楽園のゆりかご


※パープルタコがフジオに膝枕して子守唄うたってあげるだけ
※死にネタっぽい何か


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ねんねん、ころりよ、おころりよ。
ぼうやは、よいこだ、ねんねしな。

いつ聞いたのかは憶えていない。このフレーズの先に続きがあるのかも分からない。だけどあたしは歌っていた。どこかで誰かが歌った子守唄。あなたの頭を膝に乗せて、ゆらゆら揺れながら歌う。喉は半ば潰れていて掠れた声しか出ないし、うろ覚えだから音程もきっと外れ放題だろう。でもいいの。どうせ観客はあなた一人しかいないんだから。
やがてあなたはゆっくりと目を開けた。深海の底から浮かび上がるような静けさで、不思議な色のひとみが光を受け入れる。

「オハヨ」
「…………」

あなたは目だけを動かして、あたしとあたしの周りの空間を交互に見る。その動きはびっくりするほどぎこちなくて、のろのろとしていて、ほんの少し視線をずらすだけでも途方も無い労力と時間を要するようだった。まるでぜんまいが切れかかった時計みたいね。実際、今のあたしたちはそれと同じようなものなのかもしれない。命の残り滓を絞り出して、かろうじてここに留まっているだけだもの。
あたしにはいくらでも時間があったから、あなたの気が済むまで待ってあげた。行ったり来たりを繰り返す視線を追いかける。さっきから一度も目が合わないけど、あなた、あたしがいることに気付いてるのかしら?

「……戦いは」
口をもごもご動かしながら、やっとのことであなたが呟いた言葉の切れ端。あたしの胸にこみ上げてきたのは呆れと怒りとさみしさだった。こんな時でさえあなたはバカなのね。
「もういい、もういいのよ、そんなことは」
本当は『そんなこと』では済まされないはずの出来事を、あたしは敢えてぞんざいにそう呼んだ。だってそれは、もうあなたにはどうすることもできない出来事に変わってしまった。
傷のないきれいな手が、何かを探すように中空へ伸ばされる。あたしは咄嗟にその手を取った。
だめよ。戻ろうとしてはだめ。見てみなさいよ、そのきれいな手を。擦り傷ひとつ残ってないでしょう?何度洗ってもこびりついて離れなかった血の臭いさえここにはない。あなたはそちらの世界の住人ではなくなったの。どんなに強く願っても、あなたにできることは何もないわ。

「後のことは、残った子たちがきっとうまくやってくれる。だから、もういいの」
あたしたちができることといえば、ただ全部忘れて、ゆっくり休むこと。眠ればきっと不安も消える。この胸にわだかまる後悔やさみしさも、いつかあたたかいものになっていく。あなたはそのための準備をしなくちゃいけないのよ。後ろ髪を引かれるような顔をしていてはだめ。

「……あなたはよく頑張ったわ」
たくさんたくさん殺して、たくさんたくさん裏切って、たくさんたくさん傷ついたあなただもの。
本当に褒めてもらいたい人はきっともういないだろうから、代わりにあたしがあなたを褒めてあげる。あなたの生きたこれまでの道のりを、すぺて肯定してあげる。普通に生きたいという願いのために、膨大な屍の山を積み上げてきたあなたの醜ささえも。よくやったね、えらいね、がんばりやさんだねって、月並みの褒め言葉と一緒に頭を撫でてあげるわ。そうすれば少しは思いを振りほどける?無意味じゃなかったと頷ける?

あたしに撫でられるがままにされているあなたは、ぼんやりと瞬きをするだけで、やっぱり目が合わない。たぶんあなたの目にはあたしじゃなくて、あなたの会いたい人が都合よく映し出されているんだと思う。さみしいけど別に気にしてないわ。だってあたしも、あなたを撫でながら別の誰かのことを考えている。お互いさまよ。

「ねえ、あなたは幸せだった?」
「分からない。だが……少し、疲れたな」
「そうね。もうゆっくり休んで大丈夫。時間になったら起こしてあげるわ」
「……ああ」

ひとたび眠りに落ちたら、もう二度とその目が開かれることはない。そのことに気付かないはずないのに、あなたはふと安心したように表情を緩めた。あんなに深く刻まれていた眉間の皺が消えて、あどけない子供の寝顔があらわれる。思ったよりずっと幼い顔をしていた。
あなたはそのまま体を小さく丸めた。長い手足を縮こまらせ、てのひらは自然と胸元へ。まるでアカチャンみたい。かわいいところもあるじゃない。初めて見たわ。あたしが知っているあなたは、寝ている時もずっと何かと戦っていて、警戒を解いて眠る姿なんて見たことがなかったから。あなた、本当はそうやって眠るのね。

「だから、ねえ、……おやすみなさい」

ねんねん、ころりよ、おころりよ。

あなたを抱き、何度も頭を撫でてあげながら、あたしは調子外れの子守唄を歌った。寝付けない子供をあやすような優しさで。その体はもう動かないのにね。
ゆらりゆらり、定期的なリズムで揺れる。さらりさらり、梳いてやるたびに、細い糸のような灰色の髪が指を通り抜ける。
意味なんかなくていいの。とっくに事切れた後でも、あなたが穏やかな眠りを保てるように、あたしはここで歌い続けるわ。

ねんねん、ころりよ、おころりよ。
おやすみなさい、かわいいあなた。



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2015/11/28

【BGM】しなやかな腕の祈り/Cocco


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