花瓶をさがす男


※3部の頃のミラーシェードとパープルタコ
※あまり明るい話ではない



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なにかいらない瓶はないか、とあなたは言った。瓶?あたしは首を傾げた。そう、瓶だ。高さはこのくらい、口はあまり大きくないものを探している。ちょうどこれくらいの。そう言いながらあなたは指で小さな円をつくる。「これくらい」とはそれくらいのことらしい。なにに使うの?花を挿したい。花?あたしはまた鸚鵡返しに尋ねてしまった。ああ、クエストの途中で見つけた。せっかくだから活けてやろうと思ってな。どういう風の吹き回しなの?私が花を活けてはいけないのか。いけないなんてことはないけど……意外だわ。意外か。そうよ。

そもそもミラーシェード=サンという人は、あたしの知る限り風情を解する頭はあれど、それを自分から実行するような心の豊かさと余裕を持ち合わせているようには思えなかった。その彼が花を活けるのだという。雨でも降るんじゃないかしらと思って窓の向こうを見てみたけど、そういえばこの城に雨なんてものは最初から降らないんだった。

「そもそもあたしの部屋に一輪挿しの花瓶があると思うほうが間違いなのよ」
「あるではないか」
「え?」
「そこに」

長い人差し指が棚の二段目をさししめす。使い切る前に途中で飽きて放置していた化粧品の墓場。いわばごみ溜め。その中のひとつをあなたは目ざとく見つけてしまった。
「あのね、一応教えてあげるけど、これ花瓶じゃなくって香水よ。そりゃあ花瓶みたいにきれいな形はしてるけど」
のそりと体を持ち上げて、あたしは棚の中からそいつを引っ張り出してあげた。まだ半分以上中身が残ったままの香水だ。誰から貰ったものなのかも、いつからそこに置きっぱなしにしていたかも覚えていない。どんな香りだったかさえ記憶の彼方だ。つまりはその程度の思い入れしかないのだった。

「……欲しいならあげるわ」
どうせそこに置いておいたらだめになるだけだし。あからさまにがっかりした様子のあなたを見かねて、あたしはそう言ってやった。
花瓶にするにはいささか香りがきつすぎる気はするけど、どうせあたしの部屋に飾るわけでもない。花を活ける本人がこれでいいと言うのだから余計なコメントは挟まずにいよう。

花瓶を調達してすこし機嫌がよくなったらしく、あなたの足取りがいつもより軽い。そんなに上等な香水瓶でもないのだけどいいのかしら。案外安い男なのねと心の中で言いたい放題言いながら、あたしはあなたの後ろをついていく。純粋な好奇心とよこしまな邪推をかかえて。一体なにが彼に花を手折らせたのか、それが気になって仕方ない。あなたはあたしがついてくることに特段反応もせず、まっすぐに目的地へと向かった。水道場の近くには誰もいなかった。これ幸いとばかりにあなたは瓶の中身をぶちまける。

「うっ」
「だから香水だって言ったじゃない」

案の定あなたは鼻をつまんで眉をしかめたので、つい呆れた声が出る。人工的に作られたなにかの花のような香り。少量ならふんわり香る程度でいい感じになるのかもしれないけど、無造作にぶちまけられればただの香害でしかない。この手の甘ったるい匂いに慣れているあたしならともかく、耐性のないあなたには相当強烈だったことだろう。そこらじゅうに充満した香りにあてられて、あなたは鼻をつまみながら噎せた。
仕方ないので代わりに蛇口をひねってあげた。勢いよくあふれた水が、香りの原液を排水溝へと押し流していく。それでもまだ周囲にはあのきつい香りが満ちていた。



あなたの部屋の中を見たとき、あたしは、あなたが花を活けようと思った理由も、花瓶に小さな香水瓶を選んだ理由も、なにもかもすべて理解してしまった。正確には、理解せざるを得なかった。
コトン。タタミの上に、白い花を活けた花瓶が静かに置かれる。もとはあたしのものだった香水瓶。今はあなたの部屋に置かれた花瓶のひとつ。

あなたの部屋は、フートンとタタミ、あとは備え付けの家具類があるだけのつまらない場所だった。――部屋のありとあらゆるスペースに、花瓶が敷き詰められていることに目をつぶれば。

「ミラーシェード=サン、あなたいつのまにお花が趣味になっちゃったの?」
冗談めかして茶化してあげたのに、あなたはいつもの調子で「趣味ではない」なんて言うんだから手に負えなかった。あたしが思わず悲鳴を上げなかったことを褒めてほしいくらいだわ。この光景の不気味さを少しは自覚してほしいものだけど、本人は十中八九気付いていない。

フートンが敷いてある場所を除いて、所狭しとタタミを埋め尽くす花瓶、花瓶、花瓶。普通の一輪挿しの花瓶もあれば、牛乳瓶にマグカップ、果てにはZBRの空き瓶まで花瓶として使われていた。あたしの香水瓶がよっぽどましに思えるほどのラインナップだ。とりあえず花を活けられればそれでいい、ということらしい。機能性を重視しすぎて風情もなにもあったものじゃない。
花の種類もまちまちだった。大概は野山に咲いているような花ばかりだけど、中にはどう見ても自然界には存在しないようなネオンカラーの毒々しい花や、ぞわぞわと棘を出したり引っ込めたりしている変な花もあった。どこで見つけたかは聞かないで置いたが身のためだと思う。

無造作に花瓶の中へ突っ込んでいるだけなのに、枯れている花は一輪もなかった。当然といえば当然だ。あたしたちが食べ物を口にしなくても生きていけるように、花もまた水を必要としていないのだった。
空腹を感じない人間、水なしでも枯れない花々。どういう原理か知らないけど、このキョート城ではありとあらゆる生き物が奇妙な法則によって生かされている。ただそこにあるというだけなら、花はきれいなままで咲き続けるだろう。誰かが花弁をちぎって踏み付けでもしない限りは。

整然とした美しさで、タタミの上に広がる花畑。天に向かって伸びるそれらはまるで、
「……センコみたいね」
あたしの小さなつぶやきを、あなたは決して聞き漏らさなかった。

「実際センコだ、この花は」
「じゃあその真ん中で寝てるあなたはホトケサマになっちゃうわよ」
「……そこまでは考えていなかったな」
「バカなの?」

あたしたちニンジャは死んだら死体は残らない。爆発四散して跡形もなくこの世からオサラバしてしまう。弔うべき死体も、花を供えるべき墓標もない。運悪く生き残ってしまったあたしたちは、記憶の中に彼等の墓を作り、戯れのように花を手折っては花瓶に活ける。きれいな花をセンコに見立てて、まるで墓参りでもしたかのような満足感に浸る。死んでいった彼等のためというよりは、自分自身が納得するためにそうするのだ。

その無意味さとばかばかしさを誰よりもよく知っていながら、あなたは花瓶を部屋に増やし続ける。道端で拾ってきた瓶では足りなくなって、あたしに香水瓶を求めてくるほどに。
一見精神病患者か何かのようだけど、あなたはごくごくまともで、本気で、大真面目だった。だからあたしは、あなたの空き瓶収集行為を、この部屋のおかしさを、なにひとつ嗤えない。

あたしはその場にしゃがみ込み、香水瓶に活けられた白い花を指でつついた。甘ったるい香りに邪魔されて、この花がもとはどんな香りをしているのかを確かめることはできそうになかった。でも、それでいい。花の種類や花瓶のかたちに意味はなく、ただ花を活けるという行為にこそ意味があるんだから。

「ねえ、ミラーシェード=サン。次はあたしの分の花も持ってきてよ。花瓶は用意するわ。いいでしょ?」
「どういう風の吹き回しだ」
「あたしも花を活けてみたくなったの。とびきりきれいなやつをお願いね」
「……善処しよう」
「アリガト」

それからあたしたちはすこし口をつぐんで、部屋の中を見回した。いびつできれいなセンコの花畑。この中で眠ってみるのも案外悪くないかもしれないと、ほんの少しだけ思った。



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2016/06/13


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