09
人に言えば、きっと今まで限りなく不幸な人生だったんだと憐れまれるような生き方をしてきたと思う。医者にかかっても治らない不眠と幼いころから繰り返し見る悪夢。夢の内容を離せば必ず青い顔をされて、ひどい場合には精神科へ行く事を薦められたこともある。
大人達が繰り返し聞いてくる夢の内容、脳の検査、精神鑑定。色んなことをいっぱいやらされて、眠れない身体を無理矢理寝かしつける為に小さい頃から薬漬けの生活だった。
そのため同年代の子達に比べれば発育も遅く、常に目の下には酷い隈が常駐していた為ゾンビだ幽霊だとからかわれ友達もできなかった。
外で遊ぶこともできず、家に帰るだけの生活を十年以上続けてきた。
そんな私を、人は不幸だ、可哀想だと言うけれど、実は私自身はあまりそう思っていなかった。
私を大切に育てて愛情をいっぱい注いでくれた両親や祖父母達がいてくれたおかげで、家に帰っても独りぼっちという事にはならなかった。
悪夢で飛び起きればいつも必ず父と母が寄り添って眠ってくれたし、友人が出来ない私に常に母が寄り添ってくれた。

充分に幸せだと、心の底から実感していた。
夢の中の私よりも、現在の私の方が幸せなのだと。
どんなに部下に恵まれて愛してくれる恋人がいても、無くしてばかりの前世の私より、与えてくれる人に囲まれた私の方がずっとずっと幸せだと、そう思っていた。
だから不幸なんかじゃない。幸せだ。

「どうした…」
「……なんでもないです。」
「その割にはニヤニヤしてたがな…」
「えっ、そんなにですか!?」

その言葉に思わず両手で頬を抑えると、小さく笑われた。手からジワリと伝わる熱に自分の顔が赤くなっている事がわかって、思わず顔を伏せる。
すると僅かに熱を含んだ声で名を呼ばれ、するりと顎に手をかけられる。

「こちらを向け、なまえ…怒ったのか…?」
「お、怒ってないけど…うぅ」
「なら、こっち向け。」
「ん……っ、ん…」

顔を上に向けられると先ほどまで小さく笑っていた顔が至近距離にあった。いつも仏頂面で怖がられている人が、私の前だけこんな風に頬を緩める。その顔がたまらなく好きで、それを見る度私の頬も緩んでしまうのだからついニヤけてしまうのは仕方がない。
そんな事を考え思わず目の前に迫った顔に看取れていると、唇に柔らかな感触を感じた。礼儀としてとりあえず目を閉じると、思ったよりも深く口づけられ私の唇が食べられるんじゃないかと思う程激しくて、思わずくぐもった声が漏れ出る。

熱い眼差しも、熱い体温も、熱い口付けも。本当はいらなかった。必要なかった。そんなものなくても、幸せだったから。
だからこれ以上の幸せを得られる日が来るなんて、思わなかった。

ぷは、と思わず離れた途端に声を漏らす。荒くなった息を何度も深呼吸しながら整えていると、頬を撫でる感触に目を開く。

「で、なに考えてたんだ?」
「んー…ちょっと、昔のこと。」

そう言って笑って言葉を濁すと、まるでその先を離せとでも言うようにくい、と頬を引き寄せられる。それに困った表情を作りながらどうしたものかと考える。
リヴァイにとってなまえの昔話とはつまり自分が出会ってない所為で悲惨な過去になってしまったと思う節があるから、いつもなるべく自分から話題には出さないようにしていたのに。
それでも話せと言われてしまえば話さざるを得ない。

「私、言ったじゃないですか。生まれ変わったからってもう一度好きにならなくてもいいって。」
「……ああ…そういえば、そんな事も言ってたな…」
「ぅ…機嫌悪くならないでください…」

彼にとってはあまりいい記憶ではないらしく、僅かに眉を顰める。その気迫にびくりとするが、気にせず言葉を続ける。
ただ機嫌が悪いリヴァイさんが若干怖いので身体を寄せて胸に顔を埋める。すると少し強い力で抱き寄せられる。

「で…私って色々夢のせいで不憫強いられてたじゃないですか。寝れなかったりとか色々…」
「そうだな…」
「はい…でも、私自身は別に不憫とか感じなかったんです。だってお父さんもお母さんも一緒にいてくれたし、お医者様も尽力してくれて…薬があれば眠れましたし…」

