02
産まれた子供は男の子だった。夜泣きもさほどひどくはなくよく眠る子で、手もあまりかからないと、なんとも生まれた時からできた子であったと、心底思う。
私とリヴァイさん、どちらに似たのか。寝かしつける度いつまでもそんな事を考え寝顔をずっと眺めている。いい加減にしろと、何度もリヴァイさんを呆れさせてしまったが、なんだかんだでリヴァイさんだって仕事から帰ってきたらご飯が出来るまでの間、お風呂が沸くまでの間、合間合間でずっと見てるくせに。そう言うと、わずかに眉間に皺を寄せそっぽを向いて照れてしまった。
リヴァイさんも手伝ってくれて、両親も初孫と言う事で甲斐甲斐しく手伝ってくれたりと、子供が生まれてから日々の生活はより一層楽しく、そして幸せだった。
ずっと続くと思っていた生活も、一年と少しが経った後、無惨にも終わりを宣告された。

「やだ。」
「やだじゃねぇ、ちゃんといけ。」
「やだ、子供いるもん。」
「義母さん達がいるだろう。たった午前中だけだ、喜んで面倒見てくれるだろう。」
「やだ。あの子のお母さんは私だもん。」

机を挟んで、夫婦二人、神妙な顔持ちで向かい合って座っていた。
二人の間に置かれた一枚の書類。勘違いしないでもらいたいが、もちろん離婚届の類ではない。いまでも夫婦生活は円満だ。
なまえが頑なに拒否する理由、それは。

「大学ちゃんと卒業しろ、なまえ。」

復学しろという、要求だった。



子供が子供を産むようなものかもしれないと、そう後悔してしまった事がある。
成人式すら終わっていないような子供を自分の都合だけで無理矢理娶った。しかしそれはなまえ自身も自分で選んで選択した事であり、いずれそうなるのだから今であろうと卒業した後であろうと変わらないだろうと、身勝手ではあるがそう結論付けた事もあるが妊娠は違う。
十月十日腹の中で育てて、出産するときは壮絶な痛みと苦痛を伴う。生まれた後だって慣れない育児に数時間おきにある夜泣き。育児ノイローゼになるかもしれない。
早急すぎたのだ。全てを求めるにはまだ早すぎたと、そう後悔した事もあった。

でも、なまえはいつも幸せそうだった。
どんなにひどい悪阻も、顔を青白くさせながらも一言「大丈夫。」と、自分も辛いはずなのにいつだって不安そうな俺を気遣って小さく笑うのだ。
お腹が大きくなり大学を休学しても、大丈夫と笑った。
結婚も妊娠も他の誰よりも早く、どんなに人生をめちゃくちゃにしても、幸せだと毎日笑った。

子供が生まれてからも、なまえは幸せと笑った。
毎日眠る息子を眺めては、口元は私に似ている、目元はリヴァイさんですね、などと俺と息子を見比べた。日に日に重くなる体重に驚きながらも落とさないように慎重に抱き上げる俺を見て、腹を抱えて笑った。
言葉を喋った時などは感動して仕事中だというのに電話までよこしてきたのは記憶に新しい。
日々成長する息子をひたすら慈しみ大事に大事に、そして幸せを噛みしめながら、その幸福を俺に嬉しそうに報告して、必ず最後に「ありがとう。」と、笑うのだ。

だから、これはケジメだ。
大人として大事な子供を育てるなまえを、さらに大人な俺が子供のなまえをちゃんと大人にするための。

「前世の事、覚えているだろう?俺とお前には子供はできなかった。できる環境でもなかったからな。」
「…はい、」
「だが、今は違う。結婚もできて子供も授かった。」

こくん、と一度頷く。
遠い昔に見ていた夢。当時は悪夢でしかなかったそれも今となっては時折懐かしくも感じる。
夢の中には幸せな記憶がいくつもあって、そのすべては俺との思い出と、頬を赤らめながらも話してくれた事があった。

「俺に言ったこと、覚えているか?」
「…?」

今度はわずかに首を傾ける。

「やりたい事をやって、自由に生きればいいと言ったな、確か。だからなまえは一度、俺を拒絶した。覚えているか?あの日の保健室での出来事を。」
「あ…」
「そうだ。だから俺は自由にした。自分のやりたい事もやった。前世では出来なかった結婚もしたし、子供もできた。この世界だからこそ、できた事だ。」

どんなに巨人を倒したって巨人の数は全く減らない。なのに、仲間の数は次から次へと減っていき、その度に背負う命の重みにいつだって耐えきれなくて逃げ出したかった。
死が救いなのかと、本気で思ったこともあったかもしれない。
それでも生きて、巨人を駆逐し続けてこれたのはいつだって、そうだ、なまえがいたから。
愛しい女がいつだって残酷な現実を受け入れて生き続けるのなら、ここで倒れる訳にはいかないと。今にも膝をついて倒れてしまいそうなほど心は弱っているくせにそれでも尚なまえ笑うを、守ってやりたいと、柄にもなくそう思っていたのだ。
だが、それも叶わなかった。
なまえは、俺を置いて先に逝った。
だから今度こそ。現世ならば、

「子供が大事なのもわかる。心配なのもわかる。それは俺だって同じ気持ちだ。」
「うん…」
「だが、俺はお前にもやりたい事をやって、自由にやりたい事もやってほしい。子供を育てたいということも確かにお前のやりたい事なんだろうが…その前に、なまえは自分のやりたい事、見つけたはずだ。」
「わたしの…」
「そうだ。そのために、大学に行ったんだろう?」
「うん…」

高校三年生の進路を決める時、いつまでたっても決まらない進路。冬がもうすぐやってくるというギリギリの季節に、ポツリと、理科準備室で言った言葉を忘れた事はない。

「先生になりたいんだろう…?」
「…っ、うん…」
「なら、ちゃんとなまえ自身のやりたい事も、ちゃんとやってくれ。頼むから。」
「ん…うん……っ」

いつの間にか頬を伝っていた涙を手を伸ばしてそれを拭う。
そうすると、瞬きを何度かして瞳にたまった涙を全て頬に流し終えると、小さく照れくさそうに笑った。
幸せと、子供を抱きながら笑んだ微笑みも確かに本心から来たものだろう。だが、それよりも、俺はこちらの方が好きだ。

そして復学初日、いつまでたっても離れたがらず、いつもより家を出るのが遅くなった。
子供離れができない嫁も困り者だと、リヴァイは小さく頭を抱えた。




bkm
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