06
隔月で行われる壁外調査に置いて最も重要とされるのは個々の力量はもちろんだが、現場に置いて重要なのは連携。この一言に尽きる。
たった一人で巨人に相対できるのは分隊長レベルでなければ難しい。だからこそ班員たちとの意思の疎通を問題なく出来るように何カ月も時間をかけて訓練を行う。
しかし班員同士だけでは意味がない。周りの、ほかの班の人間とも連携を取れるに越した事はない。壁外では何が起こるかわからない。念入りに事前訓練をしておく事は少しでもわずかな生存率を上げる為に必要な事だった。
どんなにいい作戦を考えたところで実践するのは兵士達だ。実力が有る者も、無い者も、ただ理想と野望と過信を持って入ってきた新兵達にも、求められるものは全て同じ。
だから、調査兵団兵士の訓練は大抵は班員同士の連携を高めるための立体機動訓練が主だ。訓練兵の頃に何度もやって最初は辟易する者も多いが、これが一番大事な事なのだと先輩兵士は口を辛くして訓練に臨むよう言うのだ。
そして、定期的にではあるが自分の配属された班と、その他の班での合同での訓練もよく見受けられた。
といっても調査兵団全ての人間が同時に訓練することは不可能なため、計画的にスケジュールを立てて複数の班が訓練できるように調整されている。

そして今日は、作戦的にも毎回近くに配置される事が多いリヴァイ班とハンジ班。そこに新しく入ってきた新兵を交えての訓練だ。
調査兵団内でも何度も生き残ってきた実力者のリヴァイ班やハンジ班と共に訓練すれば士気も上がりいい刺激になるため、それこそ本当に毎回のように定期的にこうした訓練は行われる。

「今回の新兵はどう思う?リヴァイ。」
「どうもこうも…よく、あれで調査兵団に来れたものだな。」
「なんでも、リヴァイ兵長に憧れて来たとか。いつかは兵長の様になりたいとか、単純に好きだからとか、理由は様々ですけど。」
「ッチ…馬鹿らしい。」
「ハハ…人気者も大変だね、リヴァイ。」

見ていれば立体機動の実力も中の下がいい所。たどたどしく、意思決定も遅い。あれではすぐに死んでしまうと、三人は言葉に出さずとも考えている事は同じだった。
その為にはまず、その新兵と連携を取ってうまくフォローに回る先輩兵士が重要になってくる。
木から木へとアンカーを刺して新兵を交えた班の連携を後ろから確認する。リヴァイとハンジの立体機動裁きは見事なもので言葉を交わさずとも視線を交えずとも二人は距離を近づける事も離すことも、ましてやスピードを落とす事も無く森の中を飛んでいく。この境地に達しろまでとはいかないが、せめてアンカーを刺すことを躊躇って速度を落とすような事はしない方がいい。一瞬の躊躇いが、壁外では命取りなのだから。

この班の問題点をあらかた確認し終えた時、視界の端でバランスを崩した新兵の女の子が見えた。
あ、と一言発するより先に目の前を飛んでいた影が舌打ちを一つして、速度をあげてその女の子の元へ向かっていった。

「おお〜リヴァイってば王子様みたい!!」
「うるせぇぞ…おい、お前…」

木から滑り落ちる女の子を片手で抱えて立体機動を巧みに使って落ちる衝撃を無くすようにして静かに地面へ降り立つ。手つきは乱暴なのに、その姿は本当に絵本の中の王子様みたいだったと、適当な木の上で観察する。
抱えた女の子を下ろし、そしてその子に言葉をかける。

「壁外では俺は助けてやれねぇからな。お前の班の奴らがお前のフォローに回る。だから上手くやろうとしなくてもいい…力の限りお前の力を出し切ればいいんだ。いいな?」
「は、はい!!」
「ならもう一回だ。今度はうまくやれよ。」

その言葉に力強く返事をして、少し先に進んでしまった班の先輩達と合流すべくアンカーを気に突き刺す。チラリと見えた顔は先ほどの余裕のない顔とは違い、心なしかどこか晴れたような表情だった。
それを見て、彼女の士気は上がったな、とひとつの問題点を解決した事を理解した。



「あれ?なまえ?」
「なんですか、ハンジ分隊長。」
「なんか、近くね?めっちゃリヴァイ見てるんだけど…」

ハンジ分隊長が私の上司なんですから隣にいるのは当然だ、そう主張すれば困ったように頭を抱える。隣のモブリット先輩がそんなハンジ分隊長に苦笑いをしながらこっそりと自分の上司を盾にしてリヴァイ兵長からの殺気の籠った視線から逃れようとするのを私は見た。
今日は一日訓練の予定のため、一旦休憩を取っている最中だ。分隊長や班長クラスの人達が軽く午前の反省点を踏まえての話し合いをして、それが終わればいつもならば当然のようにリヴァイの隣にはなまえがいた事だろう。しかし今はどういう訳かぴったりとハンジから離れようともしない。
いつもならばハンジもまたその行為を嬉しく思い涎をまき散らしながらなまえを抱きしめ返すのだが、今は状況が違う。歓喜よりも困惑が先に来る。

