「山岳」

いつものように彼の名前を呼ぶと、彼は笑顔でこちらに振り向いた。それから、自転車を押してこちらに走ってくる。練習を終えた後だからか、山岳はだいぶ汗をかいていた。でも臭くなんてなくって、むしろとても爽やかだ。

「こんなところでどうしたの?」
「休憩中だから飲み物買いに行ったの」

さっき自販機で買ったばかりのスポーツドリンクを見せる。プラスチック越しに、握った手から冷たさが伝わってきて気持ちがいい。ゴクリ、と山岳の喉が動いた。

「それちょうだい」
「ええっ。自分の持ってるでしょ?」
「さっき無くなっちゃった」
「じゃあ、自転車部なら他の人が作っておいてくれたやつがあるんじゃないの?」
「それがいいんだ」

山岳は頑固だから、こうなると絶対に自分からは折れない。仕方ないな、と呟いて彼にペットボトルを渡す。ああ、私だって無くなっちゃったから買ったのに。また後で買い直さなきゃ。

「今日はもう練習終わり?」
「さぁ?」
「さぁ?って……」
「あったってなくったって同じだよ。また走りに行くし」
「ほんとに自転車好きだよねぇ」
「生きてる、って感じがするから」
「ふぅん」
「名前はテニスしてるとき感じないの?」
「うーん、分かんないや」

山岳は、たまに分からないことを言う。幼いころ身体が弱かったと聞いたから、色々考えたり感じたりすることもあったのだろう。

「あ、もう休憩終わる。じゃあ行くね。練習頑張って」

遠くにある時計を見て、だいぶ時間が経っていたことに気が付いた。もう休憩が終わる時間じゃないか。早く行かないと先輩に怒られる。あたふたしていると、そんな私を見て山岳は笑った。彼の笑顔は眩しかった。




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