01
結局の所、色々他の人間とお互いの認識の差に語弊があるだけで、結局の所そこらにいるバカップルと変わらないんだろう、とハンジは内心毒を吐く。
しかしそれを本人に言った所でリヴァイからは理不尽な暴力を喰らうし、なまえからは変な目で見られるし、いい事なんてひとつもない。
あのカップルに関わったらとばっちりを食うだけだ。そう、内心で理解している。理解しているが、それでも二人は放っておけないのだと、ハンジはそう思った。
それはきっと隣のエルヴィンも同じなのだろう。
申し訳なさそうに、苦笑を浮かべながら、一枚の書類を差し出す。

「すまないな…ハンジ。どうしても今日中にリヴァイの認印が必要なんだ。」
「なーんで私なのさぁ…別にミケとかでもいーじゃーん。」
「さて、これは誰の書類の中に紛れていたっけな…ああ、そうそう、確かきちんとファイリングもせずに締切ギリギリに出してきたせいだったかなぁ…」
「あーあーあー!!きこえなーい!きこえなーい!!」

全ての元凶は、そう、間違いなくハンジだ。
事の発端は先日の壁外調査での事。ヘマをした新兵をなまえが庇い、怪我をした。そんなよくある話だ。足をやられたため一週間は絶対安静と言い渡され今は部屋で療養しているはずだ。
しかし、なまえがいなくなって困るのはハンジだ。ハンジの部屋は常に巨人への調査と報告と、ありとあらゆる昔の資料と、そして思いついた可能性を手近にある神に走り書きをしたメモで散乱している。一日でも放置すれば紙で溢れかえる。だからこそ、潔癖で片付け上手ななまえは一日たりとも欠かせない存在だったのだが、あろうことか一週間。そのなまえはいない。
そして時期も壁外調査後ということで部下からの報告書や損害の程度を記した上に出す重要な書類ばかりであるが、もちろん今回もさまざまな巨人に出会い興奮していたハンジは記憶の限りに出会った巨人の詳細をまとめるのに必死で、部下からの書類も上に提出する書類も、後回しにしていた。
それが、この結果である。
なんとか徹夜で書類を作成したはいいものの、よりにもよってリヴァイの認印がいる書類が中に紛れ込んでいた。
そして提出期限は今日。どうしても、リヴァイの元へと行って判子を押させないといけないのだが、もう一つ問題があった。

「大体なんでなまえはリヴァイの部屋に泊まりっきりな訳〜?たしか、なまえと同室の子ってぺトラでしょ?あの可愛い子。で、リヴァイの班の子なんだから、なまえの事だって任せればいいのに!!」
「仕方ないだろう…リヴァイが無理矢理引きずって行ってしまったらしいし、なまえが嫌と言わない限り私には口出しする権限がない。なんせ、プライベートな事だからね。」

いま、リヴァイの部屋にはなまえがいる。安静にしろと告げられた日にリヴァイの手によって連れ去られてしまったのだ。
しかし二人はもう一部の間では公認の中だ。それはもちろん、同室のぺトラだって知っている。故に苦笑しながらも、連れ去るリヴァイを黙って手を振るというオプション付きで見送ったらしい。

「じゃあ、頼んだよハンジ。」
「はぁ…ビンボーくじだ。」
「ならこれからはなまえ任せにしないで、もう少し部屋の片づけくらいはすることだね。」

最後の一言は余計だ、と心の中で悪態をついて部屋を出る。
向かう先はリヴァイの部屋。さすがに、こんな真昼間から事に及んでいないよな?と、わずかな希望を託しながら歩みを進めた。



「ぅん…んっ、…ぃた…」
「ッチ…まだ痣とれねぇのか…」
「ぁ…冷やしたら、なおるって…お医者さんが、いって……っ、痛いです、へいちょ…」
「簡単に傷つけられやがって…クソが。」

忌々しげに、腫れた足首に噛みつく。
庇った際、巨人の手によって傷つけられる事はなかったが、着地に失敗し足を捻ったという。
何年立体機動装置使っているんだと呆れたが、巨人を前にして新兵もなまえも助かったのだからこの程度の怪我で済んだのは上等だと判断するべきだろう。
しかし、それは兵士長としての判断であり、リヴァイ個人としての納得する場所はどこにもなかった。
勝手に助け、勝手に傷を作りったなまえ。助けた事は褒めて称賛してやってもいいが、こうして体によけいな痣をつけたことが気にくわない。

「…ふ…うっ、え…」
「なまえ?どうした…」
「だって…わたし、もう…汚い?」

リヴァイが汚した。リヴァイだけが汚した。だから、綺麗だと言ってくれた。そんなリヴァイが今はずっと、もう一週間近く汚いと言って執拗に痣の部分を噛み千切る。
最早なまえの右足は当初ついていた痣だけでなく、リヴァイの付けた噛み傷による瘡蓋まみれで赤黒く腫れあがっていた。
しかし今のなまえの涙は足が原因ではないと、リヴァイはもちろんちゃんと理解していた。
だから手を伸ばし涙を流す頬に触れる。優しく涙を拭えばなまえの涙はすぐに止まり、そしていつも恐る恐る怯えるようにリヴァイを見つめる。

「なまえ、勘違いするな。お前の身体は傷がついたんであって汚れた訳じゃない。」
「…そう、なんですか?」
「そうだ。その傷も、原因がなんであれお前の不注意による事故だろう?」
「うっ…はい。」

気まずくなって顔を伏せるなまえ。
顎をつかんで、こちらを強制的に向かせる。

「なら、まだお前は大丈夫だ…綺麗なままだ、なまえ。」
「んっ…、よか…った…ふぅ、ぁ…」
「大分腫れも引いたし…ん、治るだろうな…」
「ぅん…そ、だといいんですけど…でも、傷が…」
「ああ、この噛み傷ならしばらく残さないとな…二度といらねぇ怪我しないように、見る度思い出せ。いいな、なまえ?」

はい、と弱弱しく返事する。
顔を赤くして涙をため、熱のこもった瞳でリヴァイをまっすぐ射抜く。それにようやく気を良くしたリヴァイが身を起こしてなまえの肩を弱く押す。
それから先、どうなるのか理解したなまえは抵抗もせず、ぽすっと軽い音を立ててベッドに倒れ込む。リヴァイは左足を掴みなまえへ見せつけるように傷を舐め、血を啜り、そして薄い皮膚の部分に歯を突き立てる。肉が突き破られる感触にビクリと肩を震わし、しかしその一連の行為をじっと見守る。

「なまえ、」
「リヴァイ…へい、ちょう…」

そして二人の距離がゼロになる、その時



「ちょおおおおっとまったああああ!!!」

文字通り場を切り裂くように叫ぶ声が、扉を蹴り破る音と共に入ってきた。
なまえはとろとろに溶けていた思考を一瞬で固め、リヴァイの高揚していた気分は一気に下がった。

「ハンジ…てめぇ、」
「ごめん!!ほんっとごめん!!!でもここで入らないでいつ入るの!!!?いまでしょ!!!?」
「……言いたいことはそれがけか?」
「これ!リヴァイの判子が必要なの!!それもらったらすぐ帰るから!!マジで!!!だから始める前に判子ちょうだい!!!あ、サインでもいいから!!!!」

そしてわずかに皺になった書類を突き出す。
その内容を見て、そして険しい顔を般若のようにして、机の引き出しを乱暴に開ける。それが重要な書類でなければ今すぐここでハンジは気を失うまで暴力を振るわれていただろうと予想し、そして身を震わせる。
ハンジから書類をひったくり、内容を確認している間、ふ、となまえの姿が目に留まる。
いわゆる彼シャツというものなのか、ぶかぶかのシャツ一枚に白い脚を投げ出してベッドに腰掛けている。怪我をした足首は腫れてこそいないが赤い傷跡がいくつも目立つが、それは間違いなくリヴァイがつけたものだろうと予想する。
相変わらず、どこか趣旨が違う気がするが、他人の恋路に首を突っ込むべからず。

「部屋、もう汚いんですか?」
「え?ああ、うん、なまえがいないから全然片付かなくてね!!ハハ…」
「ハンジ…お前はもう少しなまえ離れをしろ。」

リヴァイに言われたくない、とまた心の中で悪態をつく。早く終わらないかなとやけに長く感じる待ち時間に冷や汗をじわりとかいた。
といっても所詮は書類一枚。すぐに用事は片付き、早く出ていけという視線と共に書類を返される。

「じゃ、じゃあお邪魔しましたー!!!!!」

出来うる限りの全速力で部屋を後にする。
大きな音を立ててしまった扉に内心ほっとする。



胸やけした。
リヴァイに縋り泣くなまえと、悪態をつきながらもなまえが大切なんだと言葉の端々に含ませるリヴァイに。

「あー…いまなら砂吐ける、まじ…」

他人の恋路に首をつっこむべからず。世間ではそんな格言もあるが、今度からは、恋人の逢瀬を盗み聞きするべからず。その格言も今度から付け加えよう、そう一人拳を握った。




bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -