壱師の花(氷高姉弟)

「幽!幽!九月二十日だね!」
「そうだね」
空の日とも一部では呼ばれる、秋空高くまさに青天白日の日。
朱の彩りが見事となった物静かな神社には、参拝でなく花見目的の人間がちらほらいる。
その境内では一人、長い黒髪を三つ編みにした背の高い少年がさらさらと歩いている。
――白く大きなうさぎのぬいぐるみを片手に。
先程少年、氷高幽(ひだか・ゆう)に声をかけたのはこのうさぎ、リコリスだった。
不思議なもので、このぬいぐるみは喋る。
彼はそれに疑うことなく応じる。
彼の周りも皆訝しがることはない。
リコリスは幽にとって一番近くに居る最愛の親友なのだ。

「九月二十日だよ!幽くん、今晩は楽しみだね」
リコリスは幽の腕の中からまたも話しかける。
しかし幽はあまり乗り気でない顔で答える。
「……どうせ、父さんがどこかレストランでも予約とって外食するだけだろ。母さんが居るならまあ……少し嬉しいけど」
「もう、幽くんったら素直じゃないのね!二人とも大好きなくせに!」
「うるさいぞリコリス!」
ファンシーなうさぎにからかわれ、ムキになる背の高い少年。
そんな光景は微笑ましく滑稽で、そして異様なものであったが、周りの人間はそれよりも、目の前に広がる浮世離れしたように赤く咲き誇る花達に見入っていた。
「いくら両親のことは好きでも……俺には鈿が居なくちゃ意味がない」
“想うはあなた一人”だ、と一層暗い顔で呟くと、幽は参道を外れ、咲き乱れる赤の中を突っ切り歩いていった。

花畑は、もっと大きな公園に繋がっている。
一応森の手前のこの公園も神社の境内で、例年このくらいの季節になると有料で一般公開している。
今年から値上がりだとか幽は小耳に挟んだ気がした。
無論、幽は顔パスである。
ある程度進むにつれて人は増える。
満開だ。
広い敷地を埋め尽くす赤、赤、赤。
どこを見ても真紅の花ばかりで、日本一の群生地と謳われるこの公園を見に来る者は多い。
「幽くん、今年も綺麗だね」
リコリスの言葉に頷くものの、幽は冷めた瞳で、燃え盛る炎のようだと眺めながら更に進む。
宛ら人を逃がさぬ“情熱”の炎舞か。
或いは人を裁く地獄の業火か。
ならば自分は罪人か。
周りは処刑人か、野次馬か。

思考に更けながら行くと、何度か観光の常連奥方に幽くん、幽くん、と捕まり写真を撮る羽目になった。
「その汚い顔を並べておいて、俺とこの美しい花々とよく一緒に撮る気など起きるものだな」
などとその度に適度に罵れば、痺れるなどと勝手に喜んでいく。
辛辣で電波で尊大な幽は、すらっとした体型に整った顔立ちという恵まれた容姿と相まって、その手の人気があったようだ。
そして毎度リコリスは「幽くんがすみません」とすかさず謝罪、そして「今日も素敵ですよおば様方」と虚偽の賛辞を伝え可愛がられる。
最愛の親友を粉や香水、垢塗れの手でべたべたと触られるのには虫酸が走ったが、それでも幽は涼しい顔で進んでいく。
慣れた足取りで深く深く入り込んでいくと、さっきまでぎっしりと歩いていた人々が嘘のように一気に疎らになる。
余程のマニアがここまで訪れてくるようだ。
しかしその姿は、英名ではスパイダーリリーと称されるくらいの、その花という蜘蛛に哀れにも囚われてしまった雑虫のようでもあった。
そんな喰われ逝く虫どもは気にも留めない幽は更に深みへ、もっともっと奥へと歩いていく。
森と公園の境界は、無意識のうちに疾うに越えていた。

真紅が木々に翳り、深緋に染まる場所。
もう、誰もいない。
だがただ一人、幽だけは『ここに彼女が居る』と信じて疑わなかった。
否、幽が彼女をここに存在させていた。
深緋の最奥、苔生した倒木に腰掛けるように。
唯一白い彼岸花が、木漏れ日に照らされ咲いているのだった。
先取りした雪のように。
秋晴れが忘れた雲のように。
光輝く十六夜の月のように。
美しく純白の、“独立”した穢れなき存在。
リコリスは、いつの間にか眠っているようだった。

「ただいま」
幽は白花の前に立ち、ふんわりと微笑んだ。
他の誰にも見せない笑顔。
幽の、多くの彼岸花と同じ真紅の瞳は、最愛である彼女……白花にしか向いていない。
「久しぶりだね。いつもこの日にしか会えないね」
幽は余りにも自然に白花に話し掛ける。
「いつかに他の日にも来たけれど、咲いていなかったよね。君は……この日にしか咲かないんだね」
幽の声は森の中に幽かに反響する。
リコリスは、倒木に背を凭れ、すやすやと眠っていた。
「お誕生日おめでとう」
いつよりも穏やかな表情で幽は話す。
穏やかでいて、そしてどんなときよりも切ない顔で。
「誕生日……17歳だね。僕も17歳。……君が居なくなって九年経った」
真紅の瞳の奥から雫が零れる。
「みんな……酷いんだ、誰も何も言わない。僕にだけ、おめでとうっていうんだ。君も誕生日なのに。君には命日でもあるのに」
幽は拳をきゅっと握った。
「みんな君のこと忘れちゃったのかなあ……僕の大切な半身を、片割れを。鈿のこと……忘れちゃったのかなあ……」
“諦め”たように幽はぼろぼろと涙を流し、そっと白花を抱き締めるように手のひらを添えた。

 ◇ ◇

九年前の、同じ日。
「鈿、はやくいこう!」
「待ってよ、幽!」
白く長い髪をツインテールにし、うさぎのぬいぐるみを抱えた少女の手を引く幼き日の幽。
厳しくも優しい父・玄と、穏やかで美しい母・百合子に見守られ、鈿と幽の双子の姉弟はこの日八歳になった。
二人はこの彼岸花が自慢の神社の子供で、将来は二人でこの神社を継ぐことを定められ、そして憧れ、夢見ていた。
「幽、今日はにこにこだね?」
「僕がにこにこだと、変?」
「ううん、幽がにこにこだと鈿もにこにこ!」
「鈿が笑うと僕も嬉しい!」
二人は笑い合いながら、踊るように参道を歩く。
二卵性とはいえよく似たまさに双子。
白い肌、紅い瞳、それでも対照的な白と黒の髪。
片方が笑えばもう一方も笑い、片方が泣けばもう一方も泣く。
そんな関係だった。
「今日は本当に二人ともご機嫌だな」
玄は後ろから笑う。
百合子も微笑み、夫の言葉に答える。
「もう八歳だものね……毎年そうだけれど、二人はお互いが成長していくのが嬉しいのね」
双子は手を繋いで走っていく。
「お父さん、お母さん!はやくいこうよ!」
「はやくいかないともったいないよ!」
神社は権禰宜たちに任せ、今日は家族で遊びにいくのだ。
滅多にできないことに双子はわくわくが溢れて止まらない。
「行きましょうか、貴方。鈿も幽も沢山遊びたいみたいだもの」
「そうだな」
双子は神社の入り口付近で手遊びをしながら両親を待っている。
何も知らず、今日体験するだろうきらきらした一日を疑うこともせず。

幽にとっては、鈿が唯一つの世界。
自分の双子の姉がいれば他には何も要らなかった。
鈿だけが居れば、他には何も無くたって世界として成立した。
お父さんが居なくても、お母さんが居なくても、悲しいけれど鈿が居れば生きていけると思った。
しかし、鈿が居なくなったら、などとはこれっぽっちも考えたりはしなかった。
居なくなる筈が、世界がなくなる筈なんて無かったからだ。
鈿にとっても、幽が誰よりも大切だった。
幽が居れば他には何も要らない。
幽さえ居れば世界は回っていくと思った。
なら、仮に世界から最も大切な幽が消えたら?……と鈿は何度も考えたのだった。
その度に悲しくなり涙を流すと、訳も分からないまま泣きじゃくる幽に泣かないで、泣かないで、と諭されるのだった。
そして鈿は決めたのだった。
世界を守ろうと。
幽を何としてでも守ろうと。

幽には、そのとき起きたことが一切理解できなかった。
何か、すごい音がした。
機械が、鉄の塊が、砂利道の石々を弾き飛ばしながら、ざりざりと、ざーっと。
お父さんが、大きな声で僕らの名前を呼んだ。
お母さんが、聞いたことないような金切り声で叫んだ。
なんか、雷みたいだ。
雷と言えば、夏に鈿と怖いねーって身を寄せあったりしたな。
……あれ、鈿は?
何か、喋ってたね。
何て?
――……。

「幽、危ない!」

何が、危ないって……?
その刹那に幽が見たのは、彼岸花よりも紅く咲いた、大好きな宝物の最期だった。

次に幽が気が付いたときは、鈿のように暖かく優しい白ではなく、冷たく突き放すような白に包まれていた。
「居眠り運転だったそうよ」
「お気の毒にねえ……」
同じような白い服を着た女達が話しているのが最初に聞こえた。
「まだ八歳だったんでしょう、あんな小さな体に大きなトラックなんて……」
「もう一人の男の子を庇ったのよね、あの双子の……」
「痛ましいわあ……」
耳をそばだててみても、やっぱり幽には何のことだかさっぱりだった。
(そうだ、鈿と遊びにいくんだ。お父さんとお母さんと四人揃って)
幽はこんなところで寝てる場合じゃない、と思い出し起き上がろうとした。
「……っ?」
痛い。
身体中が痛い。
運動会で張り切ったとき、次の日は身体中が痛かった。
しかし、それとは全く違う。
比べ物にならないくらい痛かった。
「鈿……っ、どこ!?おかあさん!おとうさん!助けて!!」
幽は錯乱して叫んだ。
周りを見ても、鈿も、お父さんもお母さんも誰もいない。
怖いし、痛いし、訳が分からなかった。
「あっ、幽くん!起きたのね、大丈夫よ、怖くないよ」
白服の女が、知らない女が何故か自分の名前を呼び宥めに来る。
「鈿っ、鈿はどこ!?鈿!!」
「幽くん、落ち着いて」
「触るな!鈿はどこだよぉおお!!」
幽は、暴れた。
普段大人しい子だった幽だから、自分でも内心驚いていた。
それでも、そうやって暴れるしかなかった。
暴れて、それから、自分の知る限りの言葉で罵ったように思った。
どこかに過る“恐怖”を見ないために。

「幽!」
幽が我に返ったのは、聞き慣れた声が耳に入ったときだった。
一番に切望した声ではなかったが、母の呼ぶ声はそれでも安心するには十分だった。
「氷高さん!」
と白服の女が馴れ馴れしく母を呼んだのが少し癪に触ったが、それよりも早く母に縋りたかった。
「お母さん!鈿がいないの!鈿はどこ?ここはどこ?何なの?何があったの?鈿はどこにいるの!?」
駆け寄る母に今自分が抱いている疑問を幽は全て吐き出した。
すぐに自分の納得がいく、安堵できる回答がされると思った。
鈿ならトイレに行っているわ、だとか。
ここは○○さんのおうちよ、だとか。
はしゃぎすぎていつの間にか寝ちゃってたのよ、だとか。
そんな類いの答えが幽は今すぐに欲しかった。
けれど母は何も答えなかった。
ただ、幽を抱き締め頭を撫でるだけだった。
どうして鈿にもしてあげないの?
そんな疑問は声にならなかった。
「怖かったね、ごめんね、ごめんね……」
それだけ母は只管に言うのだった。
いつしかそれが、幽には子守唄のように聞こえてきて、身体中の痛みもぼんやりしてきて、そしてその日はゆっくり眠りに就いたのだった。

その後も、来る日も来る日も痛みに耐えながら鈿の所在を尋ねるばかりだった。
ここはどこだ、という質問には早くも答えが出た。
病院だった。
個室の、病室で、どうやら幽は治療を受けているらしい。
それから少し経った日には、なら何故病院にいるのか、という質問の答えが聞かされた。
あの日、遊びに行こうとしていたときに、事故に遭ったそうだ。
その事故で幽は大怪我をして病院に運ばれた、と。
そしてその後に必ず続く疑問がある。
「じゃあ僕と一緒にいた鈿はどの病室にいるの?一緒に事故に遭ったんだ、一緒に運ばれてるよね?……それとも、無事なの?ならどうしてお見舞いに来ないの?」
誰も、答えようとはしなかった。
毎日続くその周りの態度に、幽は苛立ちを覚えていた。
しかし明くる日、幽には考え付かない、否、考えたくない答えによって全てが解消されたのだった。

久し振りに顔を見た気がする父。
お父さんにも、幽は会いたかった。
でもその父は泣いていた。
初めて泣いているのを見た。
ぎゅっと、抱き締められた。
細いけれど力が強くて、また身体中が痛かった。
どうしたのお父さん、と素直に幽が問い掛けると、父の啜り上げるような声が聞こえた。
その次の言葉を聞いたとき、幽の体は温度が無くなってしまったような、心がどこかへ飛ばされてしまったような、変な気分になった。
飲み込むことができないで、そのまま宙に浮いてしまったようだった。
信じるなんて選択肢はそこにはまだ見つからなかった。
「鈿は、死んだんだ。事故で、死んでしまったんだ」

後から聞いたり探ったりした話では、あの時鈿は、幽を庇って死んだらしい。
庇っていなかったら二人とも死んでいた。
病院に搬送された当時の幽の体は、真っ赤に染まっていたそうだ。
双子の姉から溢れ出た血液によって。
事故原因は、相手側の居眠り運転。
慰謝料は幾らとかいうのも見た。
結局色々知ったものの、そういうのはどうでも良かった。
鈿がいない世界は世界じゃない。
それが幽にとって唯一残った結論だった。
これが、幽にとっての最初で最後の記憶にして、唯一の“悲しい思い出”だった。
鈿がいないこと以外を悲しむことも記憶することも無かった。

色んな人に、幼くして天に召されるのは神様に愛されたっていう証なんだよって励まされた。
鈿は神様なんかに愛されなくても僕が愛したのに。

 ◇ ◇

「幽、泣いてるの?」
ふと、幽の耳に入ったのは、何年も何年も焦がれた声。
「……鈿?」
幽の目の前に現れたのは、一番暖かく優しい白。
輝く髪をツインテールにし、白いワンピースを着て倒木に腰掛け、膝の上に気持ち良さそうに眠るリコリスをのせた少女。
ちょうど、幽と同じ年の頃のすらっとした少女。
彼女もまた、涙を流していた。
「鈿……鈿、だよね。僕が間違える訳ない」
「そうだよ、幽。……久しぶりなのに泣いてるのね。笑ってよ」
そう言うと彼女はにこりと笑った。
幽もそれに合わせて微笑んだ。
「足りない!」
彼女はもっと、これ以上ない程の笑顔になった。
幽も口角を上げた。
「何それ、変な顔!」
「うっ、し、暫く笑ってなかったから、筋肉が攣るっていうか……!」
「そうだね、幽の笑ってるとこあれから見てない。笑ってよ!幽くんにこにこー!」
彼女は満面の笑みで幽の頬を摘まみ、軽く引っ張った。
「いひゃ……っ、……?鈿……?」
「なあに?」
「鈿、俺……僕のこと見てたの?」
きょとんと幽が問うと、彼女は手を頬から放し、こくりと頷いた。
「ずっと、見てたよ。幽くん」
「幽……くん」
幽はその言葉に違和感とも何とも言えないものを感じていた。
鈿は、幽のことは常に呼び捨てで呼んでいた。
幽は、鈿の前では一人称は自然と僕になっていた。
今、彼女は幽のことを幽くんと呼び、幽は自然と俺と言いそうになっていた。
「鈿……」
「それよりね、私、幽くんに言いたいことがあるの」
彼女は幽の思考を遮り、真剣な顔で言った。
「貴方は鈿のことを引き摺りすぎ。嬉しいけれど、もっと笑って。もっと外へ出て。世界はまだまだ続いてるの」
彼女はリコリスを抱いたまま、ひょいと倒木から立ち上がった。
その白いスカートには苔の一つも付いていない。
彼女は、先程幽が白花にそうしたように、幽の手のひらをそっと掬った。
「大丈夫、人間としての鈿はとっくに消えたけれど、まだ世界が続く限り……貴方がいる限り私はそこにいる。ずっと一緒にいるの、幽と」
手を離した彼女は、その腕に抱いたリコリスを幽の腕に抱かせ、今度は幽を細い腕で抱き締めた。
「ずっと貴方を想ってる。“想うはあなた”」
「鈿……っ」
幽はまた、大粒の涙を流した。
そして、その震える唇を動かした。
「鈿、どうして死んじゃったの?どうして僕を庇ったの?どうして……どうして……っ」
それを聞いた彼女の腕に力が入った。
「貴方を……守りたかったの」
少し間を開けて、彼女は涙声で話し出した。
「貴方が死ぬのは嫌だったの。何度も想像して、何度も怖くなって、何度も何度も泣いた。その度に泣きながら宥めてくれたよね……。ごめんなさい、約束守れなくて」
幽は、右手だけをリコリスから離し、彼女を抱き寄せた。
「一緒に神社を継ごうねって、ずっとずっと一緒にいようねって……約束したのに、鈿は一緒に居られなくなってしまった……っ、私、生きたかった……幽と一緒に生きたかったよぉ……っ」
二人は暫く泣いていた。
どうにもならなかった事実に、ただ只管。
二人を包んでいた筈の大量の彼岸花は、その全てを純白に変えていた。

泣き疲れてきた頃、幽は思い出したようにぽつりと呟いた。
「鈿、僕、思ったんだけど……君はむぐっ」
その言葉を言い終える前に、彼女は両手で乱暴に幽の口を押さえた。
「内緒。もしかしたら気付いてるんじゃないかと思ってたんだけどね」
そう告げるとそのまま彼女は幽の口を解放する。
「多分、って思った。内緒って言いつつ答え……言ってるよね」
「言わなくても分かるでしょ?」
彼女はにこり、とまた笑う。
「これからもずっと、幽くんの傍に居させて」
「……うん」
幽もまた、優しい笑顔で返した。
「ずっと傍に居て」
「勿論」
彼女は笑顔のまま頷くと、少しだけ身を引いた。
「……さあ、そろそろ戻らないと」
「……鈿、」
「大丈夫、これが最後のお別れじゃないよ。“また会うときを楽しみに”、ね?」
「また会える?」
「いつも一緒だよ」
彼女が髪を撫でるのに促され、幽は目を閉じた。
意識が遠退く刹那、響いた声。
「大好きだよ、幽」
僕も、と心で返事をし、幽は意識を手放した。


字の如く白昼夢を、みていたようだった。
辺りは目を覚まさせるような緋色に染まっている。
それなのにリコリスは、未だに幽の腕の中で眠っていた。
幽は、ピンとリコリスの額付近を軽く指で弾く。
「起きろ、リコ」
「んむぅ……なぁに、幽くん」
その声に幽は僅かに怪訝な表情を浮かべた。
「何も、覚えてない?」
「えぇ……何かふわふわしてたなあ……白くて優しくて……うん、覚えてない」
リコリスは覚醒しきらない声でむにゃむにゃと答えた。
幽は少し肩を落とし、それでも微かな安堵の息を吐き、歩き出して言った。
「帰るぞ」
「うん、お出かけの準備しなくちゃ!」
「お前も綺麗にしないとな」
「そうそう、私赤いリボンつけたいなあ!耳のところにさ、幽くんつけてくれる?」
「自分でやれば」
「えー幽くん意地悪ね」
腕の中でじたばたと暴れる白いぬいぐるみに、幽は微笑みかける。
「……嘘。付けてやるから。……鈿の、小物入れに……入ってたか?」
「……うん、入ってるよ」
「じゃあ、それにしよう」

深く赤い花畑の中を、長い黒髪を三つ編みにした背の高い少年がさらさらと歩いている。
――白く大きなうさぎのぬいぐるみを大事に抱えて。
不思議なもので、このぬいぐるみは喋る。
彼はそれに疑うことなく応じる。
彼の周りも皆訝しがることはない。
リコリスは幽にとって一番近くに居る最愛の……。

“再会”は既に、果たされていた。
壱師の花の日、青く輝く空と白く流れる雲を赤い花たちが彩る、とある九月二十日の出来事。



*****

お久しぶりの小説です!
氷高姉弟のお誕生日小説です。
実はこれ去年の9月に書き始めたものでして……。
一年越しの思いで書き終わりました!
幽くんにはこんなお話があったのでした。
文を書かなくて久しいし、間が長く空いたので結構変な文かもしれませんが……。
ともあれ完成してよかったです。やりきった!
今まで書いた中で一番長いです。
ここまでお目を通していただき、本当にありがとうございます。



Thank you for reading!!

2014/09/20


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