I believe


水が足元を浸す。メインブレドウィナの中で、わたしは目を閉じてひたすらに立ち続けていた。
世界に降り注ぐはずの雨水を一身に受ける。それで少しでも水害を抑えることができるのなら喜んでこの命を捧げよう。
けれど、わたしは「城戸沙織」という一人の少女でもあった。足元からじわじわと忍び寄る死の影が不安と恐怖を引き寄せる。女神の魂を宿していようと、器は人間。死んでしまえばそこで終わる。いくら女神として生きることを誓ったとしても、死の恐怖は変わらない。

(……駄目よ。この恐怖に負けては、駄目)

わたしは必死に自分自身に言い聞かせる。それなのに体の震えは止まらない。
今までは、誰かが「アテナ」と呼んでくれたから、自分は女神なのだと自覚することができた。どれほどの痛みでも耐えられた。けれど今はその呼び声すら無く、たった独りで恐怖と戦わなければならない。

(……なんて情けないの)

震えの止まらない体を抱いて唇を噛み締めた。こんな姿を見られたら戦士たちはきっと失望するだろう。ただの無力な少女など、守るにも値しない。

あの少年たちは一体どうしているだろう。普通なら死んでもおかしくない傷を負って、未だ眠り続けているであろう彼等は、わたしをアテナと信じ戦ってくれた。彼等の目覚めを待たずして死んでしまうなんて。……もう一度、たったもう一度だけ会いたかった。ありがとうと言いたかった。しかしその願いが叶うことはないのだろう。わたしはこの海底で息絶える。

(ごめんなさい。わたしはもう、)



――――アテナ!



心が折れそうになった時、微かな叫び声がわたしの許に届いた。メインブレドウィナ越しに外の声が聞こえるはずがない。これは小宇宙だ。小宇宙が「声」となって心に届けられたのだ。

(……星矢、瞬、紫龍、氷河……それに、一輝)

この小宇宙をわたしが間違えるわけがない。わたしは彼等を待ち続けていたのだから。

(来て、くれた)

来るはずはないと頭では諦めていた。けれど心の中では、彼等は絶対に来てくれると信じていた。きっと彼等なら、と。そしてその信頼は彼等の到着によって成就したのだった。

どれほどの恐怖が襲おうと決して涙を流さなかったわたしは、とうとう耐え切れず頬を濡らした。安心と喜びの涙。体の震えはいつしか消えていた。
わたしは、四方を壁で塞がれた暗い空間の中に光を見た。希望という名の光を。あぁ、もう何も怖くない。彼等はきっと世界を救ってくれる。それは即ちわたしの心と命を救うということと同義。

ならば、わたしは祈ろう。彼等の勝利を。世界の人々が再び笑顔を取り戻せるようになることを。
彼等の小宇宙が声となってわたしの心に響いたように。わたしの祈りも、歌声となって彼等の心に届くはず。

この、深い深い海の底から。




I believe

(わたしは信じる。信じ続ける)




◆好きな歌をモチーフにしてSSを書いてみようということで。KOKIAさんの「I believe〜海の底から〜」でした。

海皇編終盤の沙織さんの台詞、

「星矢…ありがとう わたしを救い出してくれて… いいえ今だけではありません あのメインブレドウィナの中で何度もくじけそうになったわたしを あなたたちの小宇宙がいつも救ってくれたのです…」

そしてその後に続く星矢とのやり取りは作中屈指の感動シーンだと思います。
海皇編を読む時のBGMは常にこの曲です。わたしがKOKIAさんを知るきっかけにもなった曲なので思い入れがあります。
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