凍蝶09/伽藍


眠りから目覚めたはずなのに、目の前に広がるはずの光が見えなかった。目を開けてはいたのだ。ただ、光を光と認識しなかっただけで。
鳥のさえずりが外から聞こえる。今は朝だとはっきり分かるのに、視界は黒一色で塗りつぶされていた。闇は闇のままだった。
少年がその理由を理解するまでに、それほど長い時間を要することはなかった。幾度となく、光の差し込まない朝を迎えてきたからだ。二度の「失明」という経験。思い出したくもなかった日々が、再びやって来た。

「……っ、」

少年は声にならぬ声で悲鳴を上げた。心臓から端を発したこの病に名前は無い。じわじわと体を蝕んでいくのだけは実感として感じ取っていた。
いつか必ず、来るだろうと。覚悟はしていたはずだったのに。
……怖い。死ぬことが。死に至るまでの過程が。死にたくなかった。生きていたかった。命の時間は止まってくれない。病が身体を侵し、恐怖が心を支配する。

(大事なものは、)

刹那、少年の視界が光に包まれる。明滅する光の洪水。その中に、「あの人」がいた。

(――大事なものは、目蓋の裏。)

まるで啓示のように、頭の中へと響く声。少年は無意識のうちにその言葉を繰り返す。
……だいじなものは、まぶたのうら。

いつしか光は消え失せ、視界は再び闇に閉ざされた。けれども少年は、もう恐怖に震えてはいなかった。
目など見えずとも、ほんとうに大事なものは、こうして閉じた目蓋の裏に残っていた。大切に、大切に、覚えていた。

「大丈夫だ」
少年は独り、呟く。
「俺はまだ、立っていられる」
自分自身に言い聞かせるような、呟きだった。



(最後は目蓋を閉じる時)





2009/05/02

伽藍(がらん):清浄閑静な場所。中に何もなくて広々していること。


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