未来は墜落する


知らせを聞いた瞬間、これは嘘だと思った。もしくは夢だと。自分らしくもない現実逃避だった。信じられなかった。信じたくなかった。
だって、今日は驚くほど何もない、いつも通りの朝だったのだ。

早めに起きた私が二人分の朝食を作り、30分遅れて彼が眠そうに目を擦りながら起き出してくる。起きがけのまま朝食の席につこうとする彼を「せめて顔だけでも洗ってきなさい」と軽く叱り付けると、大人しく洗面所へ向かった。戻ってきた彼はまだ眠そうで、ぴょこんとした寝癖がそのままになっていたのを覚えている。

今日はクライマックスの撮影なんだと彼は笑った。主演する映画の撮影が連日続き、夜遅くまで帰ってこないことも多い。だが、どんなに遅く寝た夜でも、翌日の朝食だけは必ず一緒にとるようにしてくれていた。それが嬉しかった。

本当に、いつも通りだった。
いってきますと私にキスをして家を出る彼の笑顔も、何もかも。

はやく、はやく、はやく彼の元へ。
全速力で走り抜け、病室の扉を開ける。既に関係者のほぼ全員が集まっており、その場の視線が一斉に私へと集まった。見知った顔がいくつもある。誰もが皆、何かを耐えていた。その表情を見て私は瞬時にすべてを悟ってしまった。

「一ノ瀬さん……!」

七海くんが悲鳴に近い声で私を呼んだ。白い頬は涙に濡れている。
――いっときくんが、いっときくんが……!
声にならない声が訴えかけてくる。それに促されるまま視線を病室の奥へ向けた。そこに横たわる彼は、もう。

人の命は短く、生あるものには必ず死が訪れる。
分かっていたはずだった。頭では理解していた。だが現実は容赦なく私の頭を殴り付ける。
ずっと続くと思っていたのだ。心のどこかでは永遠を望んでいた。未来を疑いたくなかった。
彼に纏わるすべての現在が過去になる。

「――……っ、」

私は、音も無く冷たい床の上に崩れ落ちた。


[ index > home > menu ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -