永きに渡り、その玉座は空白だった。否、正確に言えば、そこへ腰かけるべき人間は存在していたのだが。
彼は若くして病死した前王の幼馴染であり、親友であり、側近であり、ただの男であった。

前王には年の近い妹君が一人、かなり年の離れた腹違いの弟君が一人いた。妃はおらず、当然のことながら子もいなかった。

国では女が玉座につくことを禁じていた。その為、五つになるかならないかの弟君が当然、王を継ぐに相応しかった。
……だが、そんな幼子を王にしたところで、傀儡となることは目に見えている。


側近の男は他の誰よりも先に、妹君に王の――兄君の死を伝えた。
その選択が間違いだったのかは、もう誰にもわからない。


妹君はまず、王の死体を隠すよう命じた。
今この国に、後を継げる者はいないに等しい。貴方が、王を演じなさい。続けて、そう命じた。

側近の男と前王は、背格好が同じだった。柔らかな目元や鼻筋の通った横顔が瓜二つだった。威厳の中に優しさを隠し持った低い声がとてもよく似ていた。
そして何より、生まれた頃から共に育ち、共に学び、仕えてきた。前王の性格や癖も熟知していた。民衆の前での立ち振る舞いも。

弟が成人の儀を迎えるまでの約十年間、貴方が王として、玉座につきなさい。
妹君の声は震えていたが、妙な説得力があった。

本当は、側近の男は、こう言いたかったのだ。
貴女こそ玉座に相応しい、この国の古い決まりなど捨てましょう、と。
勿論、一言も意思を発することのないまま、従うしかなかったのだが。


そうして彼は、仮初の王となり十年間、国を治めた。――最初の三年間、陰で政を執り行っていたのは妹君なのだが。
しかし決して玉座に座ろうとはしなかった。王の血筋ではない自分が、偽りの王で在ったとしても、その神聖なる場所を穢してはならぬと譲らなかったのだ。

結果として彼は、後に「病床の善王」と呼ばれるようになった。良い治政をなさるがいつも病に臥せっておられる、と。
もっと後の時代では「仮初の偽王」と、その名を変えてしまうのだが。




……さて、何故このような、本来秘匿されるべき歴史が後世に残ってしまったのか?
彼は全てを、十年間一日も欠かさず、日記に書き留めていたのだ。
そしてその日記を、弟君が即位されるその日、隣国へ嫁いだ妹君へと託したのだ。

「私は歴史から消されるべき存在だ。だが、このような愚かな歴史を、そしてそれを招いた愚かな国が在った事を、決して忘れてはならない」

玉座を弟君に譲るまでに、準備は着々と進められていた。私物を全て燃やし、前王と自らの肖像画すら塵灰とし、二人の王に関わる全てを廃し、そして全てを弟君に遺した。
長い長い日記と、そこに添えられた短い遺書を読んだ彼女は何を想ったのだろうか。それは彼女しか知り得ないことである。

兎にも角にも、彼女はその、手記とも年代記とも言える数十冊の日記帳を処分することはなかった。
依って歴史は、正しいものへと書き替えられた。


しかしながら。真に「正しい歴史」を識る者は、結局のところいないのである。
前王とその側近の、両親にあたる夫婦と、その幼子たちの乳母以外には。



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