ざらざらとした雨音が、鼓膜を支配する。屋根を、窓を、強く強く叩きつける音。乱射された銃弾のように激しいそれをぼうっと眺める。
立ち込めた黒雲は夜の闇。日の光を遮断し、冷たく鋭利な雫を落とす。

お前は罪人だ――。
そんな声が、聞こえた気がした。

駅前のカフェ。もう何杯目になるか分からない珈琲を啜りながら、ときおり外を見つめる。待ち人の姿は、ない。

いつもの事だ。

昼前から窓際の席を陣取り、大抵は閉店ギリギリまで居座る。顔馴染みの店主はその事についてなにも言わないが、アルバイトの女の子や常連のサラリーマンなどは怪訝な色を隠しもしない。

待ち人は来ない。連絡もない。そもそもこのカフェで待ち合わせの約束をしていたのかすら、定かではない。

だが、ここで待ち続ける以外の方法を知らないのだ。いつか来る。それは明日かもしれないし、10年後かもしれない。
それでも良かった。待っている間は、何もかもを忘れられるから。

最後その人に会ったのはいつだったろうか。
雨の日。シンプルだが洒落た、女性らしい部屋だった。白いローテブルに、揃いのマグカップ……確か片方はその時割れてしまった、ような。

「……珈琲のおかわりは如何ですか」
「ああ……うん、お願いするよ」

外へと向かっていた意識が戻された。
これもいつものやり取りだ。飲み干して、しばらくすると声が掛かる。
まだ居るつもりなのかと言いたげな表情で、他の客にするよりもやや乱雑にカップが置かれた。

「今日、すごい雨だから来ませんよ」

注がれたばかりの珈琲を、一口。
彼女がマニュアル外の対応を寄越したのは初めてだ。

「雨だからこそ、来るかもしれないんだ。あの日も雨だったから」

二口。意識を向こう側へ飛ばす。
雨音に混じり、風の轟きが響いてきた。責め立てるような轟音。
彼女が何か言ったが、言葉は聞こえなかった。

雨だから。
あの雨の日、その人とはなんと言って別れたのだろう。
くだらない会話だったのか。重大な話をしていたのか。
去り際に何か赤い物を渡された……渡したのか。鮮明な赤が脳裏を掠めた。

「来ませんよ、一生、来ません」

暴風雨の中を赤い傘が走り抜ける。別人だ。
三口。なんの味もしない。

「――――でしょう?その人」

不意に、暴力的なまでに眩い稲光が走った。次いで届く、這うような雷鳴。彼女の言葉は聞こえない。
嗚呼、ひどい天気だ。

あの日もこんな天気だった。
ひどい豪雨で、どこかに雷が落ちたのか、停電していて。
真っ暗になった部屋で、その人は――。

再び、稲光。地響きのような雷鳴。
いつの間にかアルバイトの女の子はいなくなっていた。
どれくらい経ったのだろう。珈琲はだいぶ温くなってしまった。砂糖とミルクで味を誤魔化して、また一口。やはり味はしない。

店の中に視線を巡らせる。
店主、アルバイトの女の子、常連のサラリーマン、学生と思しき男女が数名……。待ち人の姿はない。

今日はもう来ないのだろうか。
閉店まであと2時間。待とう。その人が来るまで。ずっと。

停電して、真っ暗になった部屋。赤いなにか。割れたマグカップ。

暗闇の中で、その人は泣いていた。
なんで、どうして、と。疑問符を呟きながら。お願いやめて、と。呻きながら。
そして灯りが戻った瞬間、声にならない悲鳴が。

一閃。
濁流の如く海馬を満たしていった、記憶。


「……あれっ、もうお帰りになるんですか?」
アルバイトの女の子が言う。驚いた表情。
もう此処にいる必要はない。
手早く会計を済ませ、悪天候の中へと駆け出す。
もう、此処に来る事も、ない。

待ち人はそこにいた。ずっと。






――――市のアパートに住む女性の遺体が発見された事件で、今日午後未明、同市に住む27歳の男を殺人と死体遺棄の容疑で逮捕した。男は被害女性と知人関係にあり、警察では交際トラブルによる犯行とみて捜査を


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