※百合




なんて綺麗な人なんだろうか。
それが、私が高専ではじめて家入硝子に会ったときに抱いた感想だった。


目鼻立ちの整った顔、陶器のようにきめの細かい肌、右目の下の泣きぼくろ、すらりと伸びた長い手足、綺麗に揃えられた艶のある髪。喪服にすら見える陰気くさい高専の制服をモデルさながらに着こなし、颯爽と歩く姿はさながら百合の花のよう。
硝子は一見、おとなしめの印象を与える容姿をしていたけれど、その実性格は正反対だった。あの五条や夏油のことを、クズども、と容赦なく評する様は見ていて気持ちがいい。彼女は物事をはっきりと口にする。
彼女の纏う空気は、五条たちのそれとは全く違っていた。お菓子のように甘くて、でもどこか煙草のように苦しい。近寄りがたいからこそ、近づきたくなる。だから、一緒にいる時間は何よりも誰よりも心地よかったし、深みにハマるような中毒性があった。


私は特に、硝子が煙草を吸うところが好きだった。伏し目がちになる様や、柔らかそうな唇から煙が吐き出されるところが映画のワンシーンのように美しくて、煙草を吸いに行く彼女によくついて行った。あまりにも毎回ついて行くものだから、吸ってない私からも煙草のにおいがしたらしい。オマエも吸ってんの?と五条に先日聞かれた。
五条のその言葉で、私は煙草に興味を持った。硝子の吸う煙草は、一体どんな味がするのだろう。そもそも、味なんてするのだろうか。


**


日曜日。私は硝子の部屋のベッドの上でゴロゴロとダラけながら、買ったばかりの小説を読んでいた。
最近ドラマ化もされた、流行りのケータイ小説を書籍化したもの。その中のヒロインも、学生なのに煙草を吸っている。しかもヘビースモーカー。そんなところは硝子と似ているけれど、でも全くちがう点がひとつ。ヒロインは煙草が嫌いで、自傷行為に煙草を吸っている。だから小説の中には、煙草は苦い、不味い、という言葉が何度も出てきていた。
硝子はベッドに座って、いつも通り煙草を吹かしている。その仕草がやっぱり美しくて、本を閉じて硝子に声をかけた。


「硝子、煙草ってどんな味?」
「吸いたいの?」
「ううん、味が気になるだけ。いつも吸ってるから、美味しいのかなって。」
「美味しくはないかな。そう期待するようなものじゃないよ」
「えー? 例えるならどんな味?」
「……。こんな味。」


硝子は少し考えたあと、その身を屈めて、ベッドに寝転ぶ私にキスをしてきた。硝子の柔らかい唇が、私のそれと重なる。その動作を疑問に思うヒマもなく、唇は離された。ほんの一瞬の出来事だった。


「分かった?」


硝子が柔らかく微笑む。それがあまりにもセクシーで、私は頭がクラクラした。
なんでキスしたのとか、友達なのにキスしていいのとか、女の子としてもファーストキスになるのかなとか。聞きたいことがたくさんあったのに、硝子のそんな顔を見たらなんだか全部たいした疑問ではないような気がしてしまった。


「分からなかった……から、もう一回したい、かも。」
「いいよ」


手に持っていた本をそこら辺に投げて、私は起き上がる。硝子は吸っていた煙草を灰皿で消して、もう一度私にキスをしてくれた。また一瞬で離れてしまったから、今度は私からしてみる。そうやって、一瞬だけ触れるキスを何度もした。硝子の唇は、見た目の通りやわらかい。触れるととても気持ちがいい。
不意に、読んでいた小説のキスシーンを思い出して、唇で硝子の下唇を挟んでみた。硝子が驚いたように身を引く。唇が離れた。


「あっ……」
「積極的だな」
「だめだった?」
「いや、嬉しい」


また唇が重なる。今度は硝子が、私の下唇を甘噛みする。しばらく柔らかさを楽しむようにはむはむされていると、突然ぬるりと硝子の舌が私の口内に入ってきた。今度は私が驚いて身を引いてしまう。


「だめか?」
「だ、だめじゃない。初めてだからちょっとびっくりしただけ」
「初めて?」
「うん。初めてキスした」


もしかして下手だったかな。初めてだと告白すると、なんだか途端に恥ずかしくなってきてしまって、私は俯く。すると頭を優しく撫でられた。顔を上げて硝子を見ると、嬉しそうに笑っていた。


「ん、もうっ。笑わないでよ」
「ごめんごめん。可愛くて、つい。」
「……もう一回、しよ?」


私のおねだりに、硝子は応えてキスをくれる。何度目のキスだろうか。今度は入ってきた舌をそっと受け入れる。はじめての感覚に全身がぞわぞわして、身体が強張った。手探りで硝子の手を探して掴む。そうしている間に舌を絡められて、いけないことをしているようでドキドキした。硝子がしてくれるのと同じように、なんとか必死に私も絡め返す。私たちの唾液も絡まって、時折ぐちゅぐちゅといやらしい音がした。なんだか、これって。


「気持ちいい……」
「ん……。そうだね」


そういえばなんでキスしてるんだっけ。そんなことをふと考えたけれど、気持ちがいいからやっぱりどうでもよくなってしまった。




210201
title by 甘い朝に沈む

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