黒髪の君はすぐそこに


「それで君は、自分の誕生日も言い出せないまま今日に至るのだな」
「馬鹿だろおまえ」
「……黙れ」

シュラ、デスマスク、アフロディーテ。まさか今年の1月12日もこの顔ぶれで一日を過ごすことになろうとは思わなかった。シュラは不機嫌さと少しばかりの寂しさを瞳の中に押し込んで、深い溜め息をつく。
テーブルに散乱するワインの空瓶。昼間から酒をあおるのも厭わない。生真面目な彼には珍しいことだ。それもすべて、今日という日が原因だった。


『すみませんシュラ、年末は日本に帰らなければならないんです』
いそいそと二人で過ごす12月24日の準備をしていた所に紫龍から言われた言葉。
星矢の孤児院で開かれるクリスマス会の手伝い。年末年始は他の青銅たちと過ごすように、というのはアテナに課せられた義務らしい。女神の命令とあっては無理に断るわけにもいかず。
『俺が日本に帰っている間の埋め合わせは必ずしますから。遅くても1月の半ばくらいまでには帰ってきます』
紫龍は本当に申し訳なさそうな顔をして、シュラに謝ったのだった。


「1月の半ばか。12日は……微妙だな。まぁ、あのガキが来なくても俺らが祝ってやるから安心しろ。少なくとも一人で過ごす誕生日にはならねぇぜ。だからそう拗ねんなって」
「拗ねてなどいない!」
「シュラ、そういうのを『拗ねる』というのだ」

初めての「恋人と過ごす誕生日」に心躍らせていた彼の夢は、ものの見事に打ち砕かれた。しかし紫龍のせいではない。年末年始くらいは家族と一緒に過ごしたいというのはごく自然な感情であるし、なにより自分の誕生日を教えなかったシュラが全面的に悪いと、彼の悪友は口を揃えて言う。
何故誕生日を教えてやらなかったのだと問えば、返ってきた答えは「訊かれなかったから」。

「彼が積極的にそういう個人情報を尋ねられる性格でないことは君も知っているだろうに」
アフロディーテが頬杖をつきながら言う。
「だからといって、紫龍が日本に帰ると宣言した次の瞬間に誕生日を教えたのでは、まるで俺がいかにも祝って欲しいと言っているようなものだ」
「でもおまえ、祝って欲しいんだろ。今日一日ずっとそわそわしてる癖に」
「……だが、」

そこまで言いかけたところで止まる。何かを考えているような仕草を数秒。その瞳に少しだけ陰が落ちる。
「俺の我侭で、紫龍を引き止めたくはない」
紫龍が日本に「帰る」と表現したのも、心に引っかかっていた。まだ自分は、あの子の居場所になれていないのだと。磨羯宮で同居し始めてから数箇月が経過した今でも、紫龍の心は此処ではないどこかを彷徨っている。
相変わらず憮然としたままのシュラは、それきり黙ってしまった。

デスマスクとアフロディーテは、やれやれという風に肩をすくめる。
紫龍が年末年始に家族と一緒に過ごしたいと思うのが自然な感情ならば、シュラが誕生日を大切な人と過ごしたいというのもまた同じように、人として当たり前の願いなのだ。
シュラという人間は、誰かを思うという点においてはひどく未熟だった。戦場では常に冷徹とも取れる行いを平然とするのに、変なところで不器用で、奥手で、いじらしい。長年付き合ってきた悪友二人は、彼のそういった性格を知っているからこそ、自分達が行動を起こしてやらなければならないということも理解していた。

「そこでだシュラ」

声のトーンを幾分上げて、それまでテーブルに頬杖をついていたアフロディーテが勢いよく立ち上がる。彼に引っ張られて、渋々デスマスクもそれにならう。
「ここに一房の花がある。私がじきじきに摘んできた、スイートアリッサムという花だ」
どこからともなく、手品のようにアフロディーテの手から現れた白い花。小さな小花が丸い房状に咲いている。彼が薔薇以外の花を愛でるのは珍しいことだった。
「次にデスマスク。この男はムウほどではないにしろテレキネシス能力を持っている。しかも得意は遠隔操作。これ以上ない的確な役割分担がなされているとは思わないか」
得意げに語る魚と、仕方ないといった顔の蟹。話の意味が取れない山羊は、わけもわからず首を傾げる。
「……どういうことだ?」
「君は花に疎いから分からないのも無理はないな。スイートアリッサムは1月12日の誕生花だ」
「……で、俺が昨日のうちにそれをドラゴンのガキがいる場所へと届けた、と」
こんな無駄な労力使わせんなよな。口は愚痴を零しているが、デスマスクの表情は決して嫌そうではなかった。

「花には私の小宇宙を込めたし、テレキネシスによって送るから、デスマスクの小宇宙も感じ取れる。私達三人がよく連れ立っていることはドラゴンの知っている通り。おのずと君に関する知らせだと分かるだろう。この花の意味なら、アテナかアンドロメダあたりが 汲み取ってくれるはずだ。
……ここまで話せば、私達の思惑は分かるな?」

一気に話したアフロディーテは、世にも奇妙で面白い顔をしているであろうシュラを見下ろした。
予想はまさしくその通りで、今まで拗ねていた彼の表情がみるみるうちに変化していく。雪山で遭難していた旅人が一筋の光を見出したかのような、きらきらと輝く瞳。この変化が楽しくてたまらないのだ。紫龍のこととなると途端に余裕の無くなるこの友人が、なんとも愛おしい。

「そういうわけだ。俺たちがこれだけお膳立てしてやったんだから、後は自分でなんとかしろよ」
感謝する、と感極まりながら呟いたシュラを見やって、したり顔のデスマスク。
アフロディーテも満足げに笑い、激励の言葉と共に颯爽と磨羯宮を出て行った。


「久しぶりに良い仕事をした」
相変わらずアフロディーテは上機嫌だった。聖域での日々は退屈でしかないが、時折こうやってシュラで遊ぶのがささやかな楽しみだ。ドラゴンの少年が来てからは、よりいっそう遊び甲斐のある対象になった。
「……あのガキ、今日中に間に合うのか?」
「間に合うさ。アテナが飛行機をチャーターするだろうし、何よりあの子が、彼の生まれた日を祝いたいと願うなら」

……ふと。
二人は、同時に顔を上げた。
まだ幼く若々しい小宇宙が、この磨羯宮へとまっすぐに向かってくるのを感じる。驚くべき速さで、迷いなく、ここへ。デスマスクの唇は緩やかに弧を描き、アフロディーテは艶やかに微笑んだ。

「――ほら、」



(おいガキ、お探しの憐れな仔山羊なら中にいるぜ)





2009/01/12

1/12の誕生花、スイートアリッサムの花言葉は「美しさに優る価値」。


[ index > top > menu ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -