛で髪を梳いているらしい。
されるがままになっていると、首に手が触れた。その感触にびくりと肩を震わせて口の中に入っていた水あめを思わず噛み砕く。その手がうなじに滑り、そこから髪を救い上げる。

「浴衣着とんのになんで髪あげへんねん」
「…だって面倒くさいじゃん。」
「せっかく俺がやった浴衣もこんなボサボサ髪で切られたら台無しや、ボケ。」
「ボケいうな…アホ真子」

髪をいじるのは好きじゃない。というか苦手なのだ。だから普段は髪を下ろしているから髪紐の類もきっと引出の奥にしまいっぱなしだろう。もしかしたら髪紐とかも持ってなかった気もするが。
だから浴衣に似合う簪とかも持ってない。持っていたとしても一人で髪を結う事なんて出来ないから。
口の中で噛み砕いてしまった飴を舌の上に乗せて時間をかけて溶かしていると、首元が涼しくなった。

「できたで、なまえ」
「鏡はー?」
「んなもんないわ、帰って見てみぃ…」

そっと後頭部に触れるとシャラ、と音を立てた。「安もんやけど、ないよりはマシやな、」などと独り言を呟いてこちらを見下ろす。
簪ひとつでこうして髪を結える真子はすごいな、などと感心しつつ涼しくなった首元に違和感を隠せなくて何度かそこを撫でる。
そして見上げて、照れくさく笑う。

「…かわいい?」
「俺の選んだ浴衣と簪つけて、可愛くない訳ないやろ」

その言葉に更に照れくさくなって、それでもそれが嬉しくなって笑みを深くする。
簪と浴衣の御礼。あと、この水あめはまだ真子に食べさせていなかったという事を思い出して、小さく真子の浴衣を引っ張る。
それに気づき、真子も身を屈め、なまえの口の中で砕かれた飴に舌を伸ばした。




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