ともだちになりたいわたしとあなた


※ミラーシェードと友達になりたいパープルタコの話。バンシーとニーズヘグも出てくる。
※場面によって時間軸が飛び飛び(2部ホウリュウ・テンプル戦の前→3部ダークニンジャ帰還前の泥沼ゲリラ戦→3部ダークニンジャ帰還後 くらいの気持ち)


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「パープルタコ=サン、あんた、ミラーシェード=サンのことをどう思う」
退屈な午後の茶飲み話のような口調で彼がそう切り出したので、パープルタコはここが戦場であることを忘れそうになった。
パープルタコは驚いた表情で彼を――バンシーを見た。長い前髪に隠されて、彼の顔を窺い知ることはできない。ふざけているようにも、至って真面目であるかのようにも見える。
「なあに?恋バナならもうちょっと血生臭くない場所でやりたいわ」
「まあまあ、そう言わずに」
相変わらずバンシーの声は軽い。パープルタコは怪訝そうにバンシーを見つめるが、やがて溜息をついた。……命を落としかねない戦いを前にして、不安になってしまっていることを見抜かれているのだろう。敢えて今の状況とは関係のない世間話を切り出すことで、バンシーはその不安を紛らわそうとしているのだ、きっと。パープルタコはバンシーのそんな気遣いをありがたく思ったし、気を遣われる自分の弱さを情けなくも思った。
パープルタコは自覚的に気持ちを戦いから逸らして、彼の軽口に付き合ってやることを決めた。

「どう思うって……真面目すぎて面白みがない子よねェ。いまいちどう接したらいいか分からなくて困っちゃう」
「ハハハ、予想通りの反応だ。だけどな、パープルタコ=サンよ。あいつは突っついてみると結構面白いんだぜ?」
話題の中心にいるミラーシェードは、敵の偵察に行ったまま未だ戻らない。二人だけで彼の話をするには絶好の機会というわけだ。
パープルタコはバンシーとミラーシェードについて詳しいことを何も知らずにいた。知り合って間もないというものあるが、それ以上に出来事の流れが速すぎて、互いを深く理解する暇もないまま今に至ってしまった。謀反人として処刑されるのも時間の問題。もしかしたら、パープルタコは二人の素顔をまともに見ることなく死んでしまうかもしれない。そうなる前に、少しでも話をしておきたかった。

「ミラーシェード=サンはああ見えて意外と短気でな、納得出来ないことがあるとすぐ相手に食って掛かっちまう癖がある」
「……そうなの?」
「特にサラマンダー=サンのことを悪く言ってる奴を視界に入れた日にはオシマイだ。これは昔の話だが、相手の言い分お構いなしにタコ殴りの半殺し、爆発四散一歩手前の所まで行ったこともある。下手にカラテのワザマエがあるもんだからタチが悪い。無言、無表情でひたすら拳を叩き込むあいつは結構怖かったな……相手には気の毒なことをした。俺が途中で止めなかったらどうなっていたことか」
パープルタコはその光景を想像しながら首を傾げた。自分が思うミラーシェード像と、バンシーの語るミラーシェード像がうまく噛み合わなかったからだ。
「……ちょっと意外かも。だってあの子、普段は落ち着いてるでしょ?悪いけど、むしろあなたの方がよくキレちゃってる気がするわ」
パープルタコが知っているミラーシェードは、いつもバンシーの半歩後ろに控えていて、賑やかになりすぎるバンシーを諌める姿だった。必要なこと以外は多くを語らず、世間話にもあまり乗ってこない。しかしダークニンジャのカラテに関する話題になると、少し高揚して口数が多くなる。たまにバンシーが面白おかしい話をすると、すぐに笑ってしまうパープルタコらを横目に涼しい顔をして、そのくせしばらく経ってから思い出したように吹き出したりする。あの時は何故いきなりミラーシェードが肩を震わせて笑い始めたのか分からずに混乱したものだった。
真面目な性格なのだろうが、笑いのツボとタイミングがどこかずれていて、どうにも掴み難い男だと思う。パープルタコにとっては、バンシーのように調子の良い人物相手の方が付き合いやすい。

バンシーは長い髪を掻き分けて大仰に笑った。両手のサイバネ機構が照明の光を受けて鈍く光る。
「確かにあいつは一見クールだが、実際付き合ってみると分かる。相当熱くて単純な奴だ。だから俺は、あいつがキレちまう前に、先回りしてあいつの分まで暴れてやるのさ」
「じゃあ、なに?実はあなたの方がストッパー役ってこと?」
「まあそうなる」
「フウン……」
瞬きをする。その度に睫毛が揺れる。パープルタコは腑に落ちない様子で何度も眼をしばたいてはバンシーの瞳の奥を見ようとした。しかしバンシーは器用に顔を動かしてパープルタコの視線から逃れるのだった。

「もし俺がいない時にあいつが熱くなっちまった時は、あんたがあいつを止めてやってくれよ?俺の代わりにさ」

あの時、バンシーはいかにも冗談めかしてそう言ったので、パープルタコは努めて本気にしないようにした。「自分の相棒の面倒くらい自分でみなくちゃダメでしょ?」などとこちらも軽口で返し、来るべき戦いへと心を切り替えた。
しかし本当は、彼女は軽口の裏で眉をひそめていたのだ。――バンシーの言葉が、まるで遺言のように思えてしまったから。







ミラーシェードは血溜まりの中で荒い呼吸を繰り返していた。戦闘による昂ぶりを鎮めるように拳を強く握っている。
パープルタコはそんな彼の背中を、20フィートほど離れた場所からじっと見つめる。彼女の身体もまたニンジャの返り血で汚れていたが、まったく気にかける様子はなかった。彼女の関心はミラーシェードのみに向けられている。

反ダークニンジャ派のニンジャとの戦いは、パープルタコとミラーシェードの辛勝に終わった。パープルタコが派手に立ち回って敵を撹乱し、ステルスしていたミラーシェードがその隙を突いて敵を刺し貫く。数の上では圧倒的に相手方が有利であったが、彼等は二人きりで全ての敵を殺し尽くした。敵ニンジャは残らず爆発四散し、肉片と大量の返り血が周囲に飛び散るばかりだった。
華麗な勝利とは言えない。血と汗と汚泥にまみれた無様なイクサだった。――それでも、勝ったのだ。生き残ってみせた。生の実感を著しく奪うこのキョート城においては、戦いこそが己の命の在り処を確かめる唯一の手段だった。

パープルタコは、先の戦闘でのミラーシェードの戦いぶりに思いを馳せる。冷徹かつ正確無比に喉笛を掻き切るミラーシェードの手並みは、まさしく熟練の暗殺者のそれだった。暗殺剣が敵の眼前で一閃したかと思えば、次の瞬間には爆発四散を遂げていた。あまりに鮮やかで手馴れている。ミラーシェードが過去にどのような死地をくぐり抜けてきたのか、パープルタコには想像しきれなかった。
激戦を制した彼は、血溜まりの只中で立ち尽くしたまま動かない。そこには勝利の余韻などなく、戦い疲れた虚無だけがあった。パープルタコが知りうるミラーシェードの姿は、やはりこの背中なのだ。

(……ねえ、バンシー=サン。あなた、思い違いをしてたみたいよ)
心の中でぽつりと呟く。ここではない遠いどこかへと行ってしまった戦友に向けて。
ミラーシェードは、きっとバンシーが思うほど短気でもないし、すぐ手が出てしまうような衝動性があるわけでもない。むしろ衝動を自分の中で上手に抑制できる人物だ。戦っている間も、戦いを終えた今も、こうして静かに自らの昂ぶりを鎮めている。ではなぜそんな彼が、バンシーをして「短気」と言わしめたのか。

(この子の短気なところは、『相棒』の前でだけ見せられる弱さだったのね)
バンシーの前だからこそ、……どんなに暴れたとしても、バンシーが止めてくれるという確信があったからこそ、ミラーシェードは自分の衝動を抑えこまずに振る舞えたのだ。それは無条件の信頼。パープルタコの知らない過去に、二人が築いてきた絆。相棒である彼がいなくなったからといって、一体誰がその埋め合わせをできるだろう。少なくともパープルタコは、自分にはその資格がないことを悟っていた。

(バンシー=サン。あたし、あなたの代わりにはなれないわ。だってこの子にとっての『相棒』はあなただけなんだもの)

今のミラーシェードはストッパーとなる誰かを必要としていなかった。当たり前のように自らを制御できている。止めてくれる相棒はもういないからだ。身を挺して相棒に命を救われたあの時から、彼はもう誰にも背中を預けず、たったひとりで戦い抜く覚悟を決めていた。それはとてもとてもさびしい覚悟だった。
孤独を負った彼の背中に、パープルタコは声をかけることができない。辿ってきた道筋が違う以上、共にその孤独を分け合うことも、ましてや慰め合うこともできない。
――パープルタコは、ミラーシェードの相棒には、なれない。
(わかっていたことだけど、でも)

「さびしい……」

零れ落ちたひとりごとが、小さな波紋となって空気を揺らす。
ミラーシェードがそれに気付いて振り向く寸前、パープルタコは一つ瞬きをして、顔を透明な作り笑いのヴェールで覆った。







「ずるいわ」

パープルタコは平素の彼女らしからぬ低い声で唸った。右手に酒瓶、左手は悔しそうな握り拳。美しく整えられた爪が皮膚に食い込むのもお構いなしに、握った手を木製のテーブルに叩きつけた。その目はほのかに充血して潤んでいる。
「男の子同士の間でしか築けないユウジョウとか絆とか、男の子たちの間だけで伝わるヒミツの暗号とか、よくわからない心の動きとか、そういうの、ほんとにずるい。そう思わない?ねえおじさま」
「わしに訊かれても分からんわい」

隣の席に座り、呆れたように溜息をつくのはニーズヘグだった。パープルタコの周囲に築かれた酒瓶の山を一瞥し、「もうそのあたりで止めんか」と声をかける。だがパープルタコは敢えて無視を決め込み、当て付けのように酒を煽った。しかも酒瓶から直接だ。シュルシュルと伸びる触手が、瓶を器用に支えてパープルタコの喉へと酒を注ぎ入れる。まだ4分の1以上残っていた中身は綺麗さっぱりなくなって、水色をしたガラス瓶だけが転がった。
パープルタコはなおも物足りなさそうな顔で新たな瓶へと手を伸ばすが、ニーズヘグが無言でそれを遮る。パープルタコは仕方なしに両手を組んで顎をその上にのせた。

「そんな愚痴をわしに言うために、ネクサス=サンを謀ってまでわざわざ現世に下りてきたのか」
「だって、あのお城の中じゃ酔えないでしょ?」
パープルタコは平然と言い放った。
彼女たちが本来あるべき場所はキョート城だ。しかしあの城では全ての感覚が鈍化する。食べることも飲むことも必要ない代わりに、生きている実感を徐々に削り取られていく場所なのだ。故にパープルタコはキョート城の外へ逃げ出してきた。いわば家出だ。
外の世界ではある程度感覚が解放される。浴びるように飲めば少しは酔うこともできた。彼女が先程から酒瓶を何本も転がしているのは、酩酊によって気を紛らわせたい一心による行動だった。

ここはキョート市街の外れにある寂れた居酒屋である。彼女たちはキョート城からネクサスのコトダマ・リンケージを介してここへやって来た。表向きはレリックの情報収集のため。だが実際はご覧の有様だ。
ニーズヘグとパープルタコ、いずれも現ザイバツの中核を担うニンジャである。そう簡単に二人で連れ立って現世へ下りることが許されるわけはないのだがーーパープルタコが色々と悪知恵を働かせた甲斐あって、こうして酒盛りにこぎつけた。今頃キョート城では幹部二人の不在にひと騒ぎ起こっているだろうが、今だけは知らないふりをする。
触手を使って酒を飲む女と、それを窘める男。あからさまに異常で奇妙な光景にも、店内の人間は誰一人違和感を抱かない。パープルタコのヒュプノの効果は絶大だった。

パープルタコはつまらなさそうに髪を弄びながら、隣でモツの煮込みをつつくニーズヘグに言葉を投げる。
「ねえ、おじさまにも、相棒みたいなヒトがいたことあるの?」
「そうさな……相棒と呼ぶような関係だったかは分からんが、一緒になって暴れ回った奴ならおった。若気の至りというやつじゃ」
ニーズヘグはふと遠くを見た。在りし日の出来事を思い出しているのだろう。蛇の眼が懐かしげにちかちかと光る。パープルタコはその横顔を羨ましそうに見つめた。
「……楽しかった?」
「楽しくないわけがなかろう!それはもう、楽しすぎて羽目を外すくらいにはな。後先考えずに色々なことをやらかした。今でもありありと思い出せるわい。……とはいえ、そいつも少し前に死んでしもうたがな」

最後の言葉を聞いた瞬間、パープルタコは咄嗟に「ごめんなさい」と口に出しかけた。しかしニーズヘグが目だけでそれを制する。謝るようなことではない、とでも言うかのように。パープルタコは喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、その代わり深く深く息をついた。
「……おじさまも、『相棒』との素敵な思い出をもってるのね」
ぽつりと呟かれた言葉は、ひどくさびしそうな響きをしていた。

「ねえ、ねえ、おじさま。どうして男の子同士のユウジョウに、女の子は入っちゃいけないの?……ああ、ちがうわ、本当は二人の間に入りたいなんて思ってない。だってあれは二人だけにしか築けない関係だから。たぶん性別なんて関係ないのよ。たまたまあの子たちが男の子だっただけだわ。例えばあたしが男の子だったとしても、そうね、きっと『三人』にはなれなかった。結局あの子たちとあたしは『二人と一人』なのよ。いっしょになれないの。それは分かってる。でも羨ましいの。さびしいって思うの。ねえ、ねえ、ねえ……ずるいわ、本当に……」

難しい算数だ。バンシーとミラーシェード、そしてパープルタコ。本来なら1+1+1=3であるはずの単純な計算が、綺麗な3にはならない。彼女たちの場合は(1+1)+1=3になってしまうのだ。結果は同じ3ではあるが、その過程には誰にも侵せない柵で囲まれた領域がある。(1+1)の周囲を囲む柵を、パープルタコは超えられなかった。除け者にされた1はひとりぼっちのまま、埋め合わせのように残りの1に寄り添おうとした。バンシーがいなくなり、彼と彼女は1人と1人になった。ーーそれでも、1+1は2にならない。
パープルタコはその計算の結果がどうにもならないことを分かっていた。残された1は、失われた1としか手を繋ぐことができないことを知っている。自分がどれだけ空っぽの両手を差し出しても、ミラーシェードはその手を取ることはないだろう。

パープルタコはテーブルに頭を突っ伏して、何度も「ずるい」という言葉を繰り返した。そのたびに声は涙まじりになって震えていく。
ニーズヘグにはその姿が、ぬいぐるみが欲しいと駄々をこねる幼い少女のようにも思えた。きれいにディスプレイされたぬいぐるみには、ガラス越しでしか触れることができない。それが売り物ではないことを知っていて、それでもなお欲しいと思ってしまう。代わりのおもちゃを与えたところで、少女は決して満足しないだろう。

ニーズヘグはおもむろにパープルタコの頭を撫でた。柔らかなウェーブヘアを、無骨な手がくしゃくしゃとかき混ぜる。ヘビ・ナギナタを振るう時の荒々しさとは打って変わって、優しさのこもる手のひらだった。
パープルタコは一瞬びくりと肩を震わせたが、やがて力を抜き、安心したように目を細めた。
「……もっと、撫でて」
小さな声でねだると、ニーズヘグの手はそれに応えるように休みなく動く。慰めや励ましの言葉をかけるでもなく、ただ黙って話を聞き、頭を撫でてくれる。ニーズヘグがパープルタコにしたのはそれだけだ。たったそれだけのことが、何よりも彼女に安心を与えてくれる。髪が乱れるのに任せるまま、パープルタコはいつまでもその手のあたたかさを感じていた。



しばらくして、パープルタコがやっと顔を上げた。溜め込んだ思いをすべて言葉と涙に変えて出し切った彼女は、晴れやかな表情をしていた。ぐしゃぐしゃになった髪を直しもせず、真っ赤に充血した目を隠しもせず、笑う。
「もう大丈夫よ、おじさま。ありがとね」
「おかげで手が痙攣しそうだわい」
ニーズヘグは頭を撫でていた方の手をひらひらと振り、茶化すようにそう言った。彼もまた笑っている。

「あのね、ヘビのおじさま。あたし、あの子の相棒にはなれないけど……その代わり、友達になれたらいいなって思うの」

パープルタコは心の中でそっと「ずるい」という言葉を戸棚の奥にしまった。そして、答えの変わらない足し算を嘆くのではなく、新しい数式を作ることを思い立った。その計算の結果はまだ分からない。始まってさえもいないのだから。
晴れやかな顔で言い切ったパープルタコだったが、次の瞬間すぐに不安そうな表情に戻る。
「でもあたし、友達いたことないからよく分からなくって……ちゃんと友達になれるかなァ」
「それはお前さんとあのこわっぱ次第じゃろう」
「そうよね……うん、がんばってみるね」
至極真面目な顔でパープルタコが頷くので、ニーズヘグは思わず吹き出した。そして笑いながらパープルタコの頭を再び撫でる。先程のような優しくいたわるような手つきではなく、勢いのある乱暴で豪快な撫で方だった。それはパープルタコの新たな一歩に向けた、彼なりの激励であった。



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2015/10/12


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