優しい獣は眼で吠える


※ザイバツ入り直後くらいのダークニンジャとサラマンダー
※からの、シャドー・コン後のダニン一派とバンシー&ミラーシェード


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キョート城内、白緑の茶室。
この茶室の名は、白塗りの壁と、若苗色をしたオーガニックタタミの対比が美しいためにそう名付けられた。目が覚めるように鮮やかで自然な色彩である。
部屋の中央、畳半分ほどの距離を置いて向かい合うのはダークニンジャとサラマンダーであった。背筋を垂直に伸ばして正座するダークニンジャ。サラマンダーもまた、厳粛な面持ちで折り目正しく正座していた。両者の間に流れる空気は穏やかとは言い難い。それは先程までダークニンジャが語っていた話の内容によるものであった。

「風の噂には聞いていたが、実際そのようなことがあったとは……」

茶をひと飲みして、サラマンダーは深く息をついた。ダークニンジャが彼に語って聞かせたのは、彼のかつての師であった人の死についてだ。ダークニンジャは彼の師、ドラゴン・ゲンドーソーを殺めた張本人であった。
「………………」
ソウカイ・シックスゲイツによるドージョー襲撃。ニンジャスレイヤー。アンタイ・ニンジャウイルス「タケウチ」。自然公園での戦い。捨て身の自爆。ニンジャスレイヤー。姿を消したユカノ。……そして、ニンジャスレイヤー。

ダークニンジャは出来る限り正確に、かつ自らの主観を挟まぬような形で、ゲンドーソーの死のあらましを語ることに努めた。しかしニンジャスレイヤーの名を出す度に、ほんの僅かながら表情が歪んだのは事実である。かつてニンジャスレイヤーから受けた技の感覚を思い出し、首元が疼いた。サラマンダーは至近距離でその変化を見逃す男ではなかろう。ダークニンジャとニンジャスレイヤーの間に、単なる敵同士という以上の因縁があることを察したはずだ。だがサラマンダーは敢えてそのことに言及はしなかった。

「師の仇に対して何か思うことはないのか、とでも言いたげだな?」
「……いや」
「なに、構わん。俺はドージョーを出奔した身。センセイに恩はあれど、未練を残す理由もなし。センセイとて、最期の瞬間に俺のような不肖の弟子を思い出すことはなかったであろう」

サラマンダーの言葉に嘘はなかった。過去を糧として受け止め省みることはあっても、過去に心を引き摺られるような無様は決してしない。己のカラテのみを頼りに、ザイバツのグランドマスターの地位まで昇り詰めた彼らしい信条であった。

「しかし、センセイを殺した男とこうしてキョートで相まみえることになろうとは。不可思議なものよ。……もしや、これも一つの定めなのやもしれん」
「定め……」

ダークニンジャが反射的にその言葉を復唱する。温度のない声からは一分の感情も読み取れなかった。
サラマンダーはもう一口茶を飲むと、不意に正座を崩した。そして胡坐の体勢となり、どっかりと座布団の上に座り直す。厳粛な茶会は終わりだとでも言うかのように。二人の間にあった張り詰めた空気が解け、ゆるやかな時間が流れ始める。

「なあダークニンジャ=サン。お前、バンシーとミラーシェードのことは知っているか。俺の側近なのだが」
「無論知っているが、それが何か」

切り出してきた話題も、先程のドラゴン・ドージョーとは全く関係のないと思われるものであった。このタイミングで何故?ダークニンジャは隙を見せない正座のまま、怪訝な顔でサラマンダーを見た。

「あの二人、少々単純なところもあるが、カラテの力量は俺の認めるところだ。忠誠心も高い。実際俺の両腕としてよく働いている」

普段はメンポの下に隠れている口元も、今は近い距離でよく見える。部下について語るサラマンダーの口元は明らかに緩んでいた。よほど気に入っているらしい。この期に及んで我が子自慢でもしたいのか。
……いや、違う。サラマンダーは明確な意図のもとにこの話題を持ち出してきたのだ。

「俺のカラテに心酔しすぎなきらいがある故、あまり外には目が向かないようなのだがな……ひとたび役目を与えてやれば、忠実にそれを果たすだろう」
「……何が言いたい。サラマンダー=サン」

ダークニンジャは既に彼の意図を汲み取っていたが、敢えて問うた。面倒事を押し付ける気ならばきちんと言葉にしろという要求も含まれている。
サラマンダーも観念したように苦笑いした。遠回しな言い方は彼自身あまり得意ではなかったのだろう。両手を膝の上に乗せ、大仰に息をついた。「つまり、だ」言葉を継ぐ。

「もし俺に万が一のことがあったなら――二人の処遇を、お前に頼みたい」

サラマンダーは真っ直ぐにダークニンジャの眼を見た。視線を逸らすことで拒絶することもできたが――ダークニンジャは渋々ながらもそれを真正面から受け止めることを選んだ。ダークニンジャが眉を顰めたのは、二人の部下の行く末を託されたことに対してではない。サラマンダーが既に自らの運命を悟ったかのような態度でいるのが気に食わなかった。

「可笑しな物言いだな。近々死ぬ予定でもあるのか」
「死ぬ気はない。だが、死に場所を決める時が近付いている……本能がそう察知しているのだ」
眉間の皺がますます深く刻まれる。サラマンダーが脳裏に描いているものを、自分も同じように思い出したからだ。ダークニンジャは押し殺した声で低く呟いた。

