あなたは幸せになる


あの子が胸の奥に置いていった小さな欠片たちは、あの子が海の向こうへ旅立った後も、ずっと変わらずにきらきらと輝いていた。
それが「幸せ」という名前であることを知らなくて、随分と長い間気付けずにいたけれど。

花を贈ろう。あの子がくれた幸せを、今度は自分が返してあげられるように。
鮮やかな花にすべてを託して、あの子の幸せを願おう。
たくさんたくさん詰め込んだから、色や形はばらばらだった。人によって「幸せ」のかたちが異なるように、贈る花も千差万別、百花繚乱。

こんな花束でも、あの子はちゃんと受け取ってくれるだろうか。



彼は語る。鮮やかな赤いガーベラの花に、熱い情熱を乗せて。

「なあ凛。オレはスイミングクラブでのお前のことしか知らねえけど、お前はよく笑う子供だったよなあ。お調子者で、みんなをよく引っ張ってくれた。なのに泳ぎに対しては人一倍真剣で、必死にも見えてよ……。泳ぎはそいつの本質を表すってんなら、お前の『素』はそっちだったんだろうな。
一人でなんもかんも背負い込むのはやめとけよ。頼りねえと思ってもたまには大人を頼れ。腹いっぱい食って寝て、馬鹿みてえに笑って、そんで幸せになれ!」


彼は語る。太陽を見上げて伸びゆく向日葵に似た、眩しいほどの力強さで。

「松岡。お前はいつも目を鋭くさせて、他人を寄せ付けないようにしていたな。高く掲げた夢のために、いらないもんを全部削ぎ落としたつもりで背筋を伸ばしてた。でもなあ、人間そう簡単に何もかも捨てられるわけじゃない。お前がいらないと思ってたものは、本当に不必要だったか?全部捨て切ったと思って、本当に何も残らなかったか?
……違うはずだ。捨てても捨てても手元に戻ってくる、磁石みたいに厄介なそいつが、結局お前に一番必要なものなんだろう。……ああ言わなくていい。お前のさっぱりした顔を見れば全部分かる。なんてったって俺は鮫柄学園水泳部の部長だからな!……おい笑うなよ。
いいか、松岡。お前はいつだって俺の可愛い後輩だ。俺はお前が鮫柄で最高のチームを作り上げることができると信じてる。だからお前も、お前の行く道を信じろ。――幸せにな」


彼は語る。慎ましやかなカスミソウが、風に揺られながら綻ぶ瞬間の柔らかさで。

「松岡先輩。先輩は泳ぎが力強くて、かっこよくて、メイド服がよく似合っていて、朝夜のランニングは欠かさないし、練習もうすぐ終わりかな?と思っても間髪入れずに『もう一本』って泳ぎに戻ってしまうほどストイックで、筋肉が惚れ惚れするほどきれいで、誰よりも努力家で、悩み苦しみながらも前に進もうとしていること、僕が一番よく知っているつもりです。まだたった数ヶ月しか一緒の時間を過ごせていませんが、それでもずっと僕は先輩のことを見ていましたから。
先輩はずっと僕の憧れで、だけどこれからはただ背中を追いかけるだけじゃなく、先輩の隣で走れるように死ぬ気で努力します。そうすることが僕にとっての目標であり幸せだと思うんです。僕、頑張りますから……先輩も、幸せになってください」


彼女は語る。甘く香るヒナギクの、愛らしさとしなやかさが同居した横顔で。

「お兄ちゃん。私ね、お兄ちゃんに謝らなくちゃいけないことがあるの。ずっと言いたくて言えなかったこと。……お兄ちゃんがオーストラリアに留学して1年目の冬、お正月に帰省したよね。あの時もお兄ちゃん、オーストラリアは楽しい、競い甲斐のあるライバルがいっぱいだって笑ってたでしょ?でも私ほんとは知ってたんだ。お兄ちゃんがそうやって笑うほんの一瞬の間に、すごく苦しそうな目をしてたこと。誰も見てないところで強く拳を握りしめて、目元を拭ってたこと。……気付かれてないと思ってた?お兄ちゃんそういうの昔から下手だよ。
……だけど私、気付かないふりをしちゃった。あれは見間違いだったんだと思うようにしてたの。私の自慢のお兄ちゃんはこんなことで弱気になったりしない、絶対泣いたりしないんだって……。ねえ、お兄ちゃん。私もお母さんも、きっと知らず知らずのうちにお兄ちゃんのことを追い詰めてたよね。お兄ちゃんは私達の期待を負担に感じたはずなのに、そんなこと絶対表に出さないでお父さんの夢を追い続けてくれてる。ごめんね、本当にごめんなさい。……だけど、ありがとう。
こんな妹だけどあと一つだけ我侭言ってもいい?お兄ちゃん、お願いだからどうか、幸せになってね」


