甘えたがりと甘やかしたがり


レンはキッチンに立ち、フライパンで玉葱を炒めていた。

いつもなら夕食を作ってくれるのはトキヤなのだが、今日は料理がしたい気分だった。
いえ私がやります、とキッチンに行こうとするトキヤをソファーに座らせるのはなかなかに大変だった。私の料理は飽きましたか…?と拗ねるトキヤを見れただけ得だろうか。
「イッチーの手料理はオレの大好物だし、毎日食べても飽きないよ。だけど、たまにはオレだってイッチーにお返しがしたい」
そのお願いが効いたのか、トキヤはやっと夕食の調理権の譲渡を了承してくれた。

トキヤ愛用の紫色のエプロンを代わりにつける。それだけでやる気は違ってくる。
レンはそこまで料理にこだわりがある方ではなかったが、食べてもらう相手がトキヤとなれば特別だ。
どうせ作るならとっておきに美味しいものにしよう。彼の味覚に合わせて味付けは少し薄め、なるべく野菜をたくさん使ったメニューがいい。

頭の中で次々とアイデアを並べ立てていく。
今までは料理する機会など滅多になかったが、たまにはこういうのも良い。
トキヤが美味しそうに食べてくれる光景を想像すると、自然に顔が緩んだ。

「レン、」

その時である。
背後でレンを呼ぶ声。どうしたのイッチー、まだ時間かかりそうだからゆっくりしてて――そう言おうとして振り返りかけたが、それよりもトキヤがレンに後ろから抱き着く方が早かった。
慌ててコンロの火を止めた。トキヤは本来なら、人が料理している最中に抱き着くなんて!と叱り付ける側だ。だが今日に限って彼はその役割を放棄し、甘えるようにレンの背中に体を預けたのである。

「……どうしたの、イッチー」
レンは一瞬驚きで硬直したが、すぐに自分を落ち着かせ、背後にいる彼に声をかける。なるべく優しい響きになるように。
するとトキヤは、すりすりとレンの背中を頬を寄せた。

「……わからないんです」
「分からない?」
「ええ…あなたのことを考えると、胸が苦しくなって、でもそれ以上に幸せな気持ちになる。あなたの隣にいると、体が熱を持って、心地良い浮遊感に包まれる。その理由が、よくわからなくて。……どうしてでしょう?」

――そんなの、答えはひとつに決まってるじゃないか。

言いかけて、やめた。
トキヤはいつになく甘い声だ。濡れた吐息を肌に感じる。彼が、遠回しな表現とはいえこれほど素直になったことが今まであっただろうか。いや、ない。
ようやく自分自身に対する感情の縛りを緩めてくれたのだろうかと嬉しくなるが、彼の言動をそう好意的に解釈するのは少しだけ違和感があった。

レンはしばらく何か考えるように首を傾げていたが、不意に何か思い当ったのか、抱き着いてくるトキヤを引き剥がした。
両手でトキヤの肩を掴み、真正面から向き合う。熱に浮かされたようにとろんとしたトキヤの目を見て、レンは確信する。

「……イッチー。もしかしてそれ、風邪じゃない?」





「すみません、せっかく夕食の準備をしてくれていたのに」

ベッドの上で申し訳なさそうに呟くトキヤの手にはスプーンが握られている。風邪だと判明するや否や、レンはそれまでのメニューを全て撤回し、トキヤのためにお粥を新しく作り直したのだ。
「気にしないで。風邪が治った後なら、オレはいくらでも料理を振る舞うよ」
レンの推察通り、トキヤは風邪だった。それも熱風邪である。トキヤの様子がいつもと異なっていたのはそのせいだ。ぱっと見た限りでは気付けなかった。
レンがトキヤに代わって夕食を作ろうと思い立ったのも、元はといえば最近トキヤに元気がないように見えたからだった。風邪ひきと判明して納得だ。

「ほら、熱いうちに食べて」
なかなかお粥に手をつけようとしないトキヤを見かねて、レンは彼の手からスプーンを奪った。スプーンでひとさじ掬いトキヤの口元に近付ける。
「はい、あーん」
トキヤは眉を寄せて困惑している。
「……子供じゃないんですから」
「いいんだよ。病人は病人らしく素直に甘えればいい。さっきみたいにね」

先程のトキヤらしくない素直さは、彼自身もそのような行動を取ったことが信じられないらしい。顔を赤くして「あれは別です」と力無く反論した。
だがレンは差し出したスプーンを引っ込めようとはしない。トキヤが食べるまで待ち続ける気だ。
トキヤはしばらくの間、レンの目とスプーンとを交互に見つめた。これはもう食べるしかないのか。

「イッチーほら、あーん」

駄目押しとばかりにレンがもう一度言うと、トキヤは観念したように、ほんのり赤く色付いた唇を開いた。ぱくり。温かい粥が口の中に消えていく。レンの作ってくれた卵粥は優しい味がした。

「……おいしい」

思わず呟いていた。
その言葉を聞いたレンがにっこりと満足げに笑う。彼は風邪ひきの恋人を甘やかしたくて仕方ないのだ。
今日くらいは、風邪を言い訳にしてその優しさに身を委ねてしまおうか。
素直になれない甘えたがりと、素直を願う甘やかしたがり。二人の利害はこうして一致した。



★BGM:I catch a cold/KOKIA

またほさんリクで、砂トキorレントキの甘々。甘い話といえばレントキだろうということでレン様にお粥ふーふーしていただきました。
体調が悪いと素直に甘えたがり属性が発揮できるトキヤさんまじツンデレの鑑。弱ってるイッチーは3割増しで可愛いよ、とはレン様の言です。
リクエストありがとうございました!


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