01
なまえの笑顔は俺だけに向けられる訳ではない。そんなことは当たり前で、百も承知だった。
なまえは誰にでも平等に笑顔と愛想を振りまいて、父が作ったという軽食を笑顔で提供する。味もさることながら店員が可愛らしいというのもこの店の評判に一役所か二役も三役も買っているのだろう。
味を求めてくる客もいれば、なまえとの世間話を楽しみに来る客もいる。それは、店の席の一番奥で観察していれば容易にわかった。
夕方の夕食時ならばなにも問題なかった。だが、この店の評判は味や看板娘だけではない。
酒も美味いのだ。その酒と共に店主の作った美味いツマミに、看板娘のにこやかな接客。評判にならない訳がなかった。

今日も今日とてふらりと立ち寄り、そしてリヴァイの顔を見て、なまえはいつものようにふわりと笑った。
今日はまだお客さん少ないんですよ、と言いながら店の一番奥に通すと慣れた動作でメニュー表を渡しお冷を机に置く。
しかしいつもながら特に食べたいものもなく、これといって好きな食べ物も特にないリヴァイはただいつものようにぼんやりとそれを眺める。その様子をしばらく見て、そしてなまえは困ったように口を開くのだ。

「お決まりにならないのでしたら、本日のおススメにしましょうか…?」

つまり、そういう事だ。
いつからか二人の間で交わすようになった秘密の言葉。
おススメとはつまり、なまえの作った手料理だ。

「悪いな。それで頼む。」
「ふふ…悪いなんて、本当は思っていないんでしょう?メニュー表の文字もしっかり見ていなかったじゃないですか、目が全然動いてませんでしたからね。」
「……よく見ているな。」
「リヴァイ様がわかりやすいだけです。」

仏頂面だと自他共に認めるリヴァイをわかりやすいと称するなまえは中々の大物だなとリヴァイは出された水を飲む。
少々お待ちください、と声をかけなまえの後ろ姿を見送る。



なまえの作った手料理をゆっくりと、しかし味わいながら食事を勧めながら、リヴァイの機嫌は下降していった。
本来ならばこの手料理を食べれるのは自分だけだという優越感に浸りながら、チラリと何度もこちらを見て恥ずかしそうに笑うなまえを観察するのが好きなのだ。散々焦らした後に最後、別れ間際に一言、うまかったと言うと、破顔し頬を赤く染める。
その一連のやり取りをするためだけにこの店に来ているのだ。
だが、その一連のやりとりがなければ、来た意味などない。
そう、今のリヴァイの機嫌が悪いのはその流れがないからだ。

「……ッチ。」

隣の隣に座っている客がビクリと身体を震わせたが、そんなもの今はどうでもいい。
店の真ん中の席、顔を赤くした中年の親父が酒の入っていた空瓶を何本も机の上に放置して、なまえを呼びつけた。
それになまえは珍しく表情を硬くして、恐る恐るその席へ向かう。
リヴァイの眉間にまた皺がひとつ寄り、そして次になまえの小さな悲鳴。

「ひっ…あ、あの、お客様そろそろお止めにならないと、」
「いいじゃねぇか…姉ちゃん、酒もっと持ってこい。」
「しかし、」
「ほらぁ、早くしねぇと…」
「…ぃ!!」

酔っぱらった男が近くに寄ってきたなまえの、腰から下へ手を添えた。その感触に小さく震えながらも、なんとか言葉を作る。震える声でなんとか酒をやめるよう進言するが、酔っぱらった男は機嫌を悪くしてその手をさらに下の方へ伸ばし、肉をつかんだ。
その光景を目の前で見せられ、そして限界が来た。

リヴァイは大きな音を立てて立ち上がった。椅子が倒れてしまったが、今はそんな事を気にする余裕はなかった。
その音に店の誰もが振り返った。あの人類最強と名高いリヴァイという存在に恐怖しているのか、制服を着ている所為で調査兵団兵士という人間への恐怖か、それともこの強面に恐怖しているのか、その理由は様々だろうが、みな一様に同じ目をこちらに向けた。
ただその中で一つ、違う目でこちらを見上げる。

振り返った目は、涙で滲んでいた。
そんな姿今まで俺にしか晒したことなかったのに、と内心舌打ちする。

「会計だ。来い。」
「は、はい…!」



腕を引いて店の外に連れ出す。本来なら会計はその場のテーブルで行われるのだが、今回は特例という事にしてもらおうか。
しばらく歩いて、そして強く握っていた手を離す。いつのまにか力を入れてしまっていたらしい、手を離せば控えめにそこを摩る。

「悪い…痛かったか?」
「いえ…大丈夫です。あの、お手数おかけして申し訳ありません…」

未だ小さく震えるなまえに手を伸ばし、そして頬を撫でる。

「大丈夫か…?」
「…もう少し、このままでいてくださるなら…大丈夫になります。」

無意識なのだろうか、男を喜ばせるセリフを平気で言う。
言われるままにそのまま何度か頬を撫でていれば次第に震えは収まったらしい。ふぅ、と一息吐いてそしてふわりと、いつもの笑顔に戻る。

「なんで殴らなかった?」
「お店に迷惑をかけた訳ではありませんので…私個人の事でしたので、私が我慢すればよかったんですが…」
「だからといって、泣くまで我慢するな。」
「はい、すいません…リヴァイ様にもご迷惑をお掛けしてしまいました…店員失格ですね、私。」

せっかく泣き止んだというのにしょんぼりと肩を落としてしまった。
頬を撫でていた手を今度は頭へと向け、そして何度か撫でてそして長い髪を梳くように指を滑らせる。
そして、口を開く。
きょとんと、こちらを見上げるなまえの眼を真っ直ぐ射抜く。

「俺に迷惑かけたくなかったら…ほかの男に触らせてんじゃんねぇ。」
「……えっ?」
「いいな、なまえ。」



頬が、染まる。
そして一度目をとじて、はにかむように笑う。

「以後、気を付けますね…リヴァイ様。」

髪を撫でていた手を取り、そしてその手にすり寄るように頬を触れさせる。
伝わる熱に、ぶわりと、愛しさが込み上げた。




bkm
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