ガラスの靴をきみに


※第5回テル受けワンドロお題「足」で島テル
※当たり前のように島崎さんがテルさんちに居候してる



------------------------------



「いつまでのんびりしてるんだ。早く準備しないと置いてくからな」
「はいはい」

やる気のない返事を受け、輝気は玄関先で苛立たしげに溜め息をついた。リビングにいるのは同居人の島崎だ。輝気の催促も虚しく、今も優雅にコーヒーを嗜んでいる。今日は買い物に行こうと言い出したのは島崎の方だというのに、当の本人は一向にソファーから動こうとしない。
(これじゃあまるで、僕だけが外出を楽しみにしてるみたいじゃないか)
輝気は眉を八の字に歪める。気まぐれなこの男に振り回されるのは今に始まった話ではないが、だからといってそれに慣れたわけでもないし、まして粛々と受け入れられるわけでもない。
いっそ本当に先に出てしまおうか。もしかしたら、慌てて追いかけてくるかもしれない――そう思い立って、スニーカーを履こうとする。しかしその途中でふと輝気の動きが止まった。

「……あれ?」

かすかな違和感。毎日のように履き慣れているスニーカーが、今日は少し窮屈に感じる。
「どうしました」
輝気の悪態が急に途絶えたのを不思議に思ったのか、島崎がリビングの扉からひょっこりと顔を出す。普段はてこでも動かないのに、こんな時ばかりフットワークが軽い。嫌味のひとつでも飛んできそうなものだったが、輝気は島崎に目もくれず、足元に視線を注ぎ続けていた。島崎は首を傾げて輝気の様子を伺っていたが、しばらくして「ああ」と声を上げる。

「そういえばキミ、成長期でしたね」
「『そういえば』は余計だ」

輝気は、スニーカーがきつくなったとは一言も声に出してはいなかったが、島崎はこの状況と沈黙からそれを理解したらしい。先読みの力によるものか、持って生まれた勘なのかは知らないが、驚くべき察しのよさだ。輝気がこの男を厄介だと思う理由のひとつでもある。

「ちょっといいですか」
島崎は輝気に向けてちょいちょいと手招きをした。こちらへ来いということらしい。輝気は片足をスニーカーに突っ込んだまま、不機嫌な声を上げる。
「よくない。もう10時を過ぎてるんだ、早く行かないと店が混む」
「その前にやらなくてはいけないことができました」
「はあ?なんだよ、これから出かけようって時に」
「出かけるからこそ、ですよ」

こうなったら意地でも自分を曲げないのが島崎である。外出予定はもう少し先延ばしになりそうだ。輝気は諦めたようにもう一度溜め息をつき、スニーカーを脱いで玄関を離れた。
リビングでは島崎が出迎えの姿勢を取っていた。背筋を伸ばし、ゆっくりと掌を差し向けて、「さあどうぞ」と輝気をソファーに座るよう促す。その所作はまるで高級レストランのウェイターのように洗練されていて、輝気はここが自分の部屋ではなくどこかのホテルかと錯覚しそうになる。自分の知らない島崎がそこにいるかのように思えた。
すらりとした長身に柔らかな物腰、顔のつくりもそれなり。慇懃無礼な物言いのせいですっかり忘れていたが、相応の立ち振る舞いをしていれば、島崎は人目を引かずにはいられないだろう。現に輝気も――ほんの少しだけ、見惚れてしまった。

「一体何が始まるんだ?」
そんな自分を誤魔化すように、輝気はわざとらしく首を傾げてみせた。心臓の鼓動が僅かに速まったのには気付かれていないだろうか。そんな紳士的な態度はアンタに似合わない、いつもの人を馬鹿にしたような言動を見せてくれ。その方が安心するから。心の中でそう願う。
「キミはそこに座っているだけでいいんです」
立ち尽くしたまま動かない輝気の手を引いて、島崎は輝気をソファーに座らせた。柔らかなクッションが輝気の背中を抱きとめる。

「では」
島崎はおもむろに輝気のかかとを掌へ乗せた。何の違和感もなく、自然に。輝気は呆気にとられてぽかんと口を開けていたが、島崎が靴下を脱がせ始めた頃になってやっと慌て出した。
「ちょっ、いきなり何を……!」
「駄目ですよ、暴れないでください。きちんと測れないでしょう」
「やめろって、こら!馬鹿なのか!?気持ち悪い!変態!」
「散々な言われようですね」

