国の状況も家の事情もなにも気にせず好きに生きてみたい。

そう思ったことは確かにある。自分の出自で生きる道が決められてしまうことを疑問に思ったこともある。けれども、すべてを投げ出して出奔しようだなんて一度だって思ったことはなかった。私は納得して今の立場にいる。これ以上を望めば罰が当たると思うのだ。そのくらい私は恵まれた場所にいる。だから、すべてを受け入れてこの人生を生きようと思う。


休日、イングリットとのお茶会でそう言った私に彼女は驚いたようだった。


「今まで名前の思いを聞いたことはなかったけれど……、そう思っていたのね」
「確かにこういう話はしたことがなかったね。気遣ってくれてありがとう、イングリット」


イングリットは貴族として自分の立場にずっと悩んでいる。自身の生きたい道、周囲から望まれていること。相反する思いに苦しんでいる。
最近もまたガラテア伯は彼女にお見合いの話を持ってきたようで、私は困っていた彼女の愚痴を聞くためにお茶会を開いたのだった。

そんな折、イングリットは私に聞いてきた。名前は自分の道に悩まないのか、と。幼馴染である彼女は当然私の境遇を分かっていて、心配してくれているようだった。だから私は彼女に自分の胸の内を告げたのだ。納得しているよ、と。


「もちろんこの先どう転ぶか分からないけれど……。私は"彼ら"を信頼してるから」
「"二人"はそうかもしれないけれど、"もう一人"の素行は看過できないわ。名前が嫁ぐならなおさら」
「確かに褒められたものじゃないけれど、あれは昔からでしょう?」


ここは私の自室だけど、誰が聞いているか分からない。だから極力相手の名前は出さずに話を進める。私が嫁ぐ可能性のある方々はそういう配慮が必要な立場なのだ。


「そういえばその間、"彼"が金鹿の学級の子に派手に引っ叩かれてるところを見たけど。大丈夫だった?」
「あまり。また私が頭を下げるハメになったわ……」
「それはお疲れさま。本当は私が代われたらいいんだけどね」
「あんなこと名前にさせたくないわ」


幼馴染といえど、私とイングリットの立場は違う。私は紋章を持たないから、本当の意味で彼女たちに近くない。だから私は"彼"の行いを叱ることはできないし、イングリットのように尻拭いもできないのだ。

グェンダル卿のときはひどかった。あの不始末の尻拭いを押し付けられたイングリットは本当に可哀想で、私が代わってあげられたらと何度思ったことか。さすがにあの時は"彼"に対して腹が立ったものだ。


「アレの話はやめましょう。せっかくのお菓子が不味くなってしまうわ」
「そうだね。それならお洒落の話でもしようか。先日アネットからお化粧道具を貰ったんでしょ?」
「な、なぜそれを知って……!?」


私の話題転換にイングリットは目を白黒させながら、それでも以前より楽しそうにお洒落の話についてきたのだった。



**



私の一族には紋章がない。けれども国からは領地を任されており、現在は父が爵位をもってその統治にあたっている。

ファーガス神聖王国は貧しく、それは私たちの領地も例外ではない。けれども真面目な父は日々民のために奔走していて、民も応えるように毎日を懸命に生きている。そんな父を見て育った兄もやはり真面目で、士官学校を出た後は後継者修行のために国内外問わずあちこち駆け回っているようだった。

紋章がなく、すでに後継がいる貴族の女は嫁として重宝される。私の立場は"国や血のために使える女"だ。それを悲しく思ったこともあるけれど、今はそこまで悲観的になっていない。それはひとえに、嫁ぎ先である"彼ら"のお陰だろう。

イングリットと同じく昔から知った仲で、今も同じ学級で机を並べている。"彼ら"を見ていると、誰に嫁いでもいいと思えるのだ。信頼しているし、尊敬している。

ただひとつ懸念があるとすれば、"彼ら"を恋愛対象として見ることができるかどうかだった。いくら納得していても、愛のあるそれにやっぱり憧れてしまう。物語のように、素敵な関係を望んでしまう。

けれども憧れは憧れだ。すべてを望むことはできない。優しい"彼ら"に嫁げるだけで私は満足すべきなのだ。


それを胸に、私は明日も生きる。




220813




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