「なまえ?リヴァイはいいの?」
「……いや、です…」
「…そっか。」

なまえはリヴァイに対して拒絶の言葉は口にしない。そう躾けられてしまったから、そしてリヴァイの命令には儒順に聞く。
しかし一度、たった一度だけ彼女はリヴァイを拒絶した。彼女が嫌だと考えるより先に言葉に出てしまったから。気持ちを抑え込むことがどれほど身体に悪い事かリヴァイはわかっていない。リヴァイの様に怒りに任せて拳を震える程なまえは強くない。それでもリヴァイには必死に答えようとしている、健気な女の子だ。
そんな子が、いや、と。言葉にした。
リヴァイに聞こえていなくてよかったと安堵する。もし聞こえてしまっていたのなら今日の訓練ではなまえは使い物にならないだろう。
さっきから背中にしがみつくなまえを振り返ってハンジ自身の身体でリヴァイから隠す様に立つ。
身を屈めてなまえの顔を窺い見れば、ほんの少しだけ眉間に皺を寄せてわずかに怯えたような表情を作っていた。

「なんで、嫌なの?なまえなら理由あるんでしょ?」
「…ここ、痛くなるんです。兵長見てると…だから、近くにいるのは嫌です。」

胸のあたりを撫でながら苦しそうに顔を歪める。
はて、何か病気か、悪い物でも食べたかな、と頭を捻る。もしかしたら何か大きな病気とかかな、と考えしかし結論は導かれない。
朝は普通だったはずだ。
至って健康、いつも通りに朝食も食べていたし何か病気だという話を聞いた事も無い。春に行われた一斉検診では問題なかったはずだ。

「あ、もしかして。」

思考を巡らせているとモブリットが声をあげる。
その声につられるようにハンジとなまえの視線が高い位置にあるモブリットの目と視線を交えると、二つの目に見つめられて当の本人は若干身を引く。しかしすぐに気を取り直し、言葉を発する。

「ほら、さっき、リヴァイ兵長が新兵の女の子を助けていて、ハンジ分隊長が兵長の事まるで王子様みたいってからかってたじゃないですか。それでなまえ、それに嫉妬したんじゃないかな?好きな男の人が自分以外の女の子とそういう事してるのって嫌じゃないですか?」
「…そうなんですか?ハンジ分隊長。」
「えっ、わかんない!だって私好きな異性いたことないしね!!」
「そうですか…私もです。」
「なまえは違うでしょ!?あれ、俺の認識違ったのかな……」

心配することは無いぞモブリット。私も同じ突っ込みを心の中でしたからな。ハンジはそう視線で訴えかければモブリットは苦笑いを浮かべる。生憎彼にはまだこの二人の対処法がわかっていないため、あまりこの二人に首を突っ込むのは感心しない。モブリットがリヴァイから無用な躾を施されるのを分隊長である私が止めなければ、などと無駄な決意を込める。
しかしいつ見てもおかしな二人だ、きょとんと首を傾けるなまえにハンジは改めて理解する。
好きだという自覚がない恋人同士がこんなにも厄介だとは。

「あの子を助けたのは正しい判断だと思います。リヴァイ兵長が行かなければ私が行っていました。だから、それを攻めるのはお門違いです…でも、」

ぽつりと、呟くように自分に言い聞かせるようになまえは言葉を漏らす。
心臓のあたりをぎゅっと掴んで、薄い肩が小さく震える。

「それが、いやだなんて…私、心せまいんでしょうか…?ハンジ分隊長…」

心なしかいつもより潤んだ瞳がハンジを見上げる。
その姿に、たまらず声を張り上げる。



「うっひょおおおおおお!!!!何この子超かっわいいいいいいいい!!!!!見てモブリット!!ほら!!!いまのなまえくっそかわいいい!!!」

耐えきれず小さく震える小動物のような彼女に抱き着くとわずかによろめきながらもしっかりと支える。何度も頬ずりをしてモブリットにも見せつけるようにして、この可愛い生き物を愛でる。
その様子にいつものように呆れた色を濃く表情に映したモブリットの顔が次第に青ざめていく。なんとかハンジからなまえを引き離そうとするよりも早く、ハンジの後頭部に鋭い蹴りがさく裂した。