彼は語る。凛然とたたずむ菖蒲のように、背筋をまっすぐに伸ばして。

「凛さん。大体あなたは自分勝手にも程があります。聞くところによると、あなたはかつて遙先輩たちと泳ぐためにわざわざ転校までして、オーストラリア留学という理由を武器にして遙先輩たちにリレーに専念するよう頼み込んだというじゃないですか。その行動力は驚嘆に値しますが見習いたくはないですね。だって卑怯でしょう。並々ならぬ覚悟と熱意を前にされたら誰だって断れませんよ、優しいあの人たちにとっては尚更です。彼らの優しさに甘えて、あなたは自分のエゴを押し通してきた。昔だけじゃない、いや、今のほうがもっと重症だ。自分が前に進むために遙先輩を利用して、目的を達成できたら突き放して、それなのにまた固執して……なんなんですか、勝手に巻き添えにしておいて途中で放り出すなんて意味が分からない!そのまま最後まで道連れにでもすればいいでしょう、なのにどうしてあなたは一人で進もうとするんですか!僕が許せないのはその中途半端さです。美しくない。
自分の人生に誰かを巻き込もうと思うなら、揺り籠から墓場まで、喜怒哀楽も全て共有することを前提にしなければ。……遙先輩なら最後まで付き合ってくれるでしょう。それならあなたは責任を取って幸せになるべきなんです」


彼は語る。光を振りまくラナンキュラスが、花々の芽生えを呼び覚ますあの声で。

「ねえリンちゃん。僕とリンちゃんが仲良くなったのは、リンちゃんがバッタが速く泳げるように見てくれたのが始まりだよね。僕自分の勘に自信あってさ、リンちゃんを見た時、きっと僕と仲良くなってくれる人だなあってビビっときたんだよね。そしたら大当たり!リンちゃん、内心面倒くさいって思ってもなんだかんだちゃんと構ってくれたでしょ?そういう面倒見の良さは昔から全然変わらないよねえ。
それでさ、リンちゃん達と一緒にリレーを泳いで、最高の景色を見て……あのワクワクする感覚、あれが幸せって言うのかな、もう忘れられなくて!僕が今こうして水泳続けてるのは、あの時見た景色をまた何度でも見たいからなんだ。僕は岩鳶で、リンちゃんは鮫柄でリレーをしてさ。きっと大丈夫だよ、僕が保証するって!リンちゃんは幸せになる!」


彼は語る。癒やしの願いを受け止めた、セージのような穏やかさで。

「凛。実を言うと、俺は凛のことが少し怖かったんだ。凛はその身一つであっという間にハルを変えてしまうから。俺は急な変化に慣れなくて、最初はすごく落ち着かなかったし、そっとしておいてほしいと思ったりもした。だけど――リレーを泳ぎ切ったあの時、枷が外れたみたいに体が軽くなって、腹の底から熱いエネルギーがこみ上げてくるような……そんな感覚を味わったんだ。きっと昔のままの俺だったら知らなかった。いつの間にか、凛は俺のことも変えてたんだ。
……このことを直接話すのは初めてだったかな。凛にはちゃんと知っていてほしくてさ。……今の凛は、自分自身や俺たちが変わっていくことにはすごく敏感だけど、自分が変えていくことには無自覚みたいだから。
気付いてないかもしれないけど、凛は本当にたくさんのことを変えていってるよ。あ、責任を取れなんて言うつもりはなくて、ただ――できるなら、一緒に変わっていってほしいんだ。ハルと一緒に。変わっていく2人を、俺はどちらもまとめて大事にしたい。
だから凛、幸せにしてくれよ?俺のことも、ハルのことも、――そして、凛自身のことも」



そして最後のひとりは、両腕に抱えた青いデルフィニウムの花を放り出し、何も持たずに走り出す。
彼にとっての運命で、泣き虫の寂しがりやが落としてしまった幸福を、その手で掬い上げるために。






2014/02/02

▼各人のイメージフラワーについて

笹部コーチ:ガーベラ
花言葉「希望」「常に前進」「辛抱強さ」

御子柴:向日葵
「あこがれ」 「私の目はあなただけを見つめる」「崇拝」「熱愛」「光輝」

似鳥:カスミソウ
「清い心」「切なる喜び」「無邪気」「親切」

江:ヒナギク
「純潔」「乙女の無邪気」「明朗」「希望」「あなたと同じ気持ちです」「美人」

怜:菖蒲
「良き便り」「吉報」「愛」「あなたを大切にします」「私は燃えている」

渚:ラナンキュラス
「魅力的」「美しい人格」「晴れやかな魅力」「移り気」「光輝を放つ」「あなたは魅力に満ちている」

真琴:セージ
「幸福な家庭」「家庭の徳」「家庭的」

遙:デルフィニウム
「高貴」「尊大」「傲慢」「慈悲」「清明」「あなたは幸福をふりまく」



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