「…………ニンジャスレイヤーか」

忘れはしない。ベッピンを折り、己を地に這いずらせた赤黒の死神。ソウカイヤを裏切ってキョートへと渡る原因を作った男。荒れ狂う嵐、空を貫く稲妻のようなカラテ。……忘れるものか。
闇の気配を纏わせたダークニンジャを見て、サラマンダーは頷いた。彼は未だ名しか知らぬ弟弟子との闘いを既に予期している。そしてその闘いを通し、チャドー暗殺拳の極意を己がニューロンに刻み付けんとしているのだ。

「俺はカラテしか知らん。命懸けの戦いを前にして、周囲を気にしていられるほど融通がきくわけでもない。だが、みすみす部下を路頭に迷わせるのも本意ではないのだ。……それ故、お前にあの二人を託そうと思った」

サラマンダーは勝利の裏に敗北があることを知っている。たとえ己の勝利に一切の疑いがないとしても、必ず負けた時のことを、その先にある死を見ている。敗北の瞬間を想像することを恥とするのは所詮弱者にすぎない。真の強者は常に死を思い、その上で勝利を掴み取る。
サラマンダーもまた死を思う強者の一人であった。死を仮定した時、彼が真っ先に考えたのは二人の部下の行く末だった。

ダークニンジャは恨めしそうにサラマンダーを見る。彼の正座は崩れない。
「何故その役におれを選んだ」
「言っただろう、これも一つの定めだと。……『定め』という言葉は嫌いか」
ダークニンジャが無感情な顔に戻ったのを見て取り、サラマンダーはその先に続けようとした言葉を一旦引っ込めた。ここでダークニンジャの忌諱に触れるのは意図するところではない。僅かな思案の後、再び口を開く。

「そうだな、ならば『縁』と言い換えよう。お前がゲンドーソー・センセイを殺め、このキョートへと流れつき、かつての弟子である俺と出会ったのは、必ずしも偶然ではないのだろう。巡り巡ったこの縁に、俺は賭けたのだ。無論、お前が俺の部下たちを無下には扱わぬであろうという信用があってのこと」

サラマンダーはダークニンジャから視線を逸らさない。ソウカイヤを裏切り、己のカラテの力量によってザイバツ入りを許されたダークニンジャという男が、彼の眼にはどう映ったのか。ドラゴン・ドージョーを出奔し、カラテだけを頼りにこの地位まで辿り着いた自分と重ねているのか。それとも全く異なる世界の者として見ているのか。

幾多の死闘をくぐり抜けてきた彼は、相手の眼を見ることでその本質をも見抜く。「信用」とは言うが、それは長年かけて培われた信頼関係などによるものではない。今この場で、彼がダークニンジャの眼を見て下した判断だ。だがその判断は時として何よりも真実に近付く。

両者はしばしの間無言で睨み合っていた。白緑の茶室は再び緊迫した空気に包まれる。しかし束の間、ダークニンジャは静かに溜息をついた。隙のなかった正座が僅かに崩れる。

「……おれは保身の男だ、サラマンダー=サン。その二人を得ることでもたらされる利益とリスクを天秤にかけた時、少しでもリスクの側に傾いたならば、おれは迷わず切り捨てる」
「心配無用。俺の側近には、その覚悟を瞬時に決められる者しかおらん。……頼んだぞ」

ダークニンジャは悪態をついてはいるが、結果としてサラマンダーの要求を呑んだのだった。厄介事を押し付けられてしまった、という苦々しい苛立ちが、彼の眉間の皺に表れている。
サラマンダーはその憮然とした表情を見、満足したように哄笑した。自分が笑われていると気付いたダークニンジャはますます不機嫌になって口角を下げるが、それはサラマンダーの笑みを深めることにしかならない。

そしてひと時、水を打ったような静けさが訪れる。
ザイバツ・グランドマスターは、目の前に座す男に深く頭を下げた。







あの時と同じ白緑の茶室にダークニンジャは座している。ただし彼の目の前にいるのはサラマンダーではない。かのニンジャの忘れ形見――バンシーとミラーシェードの二人が、表情を凍りつかせてダークニンジャと向かい合っている。このような場では間に火鉢や茶菓子、あるいは茶器の類が置かれることが常であるが、今回ばかりはその限りではない。三者の間には何もなく、ただ畳半分の距離があるばかりであった。嘘をつくどころか、僅かな隠し事さえも許されぬ。

ダークニンジャの背後、少し離れた場所にアイボリーイーグル、パープルタコ、シャドウウィーヴが静かに控えていた。ある者は緊張で体を強張らせ、ある者は呼吸さえも忘れて成り行きを見守る。

バンシーとミラーシェード、二人の顔は遠目からも分かるほど青褪めていた。目の前にいる懲罰騎士が放つ威圧感に圧倒されているのだ。かつてのグランドマスター・サラマンダー随一の部下とはいえ、彼等が現在置かれているこの状況においては怯むのも無理からぬことだった。生きるか死ぬかを迫られているというのに、呑気に茶を啜れる愚か者がどこにいよう。
ダークニンジャは言葉を発さない。ただ無感情に目の前の二人を見つめる。バンシーとミラーシェードはただ俯いて畳の目を数えることしかできなかった。

「……ミノタウル=サン、フューズフィンガー=サンは死んだ。疑いをかけられ、セプクに追い込まれたのだ」

息が詰まるほどの沈黙を破ったのは、部屋の隅で胡座をかいていたアイボリーイーグルだった。シャドー・コンの折、バンシーを拘束したのもまた彼である。
「他のサラマンダー派閥のニンジャも同様、みな責を問われて死んだ。生き残っているのは僅かに貴公ら二名のみ。救えた命はそれだけだ」
「…………」

二人は唇を噛んで話を聞いた。覚悟はしていたことