Veritable Vow
深く芽吹く、草花の香り。
そして、朝霧のようにひんやりとした空気を運ぶのは、夏の直前の光風のような。
ここは緑と水の谷、ベジタブルバレー。
しゃらぱん、とタンバリンを鳴らすように星を着地させたカービィ。
そこには思った通り、あの船があった。
「間違いない、ローアだ……マホロア!いるの……っ?」
彼はワープスターから飛び降りるや否や、一目散に船へと駆け出した。
カービィが近付いた途端、いつか平原に墜ちたときそうしたのと同じに、客を招き入れるかのごとくローアは入り口を開けた。
少しの緊張を覚えながらその中へ足を踏み入れると、やはり、その姿。
愛らしい耳と、どこか無機質さを感じさせる青色の。
「マホロア……!マホロア!マホロア……っ」
殆んど叫びながら駆け寄るけれど、返事はない。
「……っ、」
最後に見た姿を思い出し、まさか、とカービィは青ざめて少しその足を遅らせる。
しかし、ようやっと辿り着いた彼の頬をぺちぺちと叩くと微かな、それでも確かな呻き声。
「よかった、生きてる……!」
それだけで瞳を潤ませたものの、まずは起こさなくては。
どうやって起こそう。
ううん、と今度はカービィが唸ると、ふといつだったかのことを思い出した。
──カービィ、私と勝負しろ!
自分がお昼寝していたときに、銀の仮面の騎士がその言葉と共に投げ付けてきたのは確か、冷たいお水。
お蔭でばっちり目が覚めて、寝起きにも関わらず一太刀一太刀を正確に打ち込め、ご自慢の仮面を綺麗に真っ二つにしてあげられたのだった。
「お水かあ」
ぽんと短いピンクの手を叩き、踵を返して船を飛び出す。
お誂え向きに、ここは緑と水の谷、ベジタブルバレー。
***
「ウワァアアア!!!!何するンダヨォつめったいナア!!キミカィ!?カー…………ビィ……?」
「マホロアぁああああ良かったああ!えっと、えっと、おはよう!!」
「……、おは……ヨゥ……」
絶叫で目覚めた船の主はびしょ濡れで、ただぱっちりと金の瞳を見せながら茫然としていた。
それもその筈、突然起こされて、全身が冷たく濡れていて、その上、夢か現かもわからない中で会いたいと願った人物が、そこにいるのだから。
「よかったよおお……マホロア……!」
「カービィ、アノ、どうしてここニ……?」
マホロアが戸惑いながら訊ねると、カービィは満面の笑顔で答える。
「どうしてって……きみに会いたかったから!」
会いたかったからって、そんな……と口をつきそうになったが、その瞳は真っ直ぐで、戸惑いなんて弾き返しそうで、その言葉が全てのような気がしてくる。
一瞬でも夢の存在と疑ったことすら、馬鹿らしく思えて。
見詰めながら、頭の中で今の声を反芻していると、思いもよらない台詞が続いた。
「でも、ぼくびっくりしたよ。突然墜ちてくるから。夢の泉からでも見えたよ。それで慌ててここまで……」
「墜ちタ?……夢の泉?チョット待っテ、ここドコ?」
「ここはベジタブルバレーだよ。ポップスターの、プププランドの、ベジタブルバレー!」
「ポップスター……」
少し遠い思い出の中の、誰かが狂うほどに求めた星。
宇宙一美しい、輝かしい大地に再び戻ってきた、ということらしい。
直前の記憶が“宇宙の迷子”である彼にとっては、些か疑わしい事柄ではあるが、カービィが言ってしまえば理屈はなくとも納得できてしまう。
この星は色々なものを引き寄せてしまうのか、というところまで考えて、やっぱり夢かもしれないという思いがマホロアの心を引き留めた。
マホロアは、夢なら夢なりに、と諦めに近い感情でこの場は落ち着くことにした。
そして、マホロアにはもうひとつの思いが頭を巡っていた。
──寒い。
ポップスターはこんなにも寒い星だっただろうか?
「っクシッ」
「え、マホロア風邪引い……あっ!ご、ごめん!お水かけてそのままだったね!」
「カービィ……やっぱりキミの仕業だったンダネ……!メッチャ寒いヨォ!」
マホロアは両手でマントを寄せ、震えながら訴えた。
「ちょうどここってお水も沢山あるし、器になる大きな葉っぱもあるから……じゃない、ごめん!ごめんね!それが一番目が覚めると思ったの!そこらでファイヤー取ってくるからちょっと待ってて!」
「へくしっ……は、早くしてヨォ〜!」
かくして、どたばたと二人の再会は果たされたのであった。
まるで昨日までも一緒に遊んでいたトモダチのように。
***
「そういえば、墜ちてきたってことは、もしかしてまたローア壊れちゃったの?」
炎の燃えたぎる帽子を被ったカービィが、マホロアを暖めながら聞く。
「……アァ、そうダ……ソレがネ」
マホロアは背面のメインモニタをちらりと見上げて、また向き直り、やわらかな耳ごと項垂れる。
「コンピュータがやられタノか、メインシステムが全ク起動しないンダ……照明トカ出入口トカ、単純なモノは動くンだケドナァ……」
「コンピュータ?」
「ウーント、ローアの、考えル部分ダヨ。コレがナイとドコが壊れてルかもわからないシ、発進させるコトもできないンダ。ダカラ操作もできなくテ、ソレで多分墜ちてきちゃったんダヨォ……」
「そっかぁ……」
噛み砕いて説明されてもカービィは腑に落ちたのか落ちていないのかはっきりしない、いつもの顔で納得した素振りを見せた。
しかし、直後に一変して笑顔になる。
「あ、でもマホロア。ぼくがここに来たとき、ローアは見た感じだと壊れてなかったよ。ぼくたちが探したオールも、ウィングも、エムブレムも、マストも、全部あった」
「エッ?ホントカィ!?良かっタ〜!綺麗なローアがまた傷ついちゃうナンテ耐えられナイヨォ、ソレだけデモちょっと安心ダヨォ……」
カービィの言葉に顔をがばりと上げ、安堵にマホロアは表情を緩ませた。
が、またすぐに曇らせた。
「……あとハ、動いてくれレバ……」
そんなマホロアとは対極に、カービィは自信に満ちた顔で答える。
「じゃあ、動かそうよ」
「エ?だから、カービィ、動かすトコロが壊れテテ……」
「壊れてるなら直してあげる!一回できてるんだから、もう一回できないわけないでしょ?」
「カービィ……」
「直し方を知らないなら、探しにいこう!きっと見つかるよ!」
きっと、見つかる。
その言葉を、その瞳が──今は焔を僅かに映した瞳が、本当の事にしそうで。
「……ウン、探しに、いこう」
ひとつ頷いて、出口へと、少し躊躇うように、ふわり。
それを見て、カービィも小さな足で駆け出す。
「待っててね、ローア!きっとぼくたちが直してあげるから!」
ありったけの笑顔でそう言うと、カービィはマホロアにも促した。
「……ローア、」
何か言おうとした。
ごめんね、待ってて、手間かけさせて、また一緒に空の旅に出よう──どれを言おうか。
結局決まらないで、黙ったあとにこれだけを言った。
「いっテくるヨォ」
マホロアの声が、真っ白な船の中に染み渡った瞬間、まるで船が返事の代わりにそうしたように出口が開く。
「ローアが“いってらっしゃい”だって!さあ、いこうマホロア」
「ウン」
強い戦士の後ろについて勢いよく飛び出して、久しぶりに仰いだポップスターの青空は、彼方からの旅人には少し、眩しかった。
***
「ネェ、カービィ。それデ、ドコに行くノ?」
「うーん、ひとまずはこのベジタブルバレーを突っ切るかなあ」
「ヤッパリノープランなんダネェ……」
尤もな疑問に、ぼんやりとカービィは答える。
その反応にマホロアは僅かに肩を落とした。
「トコロデ、この星はオバカさんなクライに平和だと思ってルケド、流石にローアをココに残しテ行くのはチョットナァって思うんだヨネェ……ドウしようもナイケドさ」
動かずともなお、夏空に浮かぶ雲のように輝く船を振り返り、その身を案じた。
「そっか、じゃあ最初の目的地は決定だね」
なんで?という視線をマホロアが送ると、カービィは、ぼくに任せろとでも言いたげな身振りをした。
「ぼくたちが冒険してる間、ローアを守ってくれるようにお願いしにいこう!」
「オ願いっテ……誰に?」
太陽の下でも煌めく、星空の瞳が語る言葉は、“よくぞ聞いてくれました”。
たっぷりと見据えてから、得意気に星の戦士は言い放った。
「森の王様に、ね」
to be continued......
2015/06/04
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