凍蝶01/紅涙


「神とは無力な存在です」

女神は目を伏せて言った。世界に遍くすべてのものを超越する神が、無力である、と。
「あなたを救うことすら出来ないのですから」
それは不可避の運命。神であっても変えることはできない結末。
何もしてやれない己を責めるように、女神は唇を噛み締めた。

「どうせ死ぬなら」
彼女の聖闘士が口を開く。
「聖闘士として、戦って死にたかった。アテナ――沙織さん、貴女を守り、鮮やかに死ねるのなら。それが本望でした」
けれど今となっては叶わない願いだ。世界は平穏を取り戻した。聖闘士が戦うべき相手はどこにもいない。
この少年は、多くの人々に愛されていた。彼等は皆、少年の生きる道を望む。彼等が少年を愛すれば愛するほど、少年は死ねなくなった。どれほど足掻いても死は確実に少年を襲うというのに。

「紫龍、」

ごめんなさい。

音にならぬ声で女神は呟いた。
ごめんなさい、紫龍。あなたの生きる未来を紡げぬわたしは、せめてあなたの望む死に近づける義務があるというのに、あなたの生きる道を望んでしまう。
たとえ無駄だと分かっていても延命治療を重ね、少しでも長く生きるための手段を講じることを繰り返す。
ごめんなさい。あなたの望みを無下にしてしまって。でも分かってほしいの。皆、あなたを愛しているということ。生きていてほしいと願っていること。

すべてを見抜く神の目を持った自分を呪った。見たくない運命すらも直視してしまう、神の目。
なぜ、神として生まれてきてしまったのだろう。なぜ、彼の死の気配に誰よりも早く気付いてしまったのだろう。
運命が見えたって、何もできない。願うことしか、できない。

「紫龍」
眠ってはだめ。死んではだめ。
生きて。お願いだから、生きて。

そこにいたのは、女神ではなく、己の無力さに涙を流す少女だけだった。



(どうして あなたなの)





2009/02/01

紅涙(こうるい):血の涙。悲嘆にくれて流す涙。女性の涙をたとえていう。


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