「…おい……クソメガネ…」
「いっ……てぇ…マジ、これシャレにならん…まじ…」
「理由はこの際どうでもいい。早くなまえを離せ。」

ずるりと全身の力が抜けて地面へひれ伏す。それをなまえがなんとか支え、そして屍一歩手前状態となったハンジの身体をモブリットが回収する。
ハンジによって隠されていたなまえの顔をようやく見て、その表情に元々険しい顔つきが憤怒の色に染まる。
これ以上やられたら本気でやばい、と本能で察したのか自分の腕で力なく倒れている上司をなんとか隠そうとモブリットが一歩下がる。

「おい、起きろハンジ…なんでなまえが泣いてんだ。」
「私泣いてないです、兵長。」
「お前は黙ってろ…おい、クソメガネ。」

やばい殺される。モブリットがそう心の中で叫んだのが伝わったのか、鈍痛を訴える後頭部を抑えながらなんとか舌を回して言語を発する。
脳の機能がもしかしたら一部失われたかもしれない、いや元々狂人だから関係ないかもしれないが。とにかく簡潔にリヴァイからこれ以上の暴力が振るわれないように、自分の身を守るために言葉を発する。
なまえに自覚があろうとなかろうと、これが真実なのだから伝えてしまっても一向に構わない。そう結論付けて、言う。

「だーかーら、なまえはさっきの新兵の女の子に嫉妬したの!!やきもちやいたの!!!」
「……なまえ、そうなのか?」
「…わかりません…」
「なまえもいい加減認めて!!嫉妬してたよね!!やきもちやいたんでしょ!?だから新兵の女の子といい雰囲気作っちゃったリヴァイに近づくの嫌だったんだよね!!?認めてくれないと私しぬ!!」

ハンジの必死な形相と、モブリットの嘘でもいいから認めてくれという、二人の請うような視線を受けてなまえは目を閉じて胸の痛みと向き合う。
嫉妬という気持ちがどういうものか、理解していない。知識もない。だから、これが嫉妬かと言われれば肯定はできない。しかし否定する要素も見当たらない。
ならばこの痛みは何か。そう考える。

「…あの子が、」

そうだ。この痛みを最初に感じたのは女の子を抱えて王子様の様に彼女を助けた兵長を見た瞬間からではない。あの新兵の子が、晴れやかな顔をしていたから。

「リヴァイ兵長に助けてもらって、話してもらって、嬉しそうな顔をしていたので、」

あの子はきっと、兵長を好きになるんだろうな、と。そう考えた時から、ちくりちくりと胸を小さな針が突き刺すような痛みが止まらなくなった。



その言葉を聞いて、ハンジとモブリットは安堵の溜息を大きく吐いた。

「なまえ。」
「…はい?」
「あの新兵が俺を好きになろうとなかろうと、俺の気持ちが変わる事はない。そんな簡単に他に気持ちが移るような男に見えるか?」
「いえ…兵長は、いつもまっすぐですから。」

真っ直ぐすぎて、たった一言の拒絶の言葉にも過剰に反応する。それもどうかと思うと周りは言うが、兵長はそこがいいのだ。
いつも拒絶され続けてきたなまえにとって、真っ直ぐに求めてくるリヴァイの存在はとても居心地がいい。

リヴァイは手を伸ばし、なまえの頬をそっと撫でる。触れた瞬間びくりと肩を竦めるが、しかしその手を振り払う事はしない。
ゆっくりと潤んだ瞳を上げリヴァイを見上げる。怒られるのかと、怯える瞳にリヴァイは極力優しく語りかける。

「いい、今回だけは許してやる。」
「ほんと、に…?」
「あぁ…」

ハンジの口から告げられた、リヴァイに近づくのが嫌だったと暴露されてしまった。それを怒られるものだと、殴られるものだと思っていたためつい身を竦めてしまったがどうやら杞憂だったらしい。
先ほどまでの機嫌の悪さはどこへいったのか、今はいつも通り、僅かにいつもより機嫌は良さげだった。

「いつも言っているだろう…俺にはなまえだけだ。お前だけが俺を満たせるのだから。」
「…光栄です、兵長…」

嬉しそうに頬を緩めて自身の頬に触れるリヴァイの手にすり寄る。
そうしていつものように、二人の距離は近づいて、そして、



「モブリット、あっちいこっか。」
「…そうですね。」
「おおう…足震えて立てないぜ。ちょ、支えてくれないかい。」

静かにお邪魔虫二人は退散した。
若干げんなりした様子のモブリットの背中をぽんぽんと叩いて、だからあの二人に関わっちゃダメだと言っただろう?といつだったかの忠告の意味がようやくわかったのか、力無くその言葉に頷いたのだった。




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