05
怪我をしたと、そう聞いた。あの人類最強と誉れ高いリヴァイ兵長が怪我をしたと、目の前のハンジ分隊長はとても言いにくそうにそう告げた。
そして、その次に。
事実を。真実を。起こってしまった現実を、目の前に突き付けられた。



壁の中に帰り、いつものように休息の為の休暇が与えられる。しかし今回の壁外調査は色々あったと、回想し、休んでる暇は無いのだろうと休暇にも関わらずいつもの様に制服に着替え仕事場へと向かった。
案の定書類まみれの汚い執務机の上でハンジ分隊長が自身の腕を枕にしていて寝ていた。ああやっぱり、と溜息を一つ吐いて散らばった書類を手に取りまとめていく。捨てていい書類かどうかはハンジ分隊長に聞かないとわからないため、とりあえず無造作にまとめていく。
椅子が軋む音が聞こえた。その音の方へ顔を向けると、ハンジ分隊長がうめきながらむくりと顔をあげた。

「……あ、れ…なまえがいるー」
「おはようございます、ハンジ分隊長。」
「あれ?確か今日はお休みじゃなかったっけ?」
「…でも、ハンジ分隊長だけだと散らかすじゃないですか。片付けるの私なんですから。」

だから、特別出勤です。そう告げると疲れた顔をしながらも力無く笑った。
相当疲労しているのは目に見えて明らかだ。ハンジ分隊長だけじゃない。
他の兵士も、先輩兵士も、私も。調査兵団全体が今回の壁外調査で精神を、戦力を削がれたのだ。
いつもより断然短い調査の割に、犠牲が多すぎた。
目の前で散った命があまりにも多すぎた。
それでも、どんなに命が散っても壁外へ出なければいけない。それが調査兵団の務めで役割だから。だから立ち止っている暇なんてないのだ。
壁の中にいるのなら少々身体に無理をさせてでも、仕事をしよう。
壁外へ出たのは私達なのだから、ちゃんと人類がいつか壁の外に出れるその日まで命を賭して、無理をしてでも、壁外へ向けた歩みを止めてはならないのだ。

「コーヒー煎れましょうか。」
「あーうん…でも、」
「?」
「リヴァイの所に行ってきたら?」

そう言われ、僅かに思考する。それを見てハンジ分隊長はいつもの笑顔を無理矢理形作り、なまえを部屋から追い出した。



扉を叩けば、入れ、と一声投げかけられる。戸をゆっくりと開ければ、そこにはベッドに座り私服を着ているリヴァイ兵長の姿。
私の姿を見て、そしてわずかに眉を顰めながらも、近くへ来いと言うように手を差しだした。それを見て部屋の中へ足を踏み入れる。

「足、大丈夫なんですか?」
「あぁ…歩く分には問題ない。だが、立体機動は無理だろうな。」
「そう…ですか。」

痛々しく包帯を巻かれた足へ視線を投げれば、気にするな、と言葉をかけて私の頭を撫でる。
新兵を庇ったと聞いた。
今回の壁外に置いて犠牲が出た最大の要因である、女型の巨人。目の前で確かに他の巨人達に食われた姿を見ていたのに、どうやら生きていたらしい。そして女型の目的であるエレンを連れ去ろうとしたとか。
昨日聞いた話を思いだし、目を閉じた。
連れ去られそうになったエレンと、今期の新兵の主席であるミカサという少女を庇ったのだとか。新兵を庇って怪我をする事などよくある事だ。それで命を落とさなかっただけ、上等な結果と言える。

「……悪かった。」
「…なにが?」

謝る事なんて、何もない。
最善の判断をしたのなら、その結果を悔やんでもどうにもならない。なぜなら最善で最悪の結果なのなら、結局どの可能性に掛けても結果は最悪でしかないのだから。

だから、

「俺が、もしあいつらと一緒に行けばどうなっていただろうな。俺がいれば、女型を仕留められたかもしれねぇし、ポイントまで誘い込むこともしなければ犠牲だって増えなかったかもな。」
「…もしも、なんて、今となっては考える事も無意味だって、兵長ならそう言うと思った。」
「…そんな事いう訳ねぇだろうが…俺をなんだと思ってやがる。」

その言葉がおかしくて、小さく笑う。
きっとぺトラもこの言葉を聞けば笑ったと思う。そしてきっと小さく笑いながら、後悔なんて兵長には似合わないです、なんて言うんだと思う。
優しい子だから。だから後悔などしなくてもいいと、暗にそう語りかけて、潰されそうになる心を救い上げてみせるのだ。
優しくて、綺麗な心を持った子で、彼女の隣は居心地がよかった。いろんな話を聞いてくれていろんなアドバイスをくれた。当初は私と兵長の話を聞いて苦笑いをしたり怒ったり悲しんでくれたり色々尽くしてくれたけど、最近はもう笑って兵長の所へ行く私を見送ってくれた。
最近では同じ班の男の人の愚痴とかも聞かせてくれて以前よりずっとずっと、距離が近くなった気がしていた。
私が今まで生きてきた中で、私に一番最初に優しくしてくれた人だった。
綺麗な女の子だった。

でも、今は、

「…私、あの部屋一人で使うのやだな…」
「なら、ここで寝ろ。迎えに行く手間も省ける。」
「それって職権乱用って言うんですよ?」
「あ?別にいいだろう…使える物は使うだけだ。」

他愛のない話で、気を紛らわせる。
何かが溢れて零れて止まらない濁流のような感情を必死に押しとどめる。
日常を、隣に座るリヴァイ兵長と、こうして無事にとは言えないが命があって両手両足も揃って帰って来れたのだ。だから、いつもの様に安堵すればいい。無事に帰ってこれてよかったと、そう思って実感して、また明日から頑張ろうと気持ちを切り替えればいい。
そうして日常を求めて今まで保っていたのに、自室にはその日常はもう無い。

だって、ぺトラは死んだから。



「……結果は、誰にもわからないんでしょう?」

だから、リヴァイがそうやって責任を感じる事なんてない。
だから、私を見て気まずそうに目を背けたりなんて事もしなくてもいい。

手を伸ばす。部屋から失われた温もりを、隣に座る人間から与えてもらおうと。そうすればその腕に答えるように兵長の手も背中に回って、ゆっくりと腰に添えて自身の方へ引き寄せる。
力強く抱きしめてもらえば、塞き止めていた何かがピシっと音を立ててヒビが入り音を聞いた気がする。
背中を摩るように撫でて、頭のあたりをぽんぽんと撫でられる。
声が震える。それでも言葉を紡ぐ。

「自分を信じたって、仲間を信じたって、その可能性を選んでも結果は一つしかない。他の可能性を選んだ時間に戻ることは出来ない…なら、」

ぎゅう、とリヴァイの首にしがみつく。

「結果を受け入れて、悼む以外の選択肢はないじゃないですか…」
「なまえ…」
「だから、私に…気なんて…遣わなくていいです……、だから、」

ぽろり。零れ落ちた。

「だから、兵長は…私と一緒に…あの子を、悼んでください……」



なまえの肩をつかんで、しがみつく身体を引き離す。
たった一筋だけ流れ落ちた涙を、リヴァイ自身の指で拭う。

「なら、泣け…なまえ。」
「…っ、でも…」
「死を悼んでやるのなら泣け。泣いて悲しんで、それで最後は笑え。そうして生きろ。それが死者を悼む生者の務めだ。」

どれだけ長く調査兵団に在籍し、どれだけ多くの命を壁外で失うのを目の当たりにしようと、決して歩みを止めてはいけない。それが、調査兵団だ。
でなければ人類はいつまで経っても壁の中で飼われるだけだ。
だから進まなければいけない。壁外を、まだ見ぬ世界へ道なき道をただひたすら。
そう、だから、

「泣け、なまえ。」
「…は、い…」

泣いても、絶対に、立ち止まったりはしない。泣きながら生きて壁の外を歩くから。
でも、あなたはもう、休んでいいから。

だから、おやすみ、ぺトラ。




bkm
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