葬列の少女


※「ドゥームズデイ・ディヴァイス」でマコが死んだ後の話
※マコの娘(100%捏造)が主人公です
※時系列について深く考えてはいけない


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パパが死んじゃいました。
死ぬっていうのはもう二度と会えないってことです。

すこし前にアッパーガイオンで事故があって、たくさんの人が死んじゃいました。パパはたまたま近くにいて、事故に巻き込まれてしまったそうです。どうしてパパがその日そんな場所にいたのかは知りません。でも死んじゃったのは本当です。報せを聞いたママが泣いてたから。

パパの遺体は、その事故に巻き込まれた人の中では珍しく、手と足と体がちゃんと繋がっている状態だったそうです。他の人たちは、瓦礫に押しつぶされてぺしゃんこになっていたり、細切れになっていたりしたのがほとんどだったと聞きました。
きれいな状態で戻ってきたのは幸せだったんだよ、と近所のおばさんが慰めてくれました。いったい何が幸せなんでしょう。死んじゃったのはみんな同じなのに。もう二度と会えない、お喋りできないのは、ぺしゃんこになった人もパパも一緒なのに。
わたしはおばさんの言っていることの意味がよく分からなくて、「うん」と頷くことしかできませんでした。

お葬式の日、わたしは持っている服の中でいちばんきれいで汚れていない服をママに選んでもらい、服のしわを伸ばして、パパと最後のお別れをしました。
わたしはまだ子供だからという理由で、棺桶の中身を見せてもらうことはできませんでした。わたしの代わりにママがパパの顔を覗き込みました。ママは最後まで棺桶にすがりついて泣いていました。

わたしはしばらく泣けませんでした。パパが死んじゃったということが、いまいち理解できなかったのです。もう会えないといっても、パパはいつもお仕事をしていて、一緒に過ごせる時間はほとんどなかったから、実感が湧きませんでした。
でも、泣いているママの様子を見ているうちに、「ああ、これは悲しいことなんだな」と思って、そうしたらだんだん涙が出てきました。
パパの棺桶を見送ると、ママはわたしを抱きしめてまた泣きました。わたしもママに抱きついて泣きました。

お葬式のあと、ママはわたしに帽子をくれました。パパが持っていた野球帽です。パパがお仕事でお休みをもらえた日には、この帽子をかぶってわたしを公園に連れて行ってくれました。パパが遊んでくれる日はめったになかったのでよく覚えています。事故があった日、パパはこの帽子を身につけていたそうです。薄汚れて色褪せた感じは、思い出の中にあるパパの帽子と同じでした。
「これはあなたが持っていてね」
ママが涙を拭きながら言いました。これはとても大切なパパの「かたみ」なんだと思いました。わたしは帽子をぎゅっと抱きしめて、またすこし泣きました。

パパの名前はマコ・ツキノミといいます。わたしのパパは、死んじゃいました。





お葬式が終わっても、わたしたちの生活は続いていきます。泣くかぼうっとするかを繰り返していたママも、数日経つと悲しんでばかりいられないことに気付いたようです。
パパを失った悲しみが薄れてきたと思ったら、今度は違う大変さがやって来ました。お金の問題です。

わたしの家は、簡単に言ってしまうととても貧乏で、お金がありませんでした。パパとママは2人とも働いていて、少しでもたくさんのお金を稼ごうとしていました。ママはわたしのご飯を作らなくちゃいけないから夕方でお仕事を終わりにしていたけど、パパはわたしが寝たあとに帰ってくるくらい働き詰めのようでした。
だから、パパがいなくなったあとは、ママがパパのぶんまでたくさん働かなくちゃいけません。でもそんな時間も、体力も、ママにはありませんでした。今までやっていた仕事だけでも手一杯だったからです。

ママは夜になると、通帳やなにかの書類とにらめっこして、それから溜め息をつくことが多くなりました。
「ごめんね、あなたを幼稚園に通わせてあげられなくなるかもしれない」
申し訳なさそうにそう言いました。わたしは「大丈夫だよ、心配しないで、ママ」と言いました。
幼稚園のお友達と会えなくなるのは寂しいですが、仕方ありません。それに、お友達とは幼稚園じゃなくてもどこかでまた会えます。死んじゃったパパとはもう二度と会えないけど、わたしのお友達はちゃんと生きていますから。



「何これ、どういうこと?」
その日の夜も、ママは通帳とにらめっこしていたのですが、急にとてもびっくりした声を上げました。
「どうしたのママ」
ふとんに潜ったままわたしが尋ねると、ママはびっくりした顔のままわたしを見ました。その手は通帳をかたく握りしめています。
「ママにも分からないわ……」



次の日、わたしの家に一通のお手紙が届きました。
藤色の封筒の表側には、「ツキノミ様」とだけ書かれていました。わたしの家の住所は書かれていません。郵便屋さんが配達してくれたのではなく、直接わたしの家に届けられたということでしょうか。差出人の名前もありませんでした。

わたしからお手紙を受け取ると、ママは不思議そうに封を開けて、それから「えっ」と驚いた声を上げました。
すぐに引き出しから通帳を持ってきて、夜の時みたいににらめっこしています。今度はお手紙と通帳とを交互に見て、「どういうこと?」と昨日の夜と同じことを言いました。その顔は血の気が引いて青ざめていました。
わたしはママが心配になって近くに駆け寄りましたが、その途端にママはお手紙と通帳をわたしが見えないように隠してしまいました。だけど一瞬だけ、お手紙と通帳の中身が見えたのです。

藤色の封筒の中には、一枚の白い便箋がありました。細い字で何かが書かれているのが見えました。わたしはまだ子供なので、漢字だらけのお手紙は読めませんでした。何かとても大切なことが書かれていたのだろうということは分かります。
お手紙の内容は分かりませんでしたが、その代わり、通帳の数字はよく見えました。もちろん、預金残高だとかの数字の意味は知りません。大きな数字の読み方もまだ習っていないので分かりません。
でもわたしの目にははっきりと映りました。通帳に記された一番新しいところに、見たこともないような桁の数字が並んでいるのを。0がたくさん連なった、大きな大きな数字。
とてつもなく大きなお金が、わたしたちの目の前に置き去りにされたのだということを、わたしはなんとなく理解したのでした。



しばらくの間、ママはそのお金をどうしたらいいのか悩んでいるようでした。
出処もわからない(お金をくれたのはきっとあのお手紙の差出人なのでしょうが、その人が誰なのかママにも心当たりがないようでした)、わたしたちには縁がなかったはずの、すさまじい大金です。とても個人が動かせるような額ではなかったのです。

ママは、これは何かの罠なのでは?と思ったのでしょう。お金も何もない、母娘2人だけの家庭に罠を張ったところで、何の得があるのかは分かりませんが――下手に手をつけてしまえば、あとで恐ろしい目に遭うかもしれない。その怯えから、ママは突如として舞い込んできたお金に見て見ぬふりをしていました。

だけど、わたしたちが生活するためにはお金がどうしても必要です。ママが働いて得たお金だけでは全然足りませんでした。
住んでいるアパートの賃貸料だとか、幼稚園に払うお金だとか、毎日の食費もそうです。支払いを遅らせてもらったり、食べるご飯を今まで以上に質素なものに変えたりしても、お金は次から次へと出て行く一方でした。
わたしから見ても、ママはとても疲れていました。毎日、過労で倒れる寸前まで働いていたのです。わたしには、疲れたママの代わりに狭い台所へ立って、粗末な料理を作ってあげることくらいしかできませんでした。

いよいよ生活に行き詰まった時、ママはあのお金を使うことを決めたようでした。
一度にたくさんのお金を下ろすことは怖くてできなかったのでしょう。膨大な額のお金にひるみながらも、少しずつ少しずつ、生活に必要な分だけを崩していきました。
そのお金を使ってママが最初にしたことは、わたしにほかほかのご飯をお腹いっぱい食べさせることでした。それから、払わなくちゃいけないお金を払って、わたしに新しいお洋服を買ってくれました。もう随分と長いこと同じ服を着回していたので、リボンのついた新しい服を買ってもらった時は嬉しくて飛び跳ねました。

あのお金を使わせてもらうようになってから、わたしたちの生活は随分と楽になりました。ママは仕事をすこし減らして、わたしと過ごす時間を作ることができるようになりました。ご飯も栄養のあるものに変わりました。それでも今まで以上の贅沢はせず、ママとわたしは同じ家で同じように暮らしました。
お金を使ってしばらくしても、変な請求書が届いたり、怖い人が家に来たりすることはありませんでした。ママはとてもほっとしているようでした。

わたしは、お金をくれたあの手紙の人に感謝しなくちゃいけません。誰が、どんな理由でお金をくれたのかは分かりませんが、そのお金がわたしたちの命を繋いでくれているのです。





あれからわたしは無事に幼稚園を卒園して、小学生になりました。
学校では漢字や計算を習っています。キョートから遠く離れたところには、ネオサイタマという大きな都市があることも教えてもらいました。まだまだ知らないことばかりで、新しい知識を身に付けるのが楽しいです。
学校が休みの日には、友達と遊びます。友達の家に行ったり、公園で一緒に遊んだり。
そして今日も、わたしはパパの帽子をかぶって公園に行こうとしました。

でもそこに、いつもは見かけない男の人がいたのです。アパートをぐるりと囲む塀の外、まるで何かから身を隠すようにして、わたしとママが住んでいるアパートをじっと見つめています。
黒いコートに身を包んだ、灰色髪の男の人です。とても背が高いので、わたしは首をぐいっと上げて見上げなくてはいけません。

「あの、わたしの家になにか用ですか?」

そうっと横から声をかけると、男の人はびっくりしたようにわたしを見下ろしました。それからわたしの帽子を見て、目をいっぱいに見開きました。
「…………」
だけどその人は何も言いませんでした。食い入るようにわたしの帽子を見るだけです。わたし自身じゃなく、帽子の方を。別に珍しい種類の帽子でもないし、薄汚れて色あせてるし、そんなに心を射止めるほどのデザインでもないし、なにがそんなに気になるのか分かりません。まさか帽子に一目惚れしちゃったのでしょうか。

「……もしかして、この帽子、欲しいんですか?」
帽子のつばを上にずらして、わたしは男の人を見上げました。だけど目は合いません。男の人は相変わらず帽子しか見ていませんでした。だけどわたしの質問は聞こえていたみたいで、ちょっと首を傾げました。
「ごめんなさい。この帽子は大事なものなのであげられません。パパの形見なんです」
「……形見?」
そこでやっと、男の人はわたしと目を合わせました。男の人の目は、金属みたいに冷たい感じがしました。目玉を触ったらひんやりしそうだと、わたしはぼんやり考えました。

男の人は帽子とわたしを交互に見ました。何かを確かめるような仕草です。たっぷり10秒くらい見つめたあと、男の人は喉から絞り出すように私に言いました。
「……君の、お父さんは」
とても苦しそうな声だったので、わたしはどういうふうに答えたらいいのかすこし迷いました。あまり気持ちのいい話ではないし、正直に伝えて気まずい思いをさせてしまったらどうしよう。でも、わたしには他にうまい伝え方が思いつきません。結局、わたしが知っていることをそのまま教えることにしたのです。

「わたしのパパは、死んじゃいました。何年か前に、アッパーガイオンの大きな事故に巻き込まれて」

わたしの予想では、その人の反応は、がっかりするかびっくりするかのどちらかだと思っていたのですが、予想に反してその人は「やっぱりそうか」みたいな顔をしました。実際はただの無表情です。でも、その人の周りの空気がそう言っているような気がしたのです。
男の人はそれきり押し黙ってしまいました。わたしはもっと何か教えてあげた方がいいのかなと考えて、それから友達と遊ぶ約束があったことを思い出しました。もう約束の時間を過ぎています。

「それじゃ、わたしはこれで」
わたしは男の人にお辞儀をすると、慌てて公園へと駆け出しました。急いでいたので後ろを振り返る余裕もなく、男の人があれからどうしたのかは分かりません。
友達と公園で遊んで、家に戻った時にはもう男の人はいませんでした。なんのためにわたしの家の前にいたのでしょう。

ママが帰ってきて、一緒に夕ご飯を食べている時も、昼間出会ったあの不思議な人のことを話す気にはなりませんでした。ママに余計な心配をかけたくはなかったからです。それに、あの男の人はわたしたちに害意があるようには思えませんでした。

夕ご飯の片付けをしながら、わたしはふと、もしかしてあの人が、わたしたちにお金をくれた人なのかもしれないと思いました。確たる証拠はどこにもありません。
わたしは未だに、家の通帳にどれだけの額が入っているのか、あのお手紙には何が書かれていたのかは知りません。ママはそれらを隠そうとしているわけではないし、引き出しを開ければすぐに手に取ることもできるのですが、わたしはそれを見ようとはしませんでした。それを見ていいのは、きっとわたしがもう少し大人になってからです。

でも、あのお手紙が届いた日、きれいな封筒の色はよく覚えています。
昼間の男の人とはたった一言二言しかお話できませんでしたが、なんとなく――あの人なら、封筒にあの色を選びそうだなあと思ったのです。
薄い藤色の封筒。やりきれない悲しみと、失われた懐かしさを織り込んだ、さびしくてやさしい色。



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2016/07/04


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