そして星を握り締める


中天に光が舞う。あれが兄の放った光だということはすぐに分かった。
「派手に花火散らしてるな」
いつもなら出し惜しみばかりの――出し惜しみというよりは、技を出すほどの敵でもないことの方がほとんどだが――あのサガが、こうも技を頻発するとは。相手が相当に強いか、それとも無駄に数ばかり揃えているかのどちらかだ。どちらにしろサガが劣勢に立っているのは疑いようもない。
「仕方ない、行ってやるか」
随分と不遜な態度だが、そこにあるのは好奇心と、ほんの少しの心配、だった。



「アナザーディメンション!」
次から次へと湧き上がってくる異形を異次元へと葬る。どれほどの時間そうしていたか。もはや何体倒したかすら分からないが、敵の数は一向に減ろうとしなかった。烏合の衆でも、集まればそれだけの戦力になるということだ。最小限の力で敵を倒すことに専念したとしても、この数が相手ではこちらの疲弊は必至。事実、サガの肩は荒い呼吸を繰り返していた。
まだ向こうでは、青銅や白銀たちが懸命に食い止めているというのに。模範たる黄金がこの有様とはどういうことだ。己への叱咤に唇を強く噛んだ。
すると、頭上から声が降ってきた。

「ご助力願いたいか、双子座殿?」
聞き間違えるはずも無い、今は海龍として海界を率いる弟の声だった。高い柱の上に立ち、こちらを傍観している。サガは応戦したまま会話した。視線を合わせたくはなかったのだ。
「何用だ海龍よ。三界の連合が成ったとはいえ、おまえに助けられるほど苦戦しているつもりはないが」
「そうやって強がりを言うところは相変わらずだな」
何もかもお見通しとばかりに言われて、サガの眉間の皺が深くなる。

「ちまちまとご丁寧に一体ずつ相手にせずとも、『あれ』を使えば一瞬だというのに」
『あれ』という指示語だけで、サガは理解したようだった。この双子の間でしか通用しない言葉。
サガは暫し無言でいたが、敵を四体倒したところで再び口を開いた。
「…………『あれ』は不完全な技だ。真の力が発揮されない状態で使うような真似は、出来ることならしたくない」
カノンにとってそれは、予想外の返答だった。目を見開いて、眼下で戦い続ける兄を凝視した。
(覚えて、いたのか)
懐かしすぎる光景が、頭の中で無自覚に再生されていく。



『…………ねぇ、サガ!サガ!できたよ、今、できた!』

顔を輝かせ、自分の隣に立つ兄に話しかけるのは過去の自分。
黄金聖闘士になる前の、候補生だった頃だ。まだ「影」としての宿命を負っていなかった、何もかもが自由で幸せだった時代の話。兄弟は片時も離れることなく、常に同じ場所に立っていた。片割れの「隣」が、互いのあるべき場所だった。

身の丈の数倍は優にある巨岩が、二人の前の前で粉々に砕けていた。それは成功の証。
兄は微笑を崩さず、けれども少しだけ高揚した様子で頷いた。

『うん、やっと完成した。これが僕たちの新しい技――そして、一番強い技になるんだ』

確信があった。二人が協力して作り上げた技は、何者にも覆せない強い絆の結晶だから。
弟は満面の笑みで言う。

『俺たちなら、銀河の星々だって砕けるよ』
『そうだね、カノンと一緒ならきっと出来る』


弟の言葉から発想を得て、命名したのは兄だった。銀河の星々を砕くという言葉そのままに。
この時ばかりは、聡明な兄も「聖闘士は一対一をよしとする」ことをすっかり忘れていた。しばらくしてその原則を思い出した兄は、慌てて弟に相談したものだ。それきり、二人で技を放つことはなかった。平時の戦いでは、一人で使うことに決めたのだった。
「不完全」な技。二人が揃ってこそ「本物」になる、唯一無二の。

『カノン、覚えておいて。僕たち双子は、二人でひとつだということを』



過去の記憶を全て封印していたカノンは、今になってその「約束」を思い出す。
自分はとうの昔に忘れていたというのに、片割れは今でもそれに固執しているのだ。どうしようもなく愚かで愛おしい、この半身。

「――サガ」

戦いが始まってから初めて、カノンは兄の名を呼んだ。柱から降り、蹴りで敵を五体ほど薙ぎ倒す。
「おまえが『不完全』を嫌うというのなら、俺が『本物』にしてみせよう。……やるぞ、『あれ』を」
カノンの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのか、サガは驚いた顔で彼を見た。いいのか?と視線で疑問を投げかける。
「何を言う、俺は海龍だぞ。聖闘士の掟など今更通用するものか」
軽く鼻で笑うカノンに、サガは苦笑で応えた。そうだ、おまえはそういう弟だったと、半ば諦めたように溜息をついた。だが今は、それでいい。

「ならば行くぞ、カノン」
「ああ」
周囲の敵を一掃し、発動までの時間を作る。
サガはカノンの隣に、カノンはサガの隣に立った。在りし日の記憶と同じ立ち位置で。
目を閉じ、二人は何も言わず手を繋いだ。呼吸を合わせる。互いの心臓の鼓動すらも同じくして。二人の意識は完全に同化していた。双子だからこそ、二人だからこそ、成せる業。

もはや弟を『影』として繋ぎとめることはできない。彼は既に海龍として覚醒し、黄金色ではなく海色の小宇宙を湛えている。それでも、片割れが隣に在るというだけで、これほどに心強く感じた。
二人は笑っていた。呆れとか嬉しさとか、そんな感情からではない。もっともっと大きくて広い、愛だった。

絆を、愛を、この一撃に込める。
敵が一斉に向かってきた瞬間、二人は同時に叫んだ。

「ギャラクシアン・エクスプロージョン――!!」



(今だけは、あの日のふたりに帰ろう)





2009/03/23


[ index > top > menu ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -