バナナキャラメルホイップカスタード


※忍者スレイヤー時空のケンジとフジオ
※忍スレ第15話までのネタで書いています
※でも勝手にケンジくん誘拐事件後の出来事を捏造しています


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西日が教室の窓から差し込んで、二つの影を細く長く伸ばしていた。
ひとりは黒髪の少年。名は藤木戸ケンジ。数学の教科書とノートを開いて、眉根を寄せながら問題を解いている。一心不乱にシャープペンシルを動かすが、時折その手が止まる。行き詰った合図だ。少年の眉間の皺が深くなり、自然と瞬きが増える。視線は教科書とノートの間を行ったり来たりするだけで解決策は見えない。
シャープペンシルの音が止まってからしばらくして、もうひとりの少年が顔を上げた。怜悧な光を宿した灰色の瞳だ。彼は読んでいた本を膝に置き、無感情にケンジのノートを一瞥した。

「……代入する値が間違っている。単純な計算ミスだ」
長い指が白い紙の一点を指差す。それは乱雑に書き込まれた筆算の跡だった。
「ここ。0を6だと思い込んで計算しただろう。丁寧に書かないからこうなる」
「今回はたまたまだよ、たまたま」
「『偶々』がそう何回も続くのか?ぼくが見ている間に少なくとも3回は雑な字による数字の誤認が発生していたが」
「そういうとこ変に目ざとい奴だなお前……」
げんなりとするケンジを横目に、灰色の少年――片倉フジオは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「勉強を見て貰っている分際で、よくぞそんな文句が言えたものだ。見上げた根性だな」
「べっ……別に俺が頼んだわけじゃねえ!小梅ちゃんの代わりだとかいってここに居座ってんのはお前の方だろ!」
「ぼくは読書をしに来ただけだ。ここは夕陽がよく見える」
「意味わかんねえ……」

本来ならばこの教室にいるのはフジオではなく小梅のはずだったのだ。数学の課題がさっぱり分からないケンジのため、小梅が放課後に教えてくれる約束だった。だが小梅は、急に生徒会の仕事が入ったからと慌てて去ってしまった。「私の代わりに優秀な先生が来てくれるから」と謎めいた言葉を残して。
そして現れたのが片倉フジオである。片手には黒の通学鞄、片手には小難しそうな分厚い本。「確かにこれは、『教え甲斐のある生徒』だな」と皮肉たっぷりの台詞も忘れない。

ケンジは瞬間的に「帰れ」と言い放ちそうになったが、すんでのところでぐっと堪えた。この状況、おそらく小梅が妙な気を利かせてセッティングしたに違いない。正直に言わせてもらうなら大きなお世話だし、こんないけ好かない奴とお勉強会など喜んでお断りしたところだが、小梅の善意を無碍にするわけにもいかない。そして何より、数学が不得手なケンジ少年には教えてくれる誰かが必要だった。たとえそれが、無愛想な顔と上から目線で容赦なく間違いを指摘してくるだけの奴であっても。
つまりケンジは妥協したのだ。課題を終わらせることができず翌日教師にねちねちと詰られる面倒さと、よりによって片倉フジオに勉強を教えてもらわねばならない屈辱とを天秤にかけて、放課後の勉強会を是とした。

少し前までの彼ならば、迷うことなく前者を選んでいただろう。こんな奴と一緒に居残りなどまっぴらごめんだと言い捨てて、さっさと一人で帰り支度をしていたはずだ。
だが今は帰らない。もう1時間近く皮肉と文句のぶつけ合いを繰り返しているが、それでもケンジは辛抱強く数学の課題と向き合い、フジオも読書の合間にしっかりとケンジの進み具合を監視して、行き詰った時には的確な指導を入れてくる。言い方にはいちいち棘があるものの、指摘の内容自体は至極真っ当であり分かりやすいので、ケンジも渋々聞き入れていた。この光景を小梅が見たら「割れ鍋に綴じ蓋」とでも言うのだろうか。
一人では一向に進まなかったであろう課題は、僅かな時間の間に残り2題というところまで辿り着いていた。

日が陰り、辺りは薄暗くなり始めた。夕陽の代わりに蛍光灯の光が二人の影を新しく形作る。
ケンジはひたりと手を止めた。数字と記号の羅列から目を離し、ページの端をつまむフジオの指先を見た。どうしてこいつはこんな時間まで勉強会に付き合ってくれているのだろう、いちいち難癖をつけながらもどうして席を立たないのだろう、どうして気にかけてくれるのだろう、どうして――

「……なあ、片倉」
溢れる疑問に押し上げられるように、ケンジの唇はフジオを呼んでいた。ページをめくりかけたフジオの指が途中で止まる。
「余計なお喋りをしている暇があったら、早く問題を解け」
「いいから聞けよ。大事な話なんだ」

ケンジは真っ直ぐにフジオを見た。フジオもまたそれに応えた。本のページは先にめくられないまま膝の上。
彼がどんな本を読んでいるかなど、ケンジは知らない。部活に所属していない彼が、放課後何をしているのかも、どんな道筋を通って家へ帰るのかも、知らない。共に戦って、共に死地を潜り抜けたこともあるというのに、彼の内面については何もかも知らないことばかりだ。つい先日の出来事だって、何も。

「……お前、どうして俺を助けてくれたんだ?」
「…………」
「小梅ちゃんから聞いたぜ。俺が捕まった時、お前が真っ先に動いたんだろ。そんなケガまでしてよ……」
「…………」

もう一度、フジオの指先に目を落とす。左手の小指と薬指、包帯で固定されたその指を。亀裂骨折というらしい。詳しくは分からないが、小梅がそんな名前で呼んでいた。
今でこそ目立ってはいないが、フジオは1週間ほど前まで顔に大きなガーゼを当てていた。女子や他生徒に心配されることを嫌ってすぐに剥がしてしまっていたけれど、その青痣はガーゼを取った後もしばらく消えなかった。あの戦闘で負った傷は少なくない。制服の下にはいくつもの怪我を隠している。涼しい顔をしていても、痛みはまだ残っているだろう。
ケンジも怪我を負ったが、フジオほどではなかった。ケンジは助けられた側で、フジオは助けた側なのだ。
救われた命の延長線上に、今この時間がある。穏やかすぎるほどの放課後が。

「……大した理由など、ありはしない。機関のやり方に納得できなかった、それだけだ」
耳を澄ませていないと聞こえない程の音量で、フジオは小さく呟いた。結果的に己の寄る辺を手放し、追われる身となったにも関わらず、彼はまるでそれが瑣末な出来事であるかのように語るのだった。0か1かで全てを区切ることに拘っていたあの日の少年はもういない。
今のフジオには、自分がなぜケンジを助けたのかという問いに明確な答えを返すことができなかった。ぼんやりとした曖昧な理由を掌に載せて、握りつぶすこともできずに眺めている。

「……そっか。でも、ありがとな」
ケンジはそんなフジオの迷いを見て取り、少し笑った。今のフジオは、初めて会った時よりもずっと自分の感情に正直な顔をしていて、ケンジにはそれがとても好ましい変化であるように思えた。心の機微を敏感に感じ取ることなど難しすぎてできやしないのだから、分かりやすくなるのはいいことだ。もっともっと言葉と表情で心を身近なものに感じさせてほしい。そうすればケンジにとってのフジオはただの「いけ好かない奴」ではなくなって、もう少しまともな関係になれるのではないかと思った。
これは期待だ。そしてケンジ自身の望みだ。ケンジはたった今、この少年と友達になりたいと願う自分に気付いたのだった。

「お前がいてくれて、よかった」
「…………」

自然に零れ落ちた感謝の言葉にケンジ自身驚いたが、フジオの驚きはその比ではなかった。目を大きく見開いて、信じられないというようにケンジを凝視する。まるで尻尾の先を踏まれた猫のようだと思った。だがその反応が見られたのはほんの数秒に過ぎず、ケンジがまばたきをして再び目を開けた時には元通りの仏頂面に戻っていた。ああもったいない、と惜しむ気持ちが生まれるのをよそに、フジオは薄紫色の栞をページの間に挟み、ぱたんと閉じてしまった。

「……帰る」
フジオは唸るような声で低く言った。すぐさま本を鞄の中へしまい込み、大げさとも取れる勢いで席を立つ。
焦ったのはケンジである。自分の発言で彼を怒らせた経験はこの短い付き合いの中でも数えきれないほどあったが、まさか感謝の言葉を述べたことで機嫌を損ねられるとは考えてもみなかったのだ。もはや自分は何を言っても駄目なのではないかとさえ思えてくる。
ケンジは慌てて腰を浮かせた。その勢いで肘が机に当たり、消しゴムが教室の後ろの方へ転がっていった。二人は無意識にそれを目で追うが、はっと正気に戻るのはケンジの方が早かった。

「オイオイ、いきなりどうした?俺の課題はあと2問残ってるぜ」
「知ったことか。帰ると言ったら帰る。お前の世迷い言に付き合ってやるほどぼくは暇じゃない」
「とか言ってもう1時間は俺の数学見てくれてるだろ」
「それは瀬戸内さんに頼まれたからな。だがもう終わりだ」

フジオは早足で教室を出ていこうとする。ケンジは声をかけるより先にその手首を掴んでいた。
「だーッ!待てって!もうちょっとだけお前の時間を俺にくれ!連れて行きたい場所があるんだよ!」
フジオの制服の袖から白い包帯が見え隠れする。思わず握る力を弱めてしまったが、フジオは振り払う素振りを見せず、掴まれるがままになっていた。

「連れて行く?ぼくをか」
「お前以外に誰がいるってんだ。あのな、駅の西口にうまいクレープ屋があるんだ。そこ行こうぜ。お前、甘い物好きなんだろ?」

フジオは眉を吊り上げてケンジを睨みつけた。おおこわ、とケンジは内心肩を竦める。フジオが反応したのは「クレープ屋」「甘い物好き」のどちらだ?――いや、両方か。
ここで相手の興味を引きつけなければあえなく作戦終了だ。駆け引きに負ける訳にはいかない。ケンジは気を引き締めて対峙した。風魔忍者と戦う時でさえこれほど緊張はしなかった。
たかが同級生ひとりを買い食いに誘うのに、何故ここまで覚悟を決めなければならないのか。それはたぶん、相手が世界一「素直」という言葉から遠い存在だからだ。少なくともケンジの前では。

ケンジは一呼吸おいて、この時のために用意していたとっておきのカードを切った。
「聞いた話じゃ、お前が購買のパン買う時は、惣菜パンじゃなくて必ず菓子パンを買ってくんだってな。しかも80%の確率でメロンパン!そしてすこやか牛乳とのセットだ!」
「……そのような情報、どこで仕入れてきた」
「お前のストー……追っかけの女子に聞いたぜ」
フジオは不快感を露わにして口元を引き攣らせたが、すぐに溜息を漏らす。自分の昼食事情について逐一統計を取られていたことへの嫌気なのか、フジオを誘う材料としてケンジがわざわざ女子に聞き込みを敢行したことへの呆れなのかは分からない。どちらにせよ教室を出るために踏み出していた足は完全に止まった。今すぐに帰ることは諦めたらしい。

フジオはケンジの手を振りほどき、もう一度元の席に座り直した。ケンジのすぐ前の席だ。そこは本来ならケンジの級友がいるべき場所であって、クラスの違うフジオは「勉強会」のために勝手に陣取っているにすぎない。だが、あまりにも自然にそこに収まっているので、ここが最初からフジオの定位置なのではないかと錯覚してしまいそうになる。
不遜な態度で足を組むフジオにつられて、ケンジも自分の席に戻った。状況は振り出しに戻る。先程との違いと言えば、フジオが本を手にしていないこととと、ケンジの消しゴムが教室の遥か後方に転がったままであることくらい。

「藤木戸、お前は幾らか勘違いをしているようだ。ぼくがメロンパンをよく食べるのは事実だが、だからといって甘い物が特別好きなわけではない」
「じゃあクレープは駄目か」
するとフジオはますます眉を吊り上げた。
「……おい、なぜそういう話になる。ぼくが椅子に座り直した意味をよく考えろ」
「うん?」

なんだか理不尽に責められていると思うのは気のせいか。ケンジは首を傾げたが、フジオが相変わらず不機嫌そうにしているので、やはり自分の返答に問題があったのかもしれない。
「結局お前はクレープが食べたいってことでいいのか?……やっぱり甘い物好きなんじゃねえか」
「違う。つべこべ言わずに早く残りの2問を片付けろ。ぼくは忙しいんだ」
「あーハイハイ」

やたらと高圧的な態度を前にして、ああ照れ隠しか、とようやく合点する。「登場人物の心情を答えよ」という問題が死ぬほど嫌いなケンジでも理解できた。
照れ隠し。柄になく感謝され、自分の隠れた好みを指摘され、帰ると言ったのに帰らない理由を答えられず、進退窮まって顔を背けることしかできなかったのだ。その答えが合っているかどうかは確かめようもないが、たぶんそういうことだろう。いけ好かない奴ではあるが、少しはかわいげというものがあるらしい。
眉間に皺を寄せながら圧をかけてくるフジオを横目にして、ケンジは再びシャープペンシルを手に取った。



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2016/02/03

ツンデレキャラはメロンパンが好きって灼眼のシャナで読みました


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