02
ある日、奇妙な光景が見られた。
リヴァイ班の兵士、オルオ・ボザドとぺトラ・ラルが手に大量の資料を抱えたまま立ち往生していたのだ。
二人の兵士としての実力は人類最強と名高いリヴァイ兵士長お墨付きで、故に彼が自ら率いる特別作戦班のメンバーにも選出された立派な兵士である。
巨人の討伐数、討伐補佐数もさることながら、壁内においても大変上司に忠実で仕事は真面目にこなす。そんな二人が大量の書類や資料を抱えたまま、部屋の前を行ったり来たり、たまに扉に聞き耳を立てては顔を赤くしたりとせわしなく動いている。
しかし、いつまでたっても部屋に入ろうとはしない。

何故だろう、と首を傾げる。

二人が立ち往生する部屋とは、リヴァイ班にあてがわれたリヴァイ班専用の仕事部屋だ。
中には間違いなくリヴァイ兵長もいるだろうが、彼らは立派なリヴァイの腹心だ。固くなる事も遠慮する事もないだろうし、二人が部屋に入ったからといってリヴァイも機嫌を悪くすることは無いはずだ。

気になる事は解決しないと気が済まない。
自分の好奇心に負けて、挙動不審な二人の観察を止め、一歩足を踏み出す。

「ねぇ!なにしてんの!?」
「!!!!ハ…ハンジ分隊長…」

声をかけると大袈裟なほど肩を震わせてこちらを振り返る。
驚愕した顔で目を見開いていたが、声をかけたのが隊は違えど上官で尚且つ顔見知りという事もあり、一瞬で詰めた息をふぅ…と吐いた。
そして、思い出したように慌てて人差し指を口元にあて歯の隙間から息にのせて声を出す。シーっと、子供をたしなめるような口調でそう言うものだから、普段から大きくなり価値な声のボリュームを意識的に落とす。
そして、問う。

「なにしてたの?」
「いや…ええっとですね…」
「ちょっと部屋に入りづらくて…ねぇ?オルオ?」
「あ、ああ…あ!だからと言って立ち聞きしてた訳ではなくてですね!!」
「ちょ!声大きいわよ!!」

シ!と、ぺトラが可愛らしくオルオをたしなめる。顔を青くさせながら反射的に口元を覆うオルオを横目で見ながら、意識を扉の奥に向ける。
そして自らの好奇心に従うまま、扉に耳をピタリと当てる。
先ほど二人がしていたように、所謂盗み聞きである。



薄い扉の向こう、感じるはずのない熱気がブワリと伝わってきた。
聞こえてきたのは、少女の声。
私が拾い、リヴァイが飼っている、いや、本来は監視と言うべきなのだろうが、あれはどうみても飼っているという表現が正しい。
その自分たちがよく知る少女なまえの、荒い吐息が弱弱しい声を乗せて伝わってきた。

「ふぐ…あ、ひゃ…っ」
「おいこら、動くな…綺麗にならねぇだろうが。」
「んぐ…だっへ、ん…リヴァイはんは…あぐ、」
「喋るな、余計汚れる。」

少女の吐息まじりの声に応答するように聞こえてくる、リヴァイの高圧的な声も聞こえた。
ああ、これはたしかに入りずらい。
初心な二人には少々刺激が強すぎるだろうな、と背後の二人を見やった。そして、苦笑いを浮かべると二人も困ったように笑った。
そしてまた、扉に向き直る。

「ふ…ん、ん…」
「ほら、舌出せ…うまいだろ?」
「んむ…おいひ、」
「ああ、そうだろうな…お前のために特別に作らせたものだからな…」
「んー、ん…はふ…あ、いたいれふ…」
「もっと口開けろ…そうだ、えらいななまえ。」

まったく、昼間っからなにしてるんだ。そう思いつつ、好奇心の塊である自分の本能には逆らえずにドアノブへと手を伸ばす。
慌てて後ろの二人が止めようとするが、いつまでもここでこうしていても拉致があかないだろう。ここは二人の上官として、リヴァイの友人として、なまえの責任者の一人として、ガツンと言ってやろうと、勢いよく扉を開けた。



「…うるせぇぞ、ハンジ。」
「………あれ?」
「あとぺトラにオルオ、お前らさっきから部屋の前でなにやってたんだ。」
「おはえひー二人ほもおほひよー」
「なまえ、てめぇは喋るな、垂れるだろうが。」
「はぐ…っ、んー」

予想していた光景とは少し違っていた。いや、体制的には合っていたのだが、想像していた行為には及んでいなかったらしい。

リヴァイは部屋隅に置かれたソファに座り、そしてなまえはそのリヴァイの膝の上に仰向けに押さえつけられていた。ソファでイチャついているんだろうな、とは想像していたがまさかリヴァイが膝枕をさせているとは予想もしていなかった。
そんなリヴァイの手に握られていたもの。なまえのために作らせたというもの。それは、

「歯磨き?」
「昼飯食った後には歯磨きすんのは常識だろうが。」
「いや、うん…え?でもなまえ自分でてきるでしょ?」
「自分でできても磨き残しがあったら汚ねぇだろうが…それに、なまえは歯磨き薬は嫌いらしいからな。」
「らっへ、ここの薬草でつくっへるはら苦くっへ…あぐ、」
「だから喋るな…ほら、これはちゃんと甘いだろう?内地で買ったハチミツっていう奴混ぜてあるからな。」
「うん、おいひー」

なまえを膝の上で仰向けに寝かせ額を抑え、わずかに抵抗するなまえの口に歯ブラシを突っ込む。前歯、奥歯、歯の裏まで丁寧に何度も磨いて歯ブラシを何度も往復させる。
時折口の端から垂れる涎をふき取りながら、なまえの口を覗き込んで綺麗にするという作業に没頭する。
なまえはといえば仰向けにされているせいでたまに喉の奥に飲み込まれてしまう唾液に時折むせては、その度に唾がリヴァイに掛からないようにと顔をそむける。しかしそんな事をするたびにリヴァイは機嫌を悪くし、がっしりと頭を固定させる。
二人はずっとその行為を繰り返す。
まるでバカップルのような光景に、なんだ、と落胆の溜息をつく。期待していた光景ではなかった。期待すればするほど、真実を知った落胆も大きかった。

「ほら、終わったから口の中漱いで来い。」
「ん、ありはとー」
「礼は口洗ってからだ。さっさと行け。」

寝かされていた身体を起こされ、そして口を洗って来いと命令を下す。唾液が足れないように口元を抑えるなまえの背を押し退室を促す。
パタパタと慌てて走り去るなまえの背を見て、そしてリヴァイに向き直る。

「なに勘違いしてたんだ、お前らは。」
「だーってあんななまえの声聞いちゃったらそうとしか聞こえないじゃんかー」
「あいつはいつも俺に対してあんな感じだぞ…緩みきってだらしない。まぁ、躾のし甲斐もあるがな。」
「あーそうだった!リヴァイってば天然ドSでなまえは無意識ドMだったね!!普段の会話からあんな風だもんね!!あ―――もう!すっかり騙された!!!」

地団駄を踏んで悔しがるハンジを鼻で笑い、そして手に持っていた歯ブラシを近くに置いてあるコップの中に放り込む。
ふぅ、と息を吐いてなまえの唾液を拭っていた手を取りだしたハンカチで拭うリヴァイ。
安心と信頼と実績のマッサージ落ちでもなく、かといって本当に行為に及んでいたわけでもなく、まさかの歯磨き落ちという微妙すぎる落ちに大きく大きくため息を吐く。

「あれっ、ハンジさんどうしたの?」
「ああなまえ…いや、ちょっとね…ハハ。」

口を漱いですっきりした顔をしたなまえが戻ってきて、純真無垢な目でこちらを見上げる。
一瞬でもこの子でやましい事を想像してしまった自分を恥じて乾いた笑いが漏れてしまう。後ろの二人も同じなのか目もあわせようとしない。
そんな三人を見て、リヴァイは声をあげる。

「なまえ、明日も歯磨きやってやる。」

「ほんとにマジでやめて!!!!」

三人の声がそれぞれ拒否の言葉を叫ぶ。
その様子になまえは一歩後退し、リヴァイは僅かに口端を緩めた。

ああ、なんかもう、疲れた…本当に、なまえとリヴァイが揃っていると碌なことが起きない。
そう、調査兵団のトラブルメーカーであるハンジが帰ってから自分の部下に愚痴を漏らしていたと、後日そんな奇妙な光景を見たと報告されたのは、また別の日である。




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