凍蝶04/啼哭


「カミュなら」
病室に入るやいなや、紫龍が横たわる寝台に駆け寄って氷河は言った。
「カミュに頼めば、なんとかなるかもしれない。フリージングコフィンの中では病気も進行しないから。今の技術では無理でも、何十年か先の未来になら、きっと治療法も見つかる」
一筋の光明を見出したかのように、紫龍に語りかける声は希望に満ちたものだった。いや、努めて明るく振舞おうとしていると言ったほうが正しい。
……氷河の瞳は、真っ赤に充血していた。つい先程までひどく泣いていたことを証明するように。
「どうだ紫龍、良い方法だとは思わないか?」
同意を求めようとして顔を上げた氷河は、動きを止めた。ぴしりと凍りついたように微動だにしない。

――紫龍は、諦観の色に染まった目で氷河を見ていた。

氷河の希望が音を立てて崩れ落ちていく。誰に反対されても、この案を押し切るつもりだった。しかし今、紫龍本人から否定された。無言の否定。どんな方法も無駄だと、彼は目だけで語っていた。
かつては強い意志を宿し、氷河を惹きつけたその瞳が、とうとう諦めという道を選んでしまったのだ。

口の中がからからに渇いていた。掠れた声は言葉を放つことなく病室の白い床へと落下した。
縋るように紫龍の手を掴んだ。泣き腫らした目元を、再び涙が伝う。
次から次へと、悲しみの涙が紫龍の白い手首を濡らしていった。

「冥界からエリシオンへ向かう時、敵を止めるためにお前が1人で残ったことは知っていた。でも、俺はずっとお前を待っていた。紫龍なら、必ず生きてこちらへ来ると分かっていたからだ」
氷河は泣きながら過去を語った。紫龍が共に戦う仲間であった頃のことを。
「もう一度信じさせてくれ、紫龍。お前は死なないって。生きて戻ってきてくれるって」
「……氷河」
切実な懇願が、彼に届くことはなかった。どこまでも諦めに覆いつくされた紫龍の言葉が、否定を重ねる。
「この病は誰にも癒せない。たとえ何十年、何百年経過しても変わらないんだ。俺が死ぬという事実は、絶対に」
紫龍は既視感に似た感覚に襲われた。
ああ、これはそう、星矢の時と同じだ。自分はまた、生きる道を願ってくれる優しい想いを裏切るのだ。
絶望に打ちのめされて、氷河は冷たい床に膝を付いた。重力に逆らうことすらできなかった。震える声で紫龍の名を呼ぶ。

しりゅう、しりゅう、しりゅう。
死ぬな。死ぬな。死なないでくれ。

何度も何度も繰り返す懇願。溢れ出る熱い涙が、紫龍の服の袖に吸い込まれていく。
どれくらい長い時間そうしていただろうか、いつしか袖は涙を吸いすぎて重みを増していた。氷河の涙は尽きない。このまま水分が搾り取られて干からびてしまうのではないかとすら思った。

涙が限りあるものであるなら、こんなふうに胸を痛めないで済むはずだった。
しかし涙は悲しみを増幅させるだけで、痛みは依然として心を責め続けていた。



(どうして涙は止まってくれない)





2009/02/03

啼哭(ていこく):大声で泣くこと。


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