肩を抱く手に力が籠められる。だから、気にしなくてもいいといつも言っているのに。

「夢の中の私より、今の私の方が幸せなんだって夢を見る度に実感してました。だって、お父さんもお母さんもいて、クラスメイトもいて、誰かが死ぬなんて事も怖いものが襲ってくる事もなかったから…だから、」
「……」
「だから、リヴァイさんに会わなくても私は幸せで、満足してて、このまま死んでも別にいいかなって…」

思っていたこともあったんです。と、静かに告げる。
本当に思っていた。このままでは死んでしまうかもしれないと看護婦さん達が小さく話しているのを小声で話しているのを聞いたこともある。死人みたいな顔だな、とからかわれた事だって何度もある。
死んだように生きているのだと、無理矢理生かされているのではないかと、ならば早く死にたいと思ったことだってもちろんある。その度に両親の愛情に触れ、主治医の先生が何度も診療して尽力しているのを見る度に、無理矢理生きているという感覚は消え去って、ならば生きれる所まで生きてやろうと思っていた。それで死んでも悔いはない。
夢の中で生きていた私より、私の方がまだ生を満喫して謳歌しているのだから。これが私の人生ならば仕方がないと、あきらめにも似た感情を持って生きていた。

「でも、」

もぞりと埋めていた胸から顔をあげる。
苦々しい顔で私を見下ろしていた。安心させるように、笑いかける。そしてその表情のまま、言葉を発する。
優しい声を心がけて。柔らかい声音で。いまの幸福感を全てその言葉に詰め込めて、言う。

「リヴァイさんに出会えてから、変わったんです。」
「なまえ…」
「あなたのおかげです。リヴァイさん…」

まさか出会えるとは思わなかった。一緒にこの世界に生きているとは思わなかった。
あの高校入試試験の日、今思えばあれこそが運命の出会いと言うべきなのだろうか。

「本当は、生まれ変わって別の人生歩んでるだろうからなるべく関わらずにしようって思ってたんです。だって私、あの夢のせいで色々あって自分はずっと短命なんだろうなとか勝手に思い込んでたし、こんな隈だらけの死人みたいな顔晒して余計な心配かけさせたくないな、とか色々考えてて。あとはまぁ、気恥ずかしいっていうのもあったんですけど…とにかく、わたしの事覚えてないなら別にそのままでもいいかなって本気で思ってて…」
「ほう…」
「でも…いまはこんなに近くにいてくれるんですよね…」

ふふ、と小さく笑って再び抱き着く。暖かい体温がじんわり伝わってきて、その温もりに目を閉じる。固い胸板も力強い腕も、夢の中で体験した時と全く同じ。それでも私が得られる幸福感はきっと夢の中の私よりも何万倍も多いはず。
だって、夢の中の私は作り物の笑いばっかりしていたけど、今の私は違う。リヴァイさんに出会うまでずっと暗い死人みたいな顔だった反動か、出会ってからはずと幸せで自然と頬が緩む毎日だ。

「なまえ…」
「?……、んっ」
「二度と、放してやらんからな…、」
「ん…、ちょ…リヴァイさ……っ、ふ…」

息を食べるようなキスをされ、言葉を封じられる。いつの間にか肩だけではなく、腰にも腕を回されて強く引き寄せられる。
息をしようにも離れない口付けに胸を押し返して離してくれと訴えると、ほんの一瞬だけ解放された。
その間に息を整えて、生理的に浮かんだ涙でぼやける視界にリヴァイを映す。
熱を孕む瞳の奥に、後悔と罪悪感の色が見てとれた。
私もリヴァイさんも、もう夢は見ていない。今を大切に幸せに生きているのだから、もうそんな暗い色を映して欲しくない。
そんな彼の不安を拭うように言葉を紡ぐ。

「出会ってくれて…もう一度好きになってくれてありがとうございます…」
「……なまえ、」
「もう二度と、放さないでください…」

顔を寄せて、こつん、と額を合わせる。
目を開けば、彼の瞳は安堵の色に染まっていた。
願わくば、この先、ずっとこの色が変わりませんようにと願いながら、何度目かの口付けを落とされた。




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