ザパァ、と波打ち際で波が跳ねる。塩辛いにおいが鼻腔をくすぐって、頭の上では名前の分からない鳥が鳴いた。
久しぶりに海に来た。最後に足を運んだのは小学生の頃だったはずだから、もう十年以上も前の話になる。昔とそんな変わらないような風景に、なんとなくため息を吐いた。
ハイヒールを脱いで砂浜に素足を降ろすと、黄色い砂が足を包み込む。この感触も久しぶりで、朧げに昔を、私が中学生だった頃を思い出した。

「さむ……」

時刻は午前一時を回ったところ。辺りには人っ子一人いやしない。何処ぞのヤンキーの溜まり場にでもなっていたらどうしようかと思ったけど、それは杞憂だったようだ。
暗闇の中で、足を貝殻やビンなどで切らないように慎重に歩く。波打ち際まで行けば、跳ねた波が足にかかった。冷たい、と感じたけれど私はそこから動かない。

これからどうしよう、と呟いても答えてくれる人はいなかった。
勢いだけでボンゴレを飛び出した。私は人を殺すことが嫌になったのだ。正確に言えば、私は殺しをしたことがない。殺すことに慣れた沢田たちを見ることが嫌になったのだ。ボンゴレ本部で沢田の部下として事務職をしているが、忙しい沢田に代わって私が殺しの任務を命令(と言うべきかお願いというべきか)をすることもあった。それを二つ返事で遂行する守護者のみんな。この世界に入るときに命のやり取りは覚悟したことだったけれど、結局命の心配をしなくていい平和な世界でぬくぬく育った私には覚悟なんて全くできていなかったのだ。
沢田はきっと怒ってないと思う。誰にでもとことん優しい彼だから、きっと私の帰りを待ってる。そして帰れば事務職を外れることになり、しばらく休暇も貰えるだろう。その後は恐らく、私はお茶汲みにでもなるはずだ。沢田なりの、そういう配慮。

「はぁ……」

スーツが汚れるのはもう気にしないことにして、波打ち際を少し離れて砂浜に座り込む。一度この世界に入れば抜けることはできない。もしボンゴレを抜けるようなことがあれば、私はその日にでも他のマフィアに捕まるだろう。そして拷問を受け、ボンゴレの情報を全て吐かされ殺される。
死ぬのは嫌だ。でも戻ることも嫌だ。かなりの我儘である。
そのとき、ガッと肩を掴まれた。ぶわりと穴という穴から汗が噴き出る。沢田たちに護身術は嫌というほど教え込まれたし、気配の察知だってそれなりにできるはずなのに。誰ですか。私がそう言う前に、その人は怒鳴り声を上げた。

「てめぇはなにやってんだよ!」
「は、」

見知った声に振り向けば、そこにいたのは獄寺だった。味方だと確信できた瞬間、身体の力が抜ける。

「なんだ、獄寺かぁ……」
「なんだじゃねぇよ。いきなり飛び出しやがって、なに考えてんだ!」

心配しただろ、と耳元で怒鳴られて私は素直に謝罪した。獄寺がここに来たってことは、私は連れ戻されるんだろうな。でもまたなんで獄寺に追わせたんだろう。山本のがよっぽどよかった。今の私を獄寺に見られたくなかった。
目を伏せると、獄寺は私の隣に腰を降ろした。そして胸ポケットから煙草を取り出して火を付ける。

「なにがあった」
「…なにも」
「嘘つけ」

黙秘権を行使することにした。だんまりを決め込むと、獄寺も黙る。昔はもっと短気だったのに。チラリと獄寺の横顔を盗み見る。

「……なぁ、結婚するか?」
「はっ?」

思わぬ言葉が獄寺から飛び出した。結婚、なんて似合わなすぎる。思わず笑そうになったけど、我慢して獄寺を見た。暗くてよく見えはしないが、真剣なんだということは雰囲気で分かった。しかし、無視できない事実があった。

「ねぇ、私たち付き合ってすらいないよね」
「そうだな」

そう、私と獄寺は付き合っていない。だから、なんで彼がこんなことを言ったのか理解できなかった。

「じゃあ、結婚を前提に付き合ってください、か?」
「その前になんでそんな話になったの。突拍子なさ過ぎて笑いそうになっちゃったよ」
「お前が、」

どこかに消えちまいそうだったから。
そう言った獄寺の声は少し震えていた。ああ、心配をかけてしまった。一番心配をかけたくない人に。

「ごめん。ごめんなさい」
「俺は振られたのか?」
「違う。そうじゃなくて。心配かけたから」
「お前を心配しねぇときなんてねぇよ」
「獄寺は、私のこと好きなの?」
「だからそう言ってんだろ」

ふわりと風が吹いて、獄寺の吸っていた煙草の煙が私たちを包む。

「好きだ」

夜の海の暗闇の中でも、彼の真剣な顔はよく見えた。


20150726 酸性



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