輝気はわけも分からず足をばたつかせ、島崎の手から逃れようとする。驚愕と羞恥とが一緒くたに襲ってきて、顔が急に熱くなってくるのを自覚した。今の自分はきっと真っ赤な顔をしているに違いない。島崎にこの顔を見られなくてよかったと安堵する。
輝気の抵抗を面倒に思ったのか、ひやりとした島崎の手が、あらわになった輝気の足首を掴む。その冷たさに輝気は一瞬肩を縮こまらせた。動きが止まったのをいいことに、島崎の指が再び輝気の足へ伸びた。

足首を。かかとを。足の裏を。そして指先を。大きな掌と長い指が、輝気の足のあらゆる部分に触れていく。ゆっくりと優しく、そしてねっとりと。時に執念深さすら感じるほどに丁寧な手つきだった。島崎の人差し指が、つつつ、と足の甲をなぞると、輝気はたまらず背中を仰け反らせた。
その新鮮な反応を楽しむかのように、島崎は唇の端を持ち上げる。

「ああ、確かに少し大きくなっていますね」
「なっ……」
「キミの足のことですよ」

島崎はことさらに意地悪く笑った。
――遊ばれている。
そう直感して滅茶苦茶にその頬を張り倒してやりたくなったが、いかんせん体に力が入らない。触れられているのは足だけなのに、全身がじりじりとした痺れと熱に侵食されていた。輝気はクッションに背を預けたまま、甘い声を上げないようにするだけで精一杯だった。島崎は輝気のそんな状態を見透かしているのかいないのか、お構いなしに足を触り続ける。

この行為が、足のサイズを測るためであることは分かる。島崎は普段からよく輝気の顔をぺたぺたと触って、表情を確かめようとすることがあるから、これも似たようなものなのだろう。目の見えない島崎にとって、手で直に触れて確認するということは、当たり前に行われる行為であるはずだ。
だが今は――目的と手段が入れ替わっていやしないか。

「僕の足なんか触って何が楽しいんだ……」
「楽しいですよ。とても」

やっぱり変態じゃないか、と叫び出したくなる気持ちを抑えて、輝気は本日三度目の溜め息をついた。今度はとても深く、地の底まで届くような溜め息になった。まったく悪びれずに「楽しい」と感想を述べる島崎も相当におかしいが、この行為に心と身体を乱されて、あわよくば気持ちいいなどと思ってしまった自分も大概だと思ったからである。

島崎はしばらくの間、愛おしむように輝気の足を撫でたりなぞったりしていたが(頬ずりされなかっただけまだマシかもしれない)、思う存分楽しんで気が済んだのかようやく手を離した。やっとのことで解放された輝気はずるずるとソファーにもたれかかる。足の指先がまだ熱をもって痺れている。
余韻に引きずられて動けずにいる輝気をよそに、島崎はすっかり満足してしまったようだった。輝気に靴下を履かせ直し、自分はさっと立ち上がる。

「さて、計測も済ませたことですし、行きますか」
「行くって、どこへ」
「靴屋に決まっているでしょう。キミの新しい靴を買いに」
「……」
「さあ早く」

島崎は輝気の手を取って起き上がらせようとするが、輝気はソファーに体を沈めてそれに抗った。まるで、スーパーで駄菓子をねだる子供のように。絡めた指先から伝わる体温の高さで、島崎は輝気の変化を感じ取る。
「……こんなことをしておいて、自分だけさっさと行く気か?許さないぞ」
「おや……その気になりましたか」
「誰のせいだと思ってる」
「心配せずとも、責任はたっぷり取らせてもらいますよ」
こうなることはお見通しだといわんばかりに、島崎は輝気の手をもう一度強く握り直した。熱い。そしてもう片方の手で、輝気の頬に手を伸ばす。――やはり熱かった。その熱の理由は、他ならぬ島崎自身がよく知っている。

ちらりと時計を見ると、当初の出発予定時刻を大幅に過ぎていた。だが、この痺れをどうにかしない限り、外へ出ることなどできそうになかった。靴を買うのはいつでもできるが、この時間のこの感情を味わえるのは今しかないのだ。
目の前の甘い時間を貪ることに決めた二人は、もつれ合うようにソファーへ倒れ込んだ。



------------------------------
2016/10/16

このあと滅茶苦茶靴を選んだ


[ index > home > menu ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -