ある時、突然気付いていしまった。
私は王子様にはなれないんだ、って。

昔から可愛いものが好きだった。
仔猫や仔犬。お母さんと三つ年下の弟。それから、近所のおともだち。
ぬいぐるみや人形も好きだったけど、それらと彼らは違う。

私が守ってあげなきゃ。
いつだってそう思っていた。大切な大切な愛おしいものたち。傷つけることも哀しませることも、壊すことも許さない。私が守るんだ。そう思っていた。

けれど私は女で、私が守りたいものたちと同様にとても非力だった。
合気道を習った。剣道を始めた。今は、キックボクシングをやりたいなどと考えている。

それでも私は弱かった。お母さんにはお父さんがいて、三つ下の弟は私より大きくなってしまい、友だちにも守ってくれる誰かがいる。

私だけが、独りだった。
それで気が付いた。私は誰かの王子様になりたかったんだって。王子様にはなれないんだって。

目の前が真っ暗になった。
私の好きなあの子には相応しい王子様がいて、王子様は愚かお姫様にすらなれない私は、なんなんだろう。

途端に世界から弾き出されたような気持ちになって、独りでいる時間が増えた。
口を固く閉ざし、拳を、或いは剣を振るった。見えない何かと戦い続けていた。


そんな、16歳の夏だった。


見慣れない女の子をマンションの敷地内でよく見かけるようになった。夏休みだったし、どこかの親戚の子か何かだろう。
ただ、彼女の容姿はとても美しく、夏空の下でキラキラと輝いていた。

真っ直ぐな黒髪は艶やかで、小さな顔に完璧なバランスで並べられたパーツは涼やかな美人、と言った感じだ。色が白く、小柄。けれども手足がスラッと伸びていて、気品が漂うしなやかな体躯だった。


そんな美しい女の子に、一目で恋に落ちた。
私は彼女の王子様にはなれない。それでもいい、せめて友達になりたい。

このところあまり発していなかった声を、喉の奥から絞り出し、やっとの事で話し掛けた。
「おはよう」だったか「こんにちは」だったか。とにかく無愛想で不恰好な挨拶。ほとんど不審者だったと思う。

それなのに彼女は笑顔で返してくれて、2学期から私の高校に転校してくるのだと教えてくれた。


一つ下の、高校一年生。美術部。冬生まれで、夏が苦手。体育が嫌いで、得意科目は社会科。肉より野菜が好き。

ここへ来る前は西の方に住んでいて、ご飯が美味しかったこと。親の転勤が多くて、なかなか友達が作れないこと。


自分のことをたくさん話してくれた。出会った日から毎日、少しずつ。
嬉しかった。すっかり口下手になってしまった私は、きっとまともな相槌すら打てなかっただろうに、そんな事は気にもしていないような笑顔で話し続けてくれていた。

この子を守りたい。
そう、強く思った。




2学期が始まり、彼女と登校するようになった。無表情で体格のいい根暗な女と、可愛らしい笑顔で華奢な彼女。
どうみてもおかしな組み合わせたったが、存外と評判は良くて、曰く、用心棒とお嬢様。

それでも私は誇らしかった。彼女の隣に立つ事を、許された事が。
王子様にはなれない。ならば騎士になろう。
学年は違うので常に一緒とはいかないが、休み時間や放課後は彼女の側にいた。

彼女の美しい外見を妬む女、惹かれて群がる男。すべてを排除した。
笑顔が曇らぬよう、折れてしまわぬよう。

やがて彼ら彼女らが持つ負の感情の矛先は私へ向かい始めた。けれど、平気だ。私は騎士なのだから。

文化祭の時期を過ぎると、害虫たちの動きが活発になり始めた。
ミスコンで優勝した彼女が疎ましく、私が許せないらしい。だから何だと言うのだろう。

しかし心優しい彼女は、私に何らかの被害が及ぶのが心苦しいようで、時折涙を見せるようになってしまった。
それは由々しき事態だった。明るい笑顔を見せて欲しい。守らなければ。

その為に、全て排除しなくては。




やがて冬を迎える頃には、私と彼女は完全に孤立していた。心地よい、2人だけの空間だった。



冬休みも、そして3学期も。
授業すら抜け出して、空き教室で2人の時間を過ごした。何か話す事もあれば、ただ黙ってチャイムを待つ事もある。
私の肩に凭れ掛かって眠る彼女を見つめては、幸せを噛み締めていた。
少しずつ授業に出席する回数が減り、遂には自分の教室へ行かなくなった。


邪魔が入ったのは春休み前だ。
カウンセラーを名乗る男が、私と彼女の元へやって来た。長身痩躯で野暮ったいメガネを掛けた胡散臭い男。
イジメの傷を癒して教室へ戻ろう、などとのたまうその眼差しは、明らかに彼女だけに向けられていた。


いまは先輩がいるからいいかもしれない。けれど一年間キミは独りっきりになる。その時に辛いのはキミだよ。心の傷を癒して、前を向いて、イジメに立ち向かおう。堂々と教室に通えるように僕がお手伝いするから。

男にとっては私が邪魔者らしかった。
無遠慮に彼女の手を取り、品も締まりもない顔でわらう。弱った隙につけ入ろうとする下心が気色悪かった。

男が彼女に何かする前に、私が何とかしないと。

二度と話し掛けようなどと思えないようにするか?どうやって?
とにかく彼女から遠ざけるか?それとも彼女を遠くへ逃がすか?……どうやって?
大人の男を相手にするのは初めてで、すっかり困り果ててしまった。

私が何かすれば、男はますます彼女へ近付こうとするだろう。

このままでは彼女が、取り返しのつかないほど害されてしまう。
私はどうなっても良いから、早く助けなければ。




春休みに入り、新学年への準備期間。

個別カウンセリングと称し、先ず私と男が二人きりになった。隙や弱味を探りたかったが、進級への不安と今の体調について二、三言交わしただけで追い出されてしまった。
次に彼女との個別カウンセリング。10分、20分、30分……。いくら待っても終わる気配がなく、何かされているのではと不安と恐怖がこみ上げた。

無理矢理ドアを破るか、それとも他の大人を呼ぶべきか。逡巡のうちに、劈くような悲鳴が廊下の端から端へと駆け抜けていった。
彼女だ。やはり何かされていたのだ!

遅かった。
後悔や怒り、言い知れぬ何かが綯い交ぜになった震える手で鍵の掛かったドアを抉じ開ける。

……泣き腫らした顔で、ぐちゃぐちゃに脱がされた制服で、床に座り込む彼女がいた。



悲鳴を聞きつけた他の教師たちが集まって、やがて警察がやって来て、カウンセラーの男は何か喚きながら、最後は諦めたのか疲れたのか、項垂れたまま連れて行かれた。

私と彼女も警察から事情聴取のようなことをされた。彼女が何を話したのか、あるいは何も話せなかったのかは知らないが、私から発した言葉は「初めから彼女を見る目がおかしかった。彼女を守れなかったことが悔しい」その2つだけ。


騎士ですら、いられなかった。
お前は非力なんだと、思い知らされた。


それからしばらく、彼女は学校へは来なかった。学年が変わっても。
代わりに私の家に入り浸るようになった。互いの両親も公認で、午前だけ学校へ行き午後はただ彼女の側にいると言う生活が始まった。

私のベッドで丸くなる彼女。なにも言えず、なにも出来ず同じ空間にいるだけの私。
側にいてあげて、と彼女の母親に言われたが、守れなかった私になにを求めるのだろうか。

私は、彼女のなんなのだろうか。




そうしている内に春が過ぎ、初めて出会った夏が巡ってきた。
7月20日の、午後。1学期最後の登校を終えた日。

いつものように私の部屋で、私のベッドで丸くなっていた彼女は、枕に顔を埋めたまま唐突な告白を語った。





……誰にも言わないでね?あれ、嘘なの。襲われたっていうの。自作自演の、狂言強姦なの。最後までもなにも、最初からされてないの。……ねえ、引いた?こんな私は嫌い?

先輩が卒業したら、先輩から卒業しなさいなんて言うの。変でしょ?卒業したら、先輩は私と住むのにね?

あのひと邪魔だったから、永遠に消さないとって思ったの。

私と先輩、2人でいれば他になにもいらないでしょ?




珍しく饒舌に語られた真実は、私の中に歓喜を溢れさせた。
彼女は穢されていなかった!彼女も私と同じ気持ちだった!


引くわけない、私もそう思っていた。言葉を返せば、彼女は嬉しそうに微笑み、するりと抱き付いてくる。
愛おしい。彼女がいれば他になにもいらない。

しばらく無言で抱き合い、いつものように夕飯を食べ、彼女は自分の家へ帰って行った。


荷物、纏めておいてね?迎えに行くから。



いつもとは違う
科白を、囁いて。











1ヶ月後。
最後の夏休みが終わる、少し前。

王子様にも騎士にもなれなかった私は、けれども彼女の唯一無二の存在として、隣にい続ける事を決めた。
誰も彼女を害さない、誰も私たちの邪魔をしない、遠い場所で。


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