「褒める」は「愛する」の延長線上にある


※第8回テル受けワンドロお題「はじめて」と「髪」で島テル
※付き合い始めてまだ間もない(でもやることはやってる)2人



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思えば、彼は初めて会った時から大人びていた。思慮深く、聡明で、自分に自信をもっていた。大人相手にも動じずに堂々としていた。
背筋を伸ばし、前を向き、正しい自分で在ろうとする彼を、純粋にすごいなと思った。自分よりも一回り以上年下の彼に対して感嘆を覚えた。私は光を感じることができないが、眩しいという感覚はきっとこういうものなのだろうと思った。
だけど、彼はごく普通の少年で、因数分解に手を焼く中学生で、怒りもすれば泣きもする子供だった。不意にそれを思い出して、私はどうしてもその行動を取らずにはいられなかったのだ。



ばしん!と想像以上に大きな音がして、私よりもテルキの方がよほど驚いているようだった。
「あ……」
テルキは動揺を滲ませた声を上げる。その声を聞いてやっと私は自分が何をされたのかを理解した。じんじんと手が痛む。そうだ。私はテルキに思い切り手をはたかれたんだった。
きっかけは何だったろう。皿洗いを終えたテルキが、二人分のコーヒーを持って私の隣に座った。テルキはいつもブラックコーヒーを飲む。「私に合わせなくてもいいんですよ」と言ったら「別に合わせてない」と返事をして、それで。
私は唐突にキミの頭を撫でたくなったのだ。肩を抱くとか、キスをするとか、そういう行為よりも先に、頭を撫でたいと思った。そして見事に拒絶されて今に至る。

こうも顕著に拒否反応を示されるとは思っていなかったので、さすがにちょっと驚いた。初めてキスをした時だって派手に暴れられはしたが、ここまで本能的な拒絶ではなかったと記憶している。気を許した相手以外に頭を撫でられると不快感が生じるなんて話は聞いたことはある。だがテルキとはもうキスもそれ以上のこともしているし、今更頭を撫でられて嫌だなんてことは――……あるかもしれない。私はこれまでの自分の行いを思い返して少しばかり反省した。

「あの……ごめん。嫌だったわけじゃ、なくて」
私の考えを見透かしたように、テルキが小さい声でそう言った。申し訳なさそうに。もしかして私は今世界の終わりのような顔でもしているのだろうか。これでも平静を保っているつもりなんだけどな。
「別に気にしてませんよ」
「……」
自分の声が若干震えていることに気付いて焦る。これではただの「恋人に拒絶されてショックを受けている人」のようじゃないか。いや実際その通りだ。私は自分で思っている以上にテルキの反応にショックを受けている。

おそらくテルキもそれを察したのだろう、先程よりも更に小さい声で「本当に嫌なわけじゃなかったんだ」と続ける。嫌じゃないならどうして手を叩いたりしたんですか、と尋ねそうになるがぐっと堪えた。テルキの次の言葉を待つ。
「ただ……人に頭を撫でられるのが、苦手なんだ」
最後は消え入りそうに言った。恥ずかしさと自己嫌悪が一緒くたになったような声だった。テルキの体に意識を集中させると、心拍数が上がっているのが分かる。発汗もしている。
テルキのこういう姿はあまり知らない。私の前ではふてぶてしくて素直じゃないのが彼の常だからだ。

「苦手、ですか」
「……うん」
「苦手な理由を訊いても?」
テルキのしおらしい態度がどうにも馴染めず、私は気の利いた言葉ひとつ言えなかった。それどころかより深く事情を知ろうとしてしまう。先程の拒絶の仕方は、半ば本能的なものだった。抱きしめようとして抵抗されるとか、キスをしようとして暴れられるとか、そういう類のものとは違う。

「……僕が影山くんに負けた時の話は前にしただろ」
かげやまくん。テルキが発したその名前に、私は思わず身構える。あの恐ろしい少年。テルキは彼をとても慕っているようだが、私からすれば信じられない。――いや、今はその話はやめよう。主眼はそこではない。

「あの話、覚えてる?」
「ええ。落ち武者になったとかいう……」
「その言葉を使うのはやめてくれ。なるべくなら思い出したくないんだから」

ははあ。私が「影山くん」に本能的な怯えを感じる(不本意だが仕方ない)のと同じように、テルキも「落ち武者」の記憶がトラウマになっているらしい。髪の毛を刈り取られたという話を聞いた時にはこの子らしくない冗談だなと思ったものだが、その記憶を語るテルキの声は深刻そのものだったし、今だって追い詰められたような雰囲気を纏っている。――何より、私の手を振り払ったテルキから感じたのは「恐怖」の感情だった。あれは本物だ。

「つまりキミは、嫌な記憶を思い出してしまうために、頭を撫でられたくないと」
「簡単に言えばそうなる……って、なんだこの手は」

私はテルキの頭を撫でようと手を伸ばす。テルキはその気配をいち早く察し、即座に私の手首を掴んできた。ならば、ともう片方の手を伸ばすが、やはり掴まれる。頭を撫でたい私とそれを阻むテルキが、鍔迫り合いのように互いを押し合う形になった。テルキの腕に青筋が浮かんでいる。この程度なら私の方が簡単に押し勝ててしまえるのだが、必死に抗おうとするテルキが可愛くて、ついその無駄な抵抗に付き合ってしまう。

「手を離してくださいテルキ」
「離したらアンタはどうするんだ」
「もちろん、テルキの頭を撫でます」
「なんでそうなる!さっき苦手だって言ったばっかりだろ!」
「だからですよ。私はキミの頭を撫でたい。キミはナデナデ恐怖症を治したい。win-winじゃないですか」

我ながら名案だと思う。だがテルキは悲鳴のような叫び声を上げて首を横に振った。
「勝手に変な病名を付けるなよ!それに治したいわけじゃないし!」
「治したくないんですか?」
掴まれた両手首をぐっと外側にやって、私はテルキの顔を覗き込んだ。息がかかるほどの距離。テルキは気圧されて顔を遠ざけようとするが、私はそれを許さない。

「キミは頭を撫でられたくないんですか?頑張った時に、褒められたくないんですか?」

そもそも、私がテルキの頭を撫でようと思ったのは、彼を褒めたいと思ったからだ。
まだ中学生なのに、親元を離れて一人暮らしをして。まだ大人の助けを必要とする子供なのに、大人相手に対等に渡り合い、胸を張って。まだ3時におやつを食べてもいい年頃なのに、背伸びをしてブラックコーヒーなんか飲んで。誰の目も届かない場所で、たった一人で努力を積み重ねて。
人に褒められることをちっとも期待していないであろう彼を、褒めてあげたくて仕方なかった。

私のような人間に褒められたところで、キミは全然嬉しくないだろうけれど。それどころか嫌悪感を感じたっておかしくない。彼をそんな境遇に追い込んだのは、私のような悪い大人たちだった。
――それでも、キミが許してくれるのなら。

「私はキミの頭を撫でたい。1人で頑張っているキミを褒めて褒めて褒め倒して、キミが嫌だと言うまで甘やかしたくて仕方ない。私の願いを叶えてください、テルキ」

私があまりに真剣に懇願するので、テルキは二の句が継げないようだった。大の大人に、あなたを褒めさせてくださいとお願いされて、はいそうですかとすぐに受け入れられる中学生はそうそういないだろう。
テルキは返答の代わりに、掴んでいた私の手首を解放した。受け入れたというより、観念したという方が近い。すとん。軽い音を立てて、テルキの手が膝の上に落ちる。私の動きを遮るものは何もない。

私は右手をテルキの頭へと伸ばした。一瞬、その痩せた肩が小さく震える。しかし先程のように手を叩かれることはなく、ほどなくして私の指先に柔らかい髪の感触が伝わった。猫の腹でも撫でているかのような手触りだ。トラウマがあるというからどれ程のものかと思っていたが、頭頂部には普通に地毛が生え揃っていたので拍子抜けしてしまった。落ち武者の面影ないじゃないですか、と言いそうになったが、寸前で口を閉ざした。落ち武者というワードを出すとまた拗ねられそうだ。自分の不用意な発言でこの心地よい時間が失われるのは忍びない。
それにしてもテルキの髪は柔らかかった。子供特有の柔らかさというか……とにかくやみつきになる。初めは体を強張らせていたテルキだったが、指と掌でわしゃわしゃと髪をかきまぜてやると、くすぐったそうに身を捩った。

「ちょっと、くすぐったいんだけど」
「うーん、これは問題ですね……」
「どうしたの」
「キミの頭を撫でて癒やす作戦のはずが、逆に私が癒やされている……」
「はあ?何だよそれ」

テルキが呆れたように笑う。私に撫でられすぎて髪の毛がもみくちゃになっているが、さして気にしていないようだった。撫でられるのが苦手って話はどこに行ったんですかと問えば、「アンタだからいいんだよ」という返事が返ってきた。さて、これは自惚れてもいいということだろうか。



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2016/11/05


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