誘蛾灯


おれはハルがすきなんだ。

そう言ってニコニコといつものように笑うので、俺は言い知れぬ気味悪さに背筋を粟立てた。別にお前があいつのことをどう思ってるかなんて知ったこっちゃない。昔からお前はあいつのことしか見てなかったし、どうせ時間の問題だろうと思っていた。友情としての「好き」が別な何かに変質したところで、俺は「ああそうか」と頷いてやるだけだ。
ならばお前に対する気味悪さの正体は何かと言えば、それは4年越しに再会した友人が同性愛者になっていた事実ではなく、その友人が恋愛感情を向けているであろうあいつじゃなくて何故か俺の体を組み敷いている現状でもなく、ハルが好きなんだとほざきながら俺の肌をそれはそれは優しく撫でてくる大きな掌でもなく、そうだ、穴が空くほど俺の目に視線を注いでるくせに、俺のことは何一つ見ちゃいないお前の透き通るような目だった。

蛍光灯の淡い光を背負って、お前はまっすぐに見下ろしてくる。絡み合う指先の温度が煩わしい。
お前ってほんと分かりやすいよなあ。昔はハルちゃん、今もハルって、呼び方と呼ぶ時の感情が変わっただけかよ。じっと目を凝らして俺の瞳を覗き込む、それさえもあいつを求める行為にすぎないっていうのか。お前は自分の知らないあいつを一つだって取りこぼしたくないから、俺の中にいるあいつをも掬い上げようとする。眼球を抉り取りかねない勢いで。
そんなことしたって無駄だろ。俺の記憶に埋もれてるあいつの寂しそうな瞬きも、俺を見て余計に傷ついてる表情も、微かに震えて青ざめた唇も、俺以上に鮮明に再生できる奴はいない。残念ながら記憶はそう簡単に切り貼りできないんだ。

分かっていながらお前は諦めることを放棄した。記憶を共有できないならせめて……というやつだ。ロマンチストのくせに即物的。せめて美男美女同士なら絵にでもなったろうが、悲しいことにこの床の上に投げ出された手足は紛れもなく男のそれだった。半乾きの髪から漂う塩素のにおい、じんわりと熱を持って汗ばむ肌、どれもこれも気味が悪くて仕方ない。
重いし暑いんだからさっさとどけてほしかった。そこまで必死に手首を掴まなくたって、俺は別に逃げたりしねえよ。相手がお前だからじゃない。お前があいつを求めてるから。俺はもう最初から諦めてるんだ。
なあ、あいつにはこんなこと絶対しないんだろ。俺だからするんだろ。あいつには駄目でも、俺ならいいんだろ。……別に構わない。俺だってお前と同じだ。だからそんな顔するなよ。

頭上で光る蛍光灯がチカチカと何度も点滅し、その周りを夏の虫が飛び回っている。何の意味があるんだろうな、あれ。たぶん何も意味はない。ただ本能で光に集まっているだけだ。それが無駄であることすら知らずに。
結局俺もお前も、眩しい光に引き寄せられる虫ケラなんだよ。光そのものにはなれなくて、ただ憧れるだけ。近づきすぎれば焼け焦げる。それでも手を伸ばさずにはいられないんだからザマねえよな。
惨めな奴ら同士で肌を寄せ合う気分はどうだ。俺は最高に気味が悪いよ、吐き気がする。あいつにもこの感覚を味わわせてやれたらどんなにいいだろう。きっと、俺たちがこうして惨めさに咽び泣くことが、あいつに対する復讐なんだ。





2013/07/11



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