飼い殺された愛をください


「好きです」
少年の掠れた声が、空気を震わせて、落ちた。震える指で男の服の裾を掴む少年は、幾分顔を赤らめて俯いていた。

少年が女神への定期報告の為に聖域に赴く日は、必ずと言っていいほど磨羯宮に寄っていく。この習慣は数箇月ほど前から続いているものだった。報告を済ませて宝瓶宮から下りてきた少年を、男が気紛れに呼び止めたのが始まり。それからは毎回のように少年は磨羯宮に顔出しをするようになった。男はそんな少年を歓迎したし、少年も楽しそうに微笑んでいた。
日が暮れるまでの間、談笑をしたり夕食を共にしたりする仲。夜になれば天秤宮へと帰っていく少年。帰る時間が遅くなり、男が泊まっていくようにと誘っても、少年は丁寧にそれを断った。
故に、この関係はあくまで「先輩と後輩」「大人と子供」などといったものに過ぎず、「好き」という言葉もそれに準ずる意味しか持たないのだと思っていた。
……だが少年の受け止め方は違っていたようだ。それが今の状況を引き起こした。

「憧れとか、尊敬とかじゃなくて。好き、なんです」

少年はなおも言葉を続ける。苦しそうに眉根を寄せて、それでも思いを伝えようと。
……本気、なのか。すう、と男の周囲を漂う空気が温度を下げた。冷たい目が少年を見据えるが、俯いたままの少年は男の視線の変化に気付けなかった。

「紫龍」
想い人から名を呼ばれ、少年の肩が大袈裟すぎるほどに跳ねた。すまないが、と前置きして男は言う。
「俺はお前を、男が女にそうするのと同じように、人として愛することはできない」
少年は顔を上げなかった。予期していた答だったとしても、叶わぬ現実を改めて突きつけられて平気なはずはないのだ。唇をきゅっと引き結んで耐えていた。それが憐れに思えてきて、男は目を細めた。
「だが」
不意に今までと違う声音を発した男は、おもむろに少年の頬を両手で包んだ。
優しげな手のひらに撫でられた少年が、すこしばかりの期待を胸にして顔を上げる。
そこには、

「……『人間以外のモノ』としてなら、愛してやれるかもしれない」

うつくしい狂気に彩られた、うつくしい瞳が、あった。
あまりにうつくしいものだから、少年は呼吸をするのも忘れて男の瞳に見入った。
「……人間以外の、もの?」
震える声で、男の発した言葉を反芻する。にこり、と彼は笑って答えた。
「そうだ。例えば……飼い猫として、だとか」
男が本気なのか冗談なのかは分からない。けれども、少年が男に愛される為に必要な条件は今知った。
それが、『人間』ではなく『飼い猫』に対する愛情であったとしても。愛されるのならば。愛が与えられるのならば。
少年は無意識のうちに首を縦に振っていた。こくりこくりと何度も頷いては、縋るように男を見上げる。

おれは、あなたの飼い猫になります。
だからどうか、みすてないでください。どうか、あいしてください。

目だけで必死に訴えると、男は満足げに微笑んだ。狂気を孕んだ笑みだった。少年の背筋に恐怖が走る。かたかたと身体が震えるのを感じた。うつくしさ故の恐怖。このまま取り込まれてしまうのではないかという恐怖。
「……いい子だ、紫龍」
『主人』が『飼い猫』の名を呼んだ。
耳朶に触れる甘い響きは、『人間』としての思考回路を停止させるには充分すぎるものだった。
男によって抱擁が与えられる度に、少年の中から何かが剥がれ落ち、別な何かが形作られていった。しあわせで満たされた器へと変貌してゆく。
少年は陶酔していた。自分はこれから、新しく生まれ変わるのだ。男の狂気と愛情を一身に受け止める為だけの愛玩動物に。
溶けるようなキスを重ねて、少年は人間であることを放棄した。



(にんげんだったじぶんにさようなら)





2009/03/30


[ index > top > menu ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -