ぼくのかわいい眠り姫


※第9回テル受けワンドロお題「手のひら」で島テル


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「テルキ、お風呂いただきましたよ……、あれ?」

ほかほかとした湯気を従えてリビングへと戻ってきた島崎だが、呼びかけに返事がないことに首を傾げた。つけっぱなしのテレビからは夜のニュースが垂れ流されている。
島崎は迷いなくソファーに向かって歩いていき、座った。人のかたちをした巨大な毛玉の隣に。
「テルキ。そんなところで寝ていたら風邪をひきます」
もう一度呼びかけるが返答なし。溜め息をついて、テーブルの上にあったリモコンを手に取り、テレビを消した。静けさを取り戻した室内に微かな寝息が響く。輝気は眠っていた。島崎が風呂から上がるのを待っている間に寝落ちてしまったらしい。寝息に合わせてブランケットが上下した。

「起きてください」
「ん……」
本当ならこのまま寝かせてやりたいところだが、夜は冷え込むこの時期だ。放置して具合を悪くされたらたまったものではない。島崎はブランケットの隙間に手を入れ、輝気の頭を発掘した。蛍光灯の光の下に引きずり出されて、輝気はくぐもった声を上げる。ブランケットをどけようとすると、弱々しい力で抵抗された。このまま強引に引き剥がすこともできたが、島崎は仕方なく手を止めてやった。

「まったく……先に寝ていろと言ったでしょう?」
「……やだ」
「可愛く拒否しても駄目です」
「ばか」
「罵倒も禁止」
「……僕を待たせるのがわるい」
「はいはい」

小さな子どものようにぐずる輝気の背を、ブランケット越しに撫でる。そういえばこの子はつい数年前までランドセルを背負っていたのだ、と改めて思い至り、感慨深い気持ちになってしまう。
寝ていたからか、布越しでも輝気の体温が上がっているのが分かった。子供の体温だ。
「温かいですねえ」
「んー……」

両手で輝気の頬を包む。頬も、首筋も、ぬくぬくとして温かい。口は半開きになっているし、島崎の前では皺を寄せがちな眉間も、今日ばかりは緩みきっている。目蓋は今にも閉じそうだ。こんなに警戒心のない輝気は初めてだった。
その様子が珍しくて、島崎は輝気の顔のパーツひとつひとつを指で丹念になぞってしまう。いつもなら「やめろ」とすぐに抵抗されるのだが、今はそれよりも眠気の方が勝るらしい。輝気は島崎の手にされるがままになっている。

「……アンタってさ」
「はい?」
「僕の顔、さわるの好きだよね」
「ええ。それはもう」

キミの体なら頭の天辺から爪先までどこを取っても好きですけどね。
そう付け加えると、輝気の口の端が僅かに引きつった。即座に「気持ち悪い」という言葉を叩き付けられず、この程度の反応で済んだのは、輝気の頭が寝起きでぼんやりとしていたからだろう。いつもこのくらい穏やかなら可愛げがあるのに。

「好きなのは勿論ですが、触れることで表情を確かめたいという理由もあります。怒っているとか、泣いているとか、その程度なら気配だけでも察知できますけどね。キミがどんな表情で怒って、どんな目で泣いているのかまでは分かりませんから。やはり直接触って確かめたい」
「……ふうん」

島崎に好き勝手触られながら、輝気は島崎の顔をじっと見つめた。光を映さないその瞳。口角を上げ、余裕のある表情を形作る口元。たとえ目が見えていても、この男が何を考えているのかは到底分からない。それなのに、見えないはずの男は、時々まるで輝気の心まで見透かしているかのように核心をついてくる。
――ずるいなあ、と思った。しかしそんなことを言葉に出して言えるわけもなく、代わりに輝気は島崎へと手を伸ばした。

「……」
「……」
「……あの、何してるんですかテルキ」
「今までの仕返し」

ぺたぺたと島崎の顔を触る。島崎は嫌がるような素振りは見せなかったが、困惑はしているようだった。今までは一方的に触る側だった自分が、今度は触られる立場になって落ち着かないのだろう。くすぐったそうに身を捩る。
目。鼻。耳。口。頬。顎。額。
見ているだけで分かったつもりになっていたその顔を、手のひらと指先で丹念になぞっていく。風呂から上がったばかりの島崎の顔はほのかに温かく、しかし輝気の指先よりは低い体温だった。手で直接触れてみると、その顔かたちの端正さがより際立つようだった。輝気が思っている以上に島崎は美しい顔をしていた。
輝気はしばらくの間島崎の顔を触り続け、島崎は大人しくその手に身を委ねていた。輝気の手が名残惜しげに離れていったのは、互いの指先がすっかり冷えてからだった。

「満足できましたか?」
「うーん……どうかな。僕もアンタみたいに顔を触れば、アンタの考えてることが分かるかもしれないと思ったんだけど」
「だけど?」
「……僕を小馬鹿にしてる顔だってことしか分からなかった」

輝気はごくごく真面目にそう答えた。顔のパーツひとつひとつをどれだけ丁寧に確かめてみても、結局は見えている印象の通りにしか受け取れなかったのだ。目で見えるものに惑わされているうちは、島崎のようにはなれない。なるつもりもないけれど。
島崎はわざとらしく肩を落とした。ブランケットの端をつまんで、いじけたように弄ぶ。
「ええ?私の顔、キミにはそう見えてるんですか?馬鹿にしてるつもりは全然ないんですけど……傷つくなあ」
「違うの?」
心底不思議そうに輝気が首を傾げるので、島崎も少しは本気になったのだろう。誠実さを示すように、真剣な表情を作って輝気に顔を寄せた。輝気は思わず仰け反りかけたが、島崎はブランケットごと輝気の体を引き寄せる。二人の距離が限りなく近付く。島崎の唇がゆっくりと動いた。

「……あのね、テルキ。これは、キミのことが可愛くて仕方ないって顔なんですよ」

輝気は呆気に取られて島崎を見た。島崎は見えないなりにその視線に応えた。たっぷり5秒間の沈黙。そして輝気が「うそつけ」とぼやく。
「嘘じゃないですってば」
「僕には小馬鹿にしてるようにしか見えないぞ……!」
「信用ないなあ。どうしたら信じてもらえます?」
その言葉を受けて、輝気はもう一度島崎の頬を両手で包み込んだ。冷えてしまっていた指先は、先程よりもいくらか温もりを取り戻しているように感じられた。――どうやら照れているらしい。
気恥ずかしさを誤魔化すように、輝気は敢えて不遜な態度で宣言する。

「じゃあ、僕を寝室まで運んでくれたら、信じるよ」
「わがままな眠り姫ですねえ」

そんな軽口を叩きながらも、島崎はお安い御用とばかりに輝気の体をひょいと抱き上げた。その拍子にブランケットが滑り落ちる。パジャマだけの姿になった輝気は少し身震いした。しかしブランケットを拾い上げることはない。島崎の首に腕を巻きつけて、ここぞとばかりに体を密着させた。
リビングの明かりが消され、二人は寝室へと向かう。置き去りにされたブランケットに、わずかな温もりを残して。



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2016/11/12


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