凍蝶11/天涯


「いやだよ、紫龍。死んじゃうなんていやだ」

紫龍に抱きついたまま、貴鬼は先程からずっと泣いてばかりだった。紫龍は、大人が子どもをあやすように背中を撫でる。
こんな小さな子にまで死を教えなければならないのは、紫龍にとっても心苦しかった。遥か遠い場所へ行くだけだと婉曲的に伝えてやったほうがよかったのではないかと、今更になって思った。ただ「いなくなる」という事実よりも重いものがそこにある。

「紫龍はなんにも悪くないのに」
しゃくりあげながら貴鬼は首を振る。泣かないようにと必至に涙を堪えて、それでも流れる雫。
「……おいら、強くなりたかったんだ。ずっと紫龍に守ってもらってばかりだったから。今度はおいらが紫龍を守れるようになりたくて。でも、おいらがそこまで強くなるよりも先に、紫龍は死んじゃう。だから、」
両手で強く目を擦った。涙で真っ赤になった目を紫龍に向ける。
……決めたんだ。

「おいら、紫龍に約束するよ。紫龍が守りたいって願うもの全部、おいらが守る。おいらが紫龍の代わりに守る。紫龍のために、アリエスになるんだ。今はまだ弱いけど、いつかきっと、絶対強くなってみせるから」
貴鬼は、まっすぐに彼を見つめ続ける。
「だから……だから、ねえ、紫龍……泣かないでおくれよ」
紫龍の閉じられた目から、一筋の涙が伝い落ちた。貴鬼と紫龍は、どちらも泣いていた。

「違うんだ貴鬼、俺は悲しくて泣いてるんじゃない……ただ、嬉しくて」
「嬉しい? 紫龍、嬉しいの? 喜んでくれるの?」
「ああ、嬉しい……心から、嬉しい……」

ずっと、幼くて弱い子供だと、大人から守られるべき存在だとばかり思っていた。
しかしこの子も立派な聖闘士なのだ。守られるだけでなく、いつか「守る」者として生きることとなる。
紫龍のため、という理由は、アテナの聖闘士としてあってはならないことなのかもしれない。
それでも貴鬼の言葉は、紫龍にとって何物にも代えがたい喜びだった。

「ありがとう、貴鬼」

小さな聖闘士を、紫龍は全身で包み込むように抱きしめた。



(これから出逢う全てのものを、あなたに重ねていく)





2009/05/03

天涯(てんがい):空の果て。


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