「買い出し、ですか?」


土曜日の夕方、教室を出たところで先生に呼び止められた。折り畳まれた小さな紙を渡されたので広げて見てみれば、そこに書かれていたのはいくつかの商品名。
授業で必要だから買ってきてくれないか、と申し訳なさそう眉を下げながら先生が頭を下げる。そんな下手に出なくても、買い出しくらいいくらでも行ってくるのに。

明後日までに必要らしいけれど、先生はどうやらレア様から用事を頼まれたらしい。もちろん大司教様からの用事を断れるはずもなく、明日は丸一日手が空かないのだそうだ。
先生も大変なんだなぁ、なんて思いながら私は頷く。明日はなにも用事はないから、午前中に手早く済ませてしまおう。


どこから回るのが効率がいいだろうと紙を見ながら考えていると、誰かと一緒に行くように、と先生が付け加えるように言った。


「いえ、そこまで量も多くないですし一人で大丈夫ですよ」


すると先生は首を横に振った。どうやら先日、アネットとメルセデスが街におりた際にごろつきに絡まれたのだそうだ。幸い、メルセデスが機転をきかせたお陰で二人とも怪我は無かったと。

はじめて聞く話に、私は驚いてしまった。まさかレア様のお膝元でそんなことが起こるなんて。
私も士官学校で学ぶ身だからもちろん心得はあるけれど、もしも悪意を持った人間に囲まれたら無事では済まないかもしれない。そうなればいろんな人に迷惑がかかってしまうだろう。

誰を誘おうか、知った中ならアッシュが適任だろうか、と頭の中で候補をあげる。すると先生がいきなり殿下の名前を呼んで手を振った。まさか。


「どうしたんだ、先生」


よく通る声が背中からして振り返ってみれば、そこにいたのはディミトリ殿下とドゥドゥーだった。私は慌てて一歩下がって頭を下げる。

明日名前と一緒に買い出しに行ってほしい、とさらりと先生は言った。私はギョッとして先生を見る。確かに先生からしたら私も殿下も等しく生徒なのだろう。しかしファーガスの国民にとってはとても大事な、お一人しかいらっしゃらない大切な王子殿下なのだ。買い出しなんてさせられるわけがない。しかも私と二人きりなんて尚更だ。けれど、人がいい殿下は案の定二つ返事で買い出しを引き受けてしまった。


「恐れながら殿下、近頃街ではごろつきが出ているそうです。ですから……」
「それなら尚更俺がいた方がいいだろう」


進言するもあっさりとそう返され、私は言葉に詰まってしまった。確かに殿下は青獅子の学級の中で一番強いと言っても過言ではない。けれどこのまま引き下がるわけにもいかず、私は視線を後ろのドゥドゥーへと向ける。困り顔のドゥドゥーと目がかち合って、彼は頷いて口を開いた。


「殿下、代わりに俺が……」
「ドゥドゥー、明日は温室の手伝いをすると言っていたじゃないか。二人とも、俺だって生徒なんだ。そういうのはよせ」


私たちが暗に言いたいことは伝わっていたらしい。けれども殿下は引く気はないようだった。こう言われてしまえば、私もドゥドゥーも折れるしかない。

やりとりを見ていた先生は満足そうに微笑むと、じゃあよろしく、と言って去っていった。スタスタと遠ざかる先生の背中にため息を吐きそうになりながら、私は殿下に向き直る。


「ええと……。では、明日はよろしくお願い致します、殿下」
「ああ、よろしく」


胸に手を当てながら頭を下げると、殿下は嬉しそうに笑った。



**



私服にするべきか、制服にするべきか。
殿下たちと別れて部屋に戻ったあと、私はそのことに頭を悩ませていた。

学校の買い出しなのだから制服で行くのが妥当かもしれない。しかしごろつきの目的が士官学校の生徒だとすれば、私服で行った方が安全な可能性もある。買い出しとはいえ休日に王族と出かけるなんて初めてで、一体なにが正解なのか全く分からない。

部屋をうろうろしながら唸っていると、小さくドアが叩かれる音が聞こえた。返事をして開けてみれば、そこにいたのはメルセデスだった。


「アネットとお菓子を焼いたのよ。よかったらどうかしら?」


やわらかな笑みを浮かべたメルセデスが、そっとお菓子を差し出してくる。ふわりと甘いいい匂いがあたりに漂って、緊張していた身体の力が一気に抜けるのが分かった。


「ありがとう、メルセデス。もちろんいただくね。今ちょうど悩んでたから、気分転換できるのは嬉しい」
「あら? よかったらなにか力になれないかしら」
「……聞いてもらってもいい?」
「ふふ、もちろんよ。名前が頼ってくれるなんて嬉しいわ


メルセデスを部屋に招き入れ、事の経緯を説明する。頷きながら聞いていたメルセデスは、私が話し終えると楽しそうに微笑んだ。


「せっかくの逢引だもの、私服で行った方がいいと思うわ
「ただの買い出しだよ。逢引なんて不敬すぎる」
「休日に二人で出かけるんでしょう? それならめいいっぱいお洒落しなくちゃ」


メルセデスってこんな性格だっただろうか。買い出しに行くだけなのに、彼女の中ではすっかり逢引ということになっている。けれども、殿下と外出するのに身なりに気を遣わないといけないことは事実で、私は黙ってメルセデスの話に耳を傾けた。

彼女に服を見立ててもらうことになった。士官学校では基本的に制服で過ごすから、持ってきている私服はかなり少ない。その中から殿下の隣に立っても問題無さそうなものを選んでもらう。


「この組み合わせがいいかしら。名前にとっても似合ってるわ
「……そうだね。これなら失礼じゃない、かな。ありがとう」


見立ててもらったもの服を見ながら、二人で頷く。それから髪をどうするかも時間をかけて相談した。ある程度内容がまとまったところで、メルセデスは楽しそうに帰って行った。


「疲れた……」


行儀が悪いことは分かっていながら寝台へと倒れこむ。王族と出かけるのは、出かける前から大変だ。

明日は殿下に失礼のないようにしなければ、と心の中で強く思う。そして、殿下になにもないよう常に護衛できるようにしなければ、と覚悟を決めた。




230429




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