不器用な恋を見守る大人


2年の教室へと続く階段の前にある生徒ホール。本来なら生徒が自主勉強するべきはずのそこに、よりによってデスマスクが陣取っていた。
「おい」
おそらく声をかけられたのは自分だろうが、無視する。
「こら城戸紫龍、おまえを呼んでんだよ」
名指しされたのでは振り向くしかない。渋々ではあったが、立ち止まって向き直った。
「……何の用だ貴様」
「仮にも教師に向かって『貴様』はねえだろうが」
「黙れ。用がないなら行くぞ」

教師と生徒という立場上、敬語を使わなければならないことは分かっている。だが、この男を「尊敬」の対象にしたくなかった。真面目な性格で、教師に対して常に尊敬の眼差しを忘れない彼を知る者なら驚く光景だろう。
別に何かしらの因縁があるというわけではないのだが、どうしてか好きになれない男。それがデスマスクだった。
紫龍が不快を露わに睨むと、やれやれと軽く肩を竦ませる。

「用ならあるぜ。おまえ、今日あたりから期末考査の結果返ってきただろ。どうだった」
「何故俺が担任でもない貴様に成績を教えなければならん。断る」
「……ほう。そんなら、シュラに愚痴言ってもいいのか? おまえが個人的に生物と英語教えてる2年の城戸紫龍は、一部の教員に対しタメ口使うどころか敬意すら払わねえってな。あーあ、大幅なイメージダウンなんじゃねーの、これ」
「……っ!」
苛立ちで細められていた目が、シュラという名が出た瞬間に大きく見開かれた。先生のことを持ち出すな!とつっかかっても、デスマスクはどこ吹く風で受け流す。
ああ、このガキはマジであの三白眼に懐いてやがるな。
彼が抱くのは、そんな感想だけだ。
「まぁまぁ。要はてめーが返されてきたテストの結果を俺に教えりゃ済む話だろ」
「…………」
不機嫌さを増した視線がデスマスクを射抜く。暫くの間じっとこちらを睨んでいたが、やがて形の良い眉をきゅっと吊り上げて言ったのだった。

「苦手だった英語で、初めて90点台を取った!それだけだ!」

一言そう言い放つと、手に持っていた参考書を両腕に抱え直し、風の速さで背中を向けて階段を駆け上ってしまった。踊り場を曲がるときに一瞬だけ見えた彼の顔が真っ赤に染まっていたのは見逃さない。
デスマスクは、紫龍が去った後の生徒ホールで小さく笑った。

「ははっ!やっぱりアイツ、愛されてんじゃねーか」

俺の予想は当たってたな、とひとりごちて、また笑う。
彼の言う「アイツ」とは、先程の生意気な子供が懐いている、デスマスクと同年の生物教師のことだ。
今日の朝に顔を合わせた時など、嫌に上機嫌で気色悪いくらいだった。生徒にとって恐怖そのものといえる凶悪面があんな嬉しそうな表情を浮かべるのを見たのは、付き合いの長いデスマスクも初めてだったから驚きは尚更。
こいつがそんな表情をする原因はきっと、最近妙に入れ込んでいる城戸紫龍というガキに違いない。デスマスクはそう予想し、結果としてその予想は大当たりだった。

あの男の英語はただ発音が良いだけで、文法の教え方は最悪である。そんな奴の指導を受けて英語の成績が上がるはずもない。おそらく、紫龍は必死で苦手な英語を勉強したのだろう。それもすべて、「先生」に喜んでほしいから。
――なんとまあ、相思相愛ではないか。

「……さて、俺はアイツを冷やかしにでも行ってくるかな」
デスマスクは笑いながら溜め息をひとつついて、あの男がいつもいる4階の生物準備室へと向かうために腰を上げた。あわよくば、常に仏頂面を崩さない朴念仁のにやけ顔を隠し撮りしてやろうと思いながら。



(喜べシュラ。おまえの初恋、実ってるぜ!)





2008/12/13


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