愛執


※帰還したカタオキが、フジオの生存をフジキドに伝えたら?という話
※カタオキの現状がよく分かってない時に書いてるので色々と滅茶苦茶です



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その言葉を告げた後の変化は劇的だった。
目は憎悪の炎を宿して爛々と赤く輝き、目が合っただけで心臓を抉り取られてしまいそうだった。視線だけで人を殺せるというのはあながち間違いじゃない。ニンジャの俺だって正直漏らしちまいそうだったんだ、常人なら尚更だ。周囲の空気すら焼き焦がそうとする殺意を身に受けて、俺は愛玩用のバイオウサギのように震えるばかりだった。

殺意という概念を形にしたらきっとこんなふうになるんだろう。どす黒い泥を一匙ずつ丹念に塗り込めて、地獄の炎で焼き上げた一級品の殺意だ。
その殺意には憎しみしかないわけじゃない。いや、むしろ俺の目には、憎しみよりも歓びが勝っているように見えた。復讐の対象を再び得たことに対する昏い歓びだ。早くあいつを縊り殺してやりたいという欲が生み出した、おぞましい歓び。間違いない。あの時、口元はメンポに隠れて見えなかったが、きっと歪に笑っていたはずなんだ。その笑いは憎悪と歓喜の混濁だった。

俺はその顔を見た瞬間、一刻も早く逃げ出したくてたまらない気持ちに襲われたが、あいにくと脚は情けなく震えて使い物にならなかった。かといって話を別の方向に流して恐怖を紛らわすほどの器用さも持ち合わせていなかったので、俺はつい先程自分が口にした事実の重さに耐え切れなくなりそうだった。
ああ、なんてことを言ってしまったんだ。あの事実を知った時には、すぐにでも伝えなくちゃならないと使命感に燃えてたはずなのに。ところがどうだ、今は果てしない後悔に襲われている。本当は言うべきじゃなかった。知られるべきじゃなかった。

確かにあの人は復讐者で、殺戮者で、とんでもなく強くて、狂人で、すげえ怖いけど、でも。俺のことを助けてくれた。俺を頼ってくれた。共に戦う仲間だと思えた。クソがつくほど真面目だし、誠実だし、優しいトコだってある。ただのカラテモンスターじゃなくってさ、ちゃんと生きてる人間なんだよ。ちょっとばかしの付き合いでしかないけど、俺は確かにそう思ってたんだ。

(なあ、ニンジャスレイヤー=サン。ダークニンジャの野郎はまだ生きてるぜ)

でもその時ばかりは、恐ろしいと感じることしかできなかった。
俺は怖かった。あの人自身がじゃない。あの人が、今いる居場所も仲間も何もかもかなぐり捨てて、また一人の復讐者に戻るんじゃないかという予感が怖かった。

これからニンジャスレイヤー=サンはどうする?あいつを殺しに行くのか?目の前にある大きなイクサを放り出して?新しくできた守るべきものさえもなかったことにして?
ありえない話じゃない。俺は震えた。あの人の憎しみの一端に触れたことがあるからこそ、その可能性を捨てきれなかった。
死んだと思ってた奴が生きていて、しかもそいつは家族の直接の仇。そんな事実を知らされて、まともでいられるわけがないだろう。俺は丸見えの地雷を自ら踏みに行ったのだ。

――だが、ニンジャスレイヤー=サンは、その憎しみを行動に移すことはなく、たった一言「そうか」と呟くだけだった。
「エッ?」
俺は拍子抜けした声を上げてしまった。思わず彼の姿をまじまじと見た。憎悪の炎は消えていない。殺意は今なお俺の肌を突き刺し続ける。だが、彼は動かなかった。まるで足の裏が地面に縫い止められているかのように微動だにしない。

彼が己の衝動を強く律していると気付いたのは、血の滴るほどに強く握り締められた拳を見たからだ。あいつを惨たらしく殺してやりたいという衝動と、今はまだその時ではないという理性とが、握り締められた拳の中で戦争をしていた。

俺は彼の指の隙間から落ちる血を見つめる。ぽたり、ぽたり、憎悪が凝縮された赤黒い雫だ。この血と引き換えにして、ニンジャスレイヤー=サンの家族の仇は、今でも亡霊のように生きている。







あの人があいつを殺しに行くことはなかったが、その代わり、俺にはとある奇妙なモノが見えるようになっていた。

それはニンジャスレイヤー=サンの体からひとすじ伸びる糸のような何かだった。彼の装束にそっくりな赤黒い色をしていたので、はじめは布からほつれた糸だと思っていたが、それにしちゃあ長い。長すぎる。彼の体からまっすぐに、遠くのどこかへ向かって伸びている。どれくらい長いかというと、俺のニンジャ視力をもってしてもその糸の向かう先が見えないほどだ。

糸を摘んでみようと手を伸ばすが、摘むどころか触れられもしない。陽炎のように指の間をすり抜けてしまう。
俺はまず何らかのジツの可能性を疑った。これはアマクダリの奴等が仕掛けた何かの罠じゃないかと。だがいくら探知しようとしてもソウルの痕跡ひとつ辿れなかった。何の悪意も作為もなく、ただニンジャスレイヤー=サンに繋がっているだけの糸なのだ。

しかもこの糸は俺以外には見えていないらしい。ある時は迂遠に、またある時は直球にその糸について尋ねてみたが、周囲の奴等はもちろんのこと、ニンジャスレイヤー=サン自身にも糸は見えておらず、また感知してもいないようだった。
もしかしたらジツにかけられて幻覚を見ているのは俺の方なのでは……と思うこともあった。だが、こんな糸を見せるだけのジツなんてあるのか?あるとしても何のためだ?

糸について考えを巡らせること早数日、だんだん俺も疲れてきた。
原因不明、使用用途も不明とあっては、今の俺では対策のしようがない。今のところ何かが起こる気配もないんだし、放っておいてもいいんじゃないか?糸が見えているのは俺だけだ。誰かに相談したところで自我科の受診を勧められるのが関の山――こんな状況で自我科も何もあったもんじゃないが。

ともかく俺は深く考えることを放棄し、今日も今日とてその糸をぼんやりと眺めていた。ニンジャスレイヤー=サンのマフラーめいた装束の先から伸びるひとすじの糸は、ひどく細くて頼りない。だが誰にも触れられはしないから決して切れることもないのだ。

(ホントなんなんだろうな、あれ)

始めのうちは糸の続く先を追いかけてみたこともあった。しかしどこまでも終わりが見えなくて途中で断念した。
注意深く観察していて気付いたことだが、糸はほんの少し上へと伸びている。100フィート離れてやっと上に向かっていることを感じ取れるレベルのものだったが間違いない。糸の終着点は今この場所よりも上にあるのだ。
そしてニンジャスレイヤー=サンが動いてもその糸は方向を変えない。まるで方位磁針のごとく、いつでも同じ方向に向かって伸びている。方位でいうと、そう、西だ。

(――西?)

喉の奥にひっかかった魚の骨のような違和感が、俺の喉仏をゆっくりとなぞる。
ネオサイタマよりも西。遥か遠く、手の届かない空の上。そんな――そんなもの、今の俺にはたったひとつの場所しか思い描けない。かつて俺も転がり落ちたことがある。時空の狭間に置き去りにされたまま、文字通り浮世離れしたあの城だよ。

そもそもだ。思い出してみろ、この糸が見えるようになったのは、俺が「あいつ」の生存を知らせた時からだろう?
ニンジャスレイヤー=サンから伸びるこの糸が、「誰に」繋がっているかなんて、考えるまでもないじゃないか。

たぶん、いや、間違いなく、俺はこの糸を見た瞬間に悟っていたはずだ。それでも、歴然たる事実を前にして俺は目を逸らした。気付かないふりをした。認めたらそこで終わりのような気がしたからだ。結論を先送りにして、ようやく辿り着いた時にはこのザマだよ。俺はまたしてもウサギのように震えていた。

(この糸を辿っていけば、「あいつ」にもう一度会えるんだ)

たった一言、告げてやればいい。たったそれだけで、彼は今度こそ全てをかなぐり捨てて「あいつ」を殺しに行くだろう。目の前にある大きなイクサを放り出し、新しくできた守るべきものさえもなかったことにして、妻子を奪われた復讐者の殺意を遂げようとするだろう。それはもはや予感ではなく確信だった。
一度は理性で抑え込めた衝動も、二度目にはあっけなく箍が外れてしまう。握り締めた拳が自らの血を滴らせる前に、仇の返り血を浴びることになる。たとえその返り血と引き換えに無数の命が失われるとしても、彼はそれらを顧みることも忘れて、瞳を昏い歓喜に染め上げてしまうんだ。

――ああ、だから俺は、決してその事実を彼に伝えてはならない。
赤黒い糸の存在も、糸が指し示す先にいる誰かのことも、悟られてはいけないのだ。彼が己の殺意を律していられる間は、なんとしても隠し通しておかなくちゃいけない。
俺は糸なんて見えないし知らない、そういうふりをして今まで通り笑っていればいい。作り笑いと嘘が下手な俺が、どこまでこの事実を隠し通せるか分からない。だけど、これは糸が見える俺に課せられた重大な使命だ。

決して切れない因果の糸は、暗く淀んだ血の色をしている。



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2016/04/25

愛執(あいしゅう):欲望にとらわれて心が離れないこと。


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