病院の窓からは、大きな紫陽花の森が見える。通り沿いに植わっているものではない。院長か、若しくは理事長か。
偉い誰かの個人的趣味でひっそり育てられているのだと思う。わざわざ窓を開けて見下ろさなければ誰も見ることが叶わない小さな庭に、その森はあった。

成人女性の平均身長くらいはあるだろうか。
同じ土壌で育ったはずなのに、深い青から淡いピンク、湖を思わせる水色から夜になりゆく紫色……そして病院と同じ白。とにかく色鮮やかだ。
アルミニウムがどうとか言うのは嘘だったのだなと、初めて森をみた時はなんとなくガッカリしたような気持ちになった。

毎年この時期になると、白い壁に埋められた銀色の窓枠からカラフルな光景を見ることが出来る。
通りの桜より、裏手の金木犀より、私はこの小さな庭で育まれた紫陽花の森が大好きだった。
気が滅入ってしまった時でも、そこに行けば心が癒される。ふっと力が抜けて、笑顔になれる。
他の人もきっと同じ。理学療法士の男性が暫く立ち止まって眺めていたり、点滴を引き連れた少女が看護師に怒られるまでそこに居続けたり、車いすの老婆が孫と思しき青年に写真を撮ってほしいと頼んでいる姿なんかを、幾度も見かけた。
いつかこの森の創造主にお礼が言いたいものだが、内気な私は「あれは誰が植えたのですか?」すら聞けないでいた。

さて、私がこのところ気になるのは、梅雨の風物詩はあそこにいるのだろうか?ということだ。すなわち、雨蛙やカタツムリのような生き物が。
窓越しからじゃあ遠くて見えないが、いたら素敵なのにな、と思う。だって、梅雨とはそうあるべきだ。
カンカン照りの中、大きな葉の陰で休む彼ら。次第に雲が集まってきて、しとしとと雨が降りだす。蛙の合唱が始まり、カタツムリたちは茎を這って花のてっぺんを目指す。
そんな光景を、いつも窓越しに夢想する。早く雨が降ればいいのに。

梅雨前線は何処へ行ってしまったの?と聞きたくなるような晴天。こんなに晴れていたって、私は何処へも行けない。
空は晴れていても、私の心は土砂降りだ。紫陽花の森だけが、唯一の晴れ間。
それでも、ああ、早く雨が降ればいいのに。その時だけは、お揃いになれるのに。



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