もしもこの関係をボーダーに知られたのなら、一体どうなるのだろう。



やわらかい朝日が、カーテンの隙間から私たちのいる部屋を照らす。私はその光から逃れるようにもぞもぞと狭いベッドの中を移動して、まだ寝ていようと試みたけれど、それは王子の言葉によって阻まれてしまった。


「もう起きた方がいいよ」


嗜めるように笑いながらそう言う彼は、私とは対照的にもうベッドから起き上がっていた。床に散らばった服を回収して、丁寧にカッターシャツのボタンを上からひとつひとつ留めていく。ただ服を着ていくだけで、なんだか様になってしまうところが羨ましい。

しかし結局彼が着たのはスラックスとシャツだけで、ジャケットは昨日のまま、壁のハンガーにお行儀よく吊るされていた。そして彼はベッドの端に座ると、いまだ朝日と格闘している私の手をシーツから引っ張り出して、ネクタイを握らせた。どうやら、今日は私にネクタイを結んでほしいらしい。もう何度も同じことを彼に対してしたことがあるから、結べないことはない。仕方ないか、とベッドから這いずり起きて、王子の目の前に座った。


「良い眺めだね」
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」
「もっと恥ずかしいこと、何度もしてるのにかい?」
「それはそれ。これはこれ」


ベッドから起き上がったばかりの私は、いまだ布一枚纏っていない。ネクタイを結ぶためには両手を使わなければならない。だから前を隠すことができなくて、私の上半身はこの明るい部屋で余すところなく晒されているのだった。先に私が服を着て、それからネクタイを結べばよかったのかもしれないけれど、それだときっと彼から抗議の声が上がるだろう。それと羞恥心を天秤にかければ、どちらに傾くかは火を見るよりも明らかだった。私はより面倒ではない方を取る。

いつも通りにするすると、躓くことなくネクタイを結び終える。はいお待ちどおさま、と、トンと胸の辺りを叩いてやれば、彼は満足げに笑うのだった。


「そういえば、今までキスマークを付けたことはなかったよね」
「言われてみればそうだね」


王子の右手が私の首筋に触れる。なんだかこのまま締められそうだな、と不吉なことを思った。
先日のランク戦をふと思い出す。目の前の彼は、年下である三雲くんの首を絞めてスコーピオンで突き刺し、ベイルアウトさせたのだ。
けれども王子は私が考えたようなことはせずに、すぐに手を離した。


「やっぱり王道の首筋はダメだね。見えちゃうから」
「虫に刺されたって言うのも、ね。たぶん嘘だってすぐにバレると思うよ」
「じゃあ見えないところにしようか」


瞬間、がばっと押し倒される。不意打ちだったせいで変な声が出た。そのままマウントを取った王子は、私の上でしばらく楽しそうに考えたあと、私の上から引いていった。


「付けないの?」
「いや? 付けるよ」


ここにね、と彼が言った矢先、あろう事か私の足の間に顔を埋めてきた。一体どこに、と言葉を発するひまもなく、太ももの内側に軽く痛みが走る。
戸惑う私を他所に、王子は何度も何度も私にその痛みを与えてくる。一体いくつ付けるつもりなのか。ここで止めたところでどうにもならないことはよく知ってるいるから、私はおとなしく彼に身体を明け渡した。


「うん。いいんじゃないかな」


いい笑顔で王子が言った。はしたないとは思いつつも、私は足を広げて太ももを見てみる。両足合わせて10個も付けられていた。一見すると太ももはひどい有様である。


「すごい付けたね……」
「はじめてだったから楽しくなっちゃってね」


あっけらかんと、悪びれずそうのたまう。一体誰の身体だと思っているのか。
それでも、ここに付けたのは王子なりの配慮だろう。胸やお腹や背中あたりに付けられれば、学校の着替えのときに誰かに気づかれてしまう可能性があるから。だからといって、見えない太ももにこんなにたくさん付けられるとは。多くても3個くらいかな、と思っていたのに。


「君も付ける?」
「今更でしょ」


王子はもう服をしっかり着てしまっている。それをまた脱がすのは手間がかかるし、恐らく流れでもう一度することになりそうな気配があった。
今の王子は少し興奮しているように見える。伊達に3年間身体を重ねていない。昼からとはいえ、これからお互いボーダーで防衛任務があるのだから、あんまりこんなことをしているひまではないのだ。


「じゃあまた今度。代わりにキスしようか」
「……少しだけね」


王子はまた私に覆いかぶさるような体制になると、リップ音を立ててキスをしてきた。王子の唇は薄いけれど柔らかい。ずっと喰んでいたくなる。
やわやわとしたキスをしばらくして、王子は私からそっと離れた。離れるときに目が合って、これはまずい、と危機感を覚える。だから私は先手を打った。


「王子、時間」
「そうだね」
「私も準備しなくちゃいけないし」
「……そうだね」


今日はもうできないことを暗に、しかしはっきりと伝えながら、私も散らばった服を回収して、手早く着用していく。ここは私の家だから、さっさと追い出さなくちゃいけない。そうじゃないと、なし崩しにまた抱かれてしまう。そうなってしまえば、私は抵抗らしい抵抗はできないから。


「分かった。帰るよ」
「また後でね」


迫ったところでダメだと王子はちゃんと判断できたらしい。諦めたような声音を聞いてホッとする。私が服を着終えると、王子もジャケットを手に取って帰っていった。


王子を見送ったあと、私はもう一度ベッドに寝転がった。
最近の王子は少しおかしい気がする。身体だけの関係になって早3年。今までキスマークを付けられたことなんて一度もなかった。それに最近はキスをする回数も増えた。最中も私を気遣うような言葉が増えたように感じるし、帰り際に少しだけ名残惜しそうにするようになった。

王子は私を好きになってしまったのだろうか。なんてことを考えて頭を振った。あり得ない。あり得てほしくない。

ただ、王子が優しくなったことで、危惧することがひとつある。
もしもこの関係をボーダーに知られたなら一体どうなるのだろう、という疑問。
外面の良い王子でも、私に意味深な優しさを向けていればいずれ気がつく人も出てくるかもしれない。

そうなったとき、私たちは咎められるのだろうか。クリーンなイメージを保ち続けたい上層部からすれば、私たちのような素行の悪い隊員は煩わしいだろう。それでも、その時が来るまではこの関係のままでいたかった。気持ち良さを求め合う関係は楽だから。何かと、そして誰かと戦い続けることもまた、それなりにストレスが溜まるのだと理解してほしい。


キスマークの付いた痛々しい太ももをそっと撫でながら、私はため息を吐いた。




211121
title by 甘い朝に沈む
「今より尖っていた」ってどういう意味ですか。こういう意味ですか。誰か教えてください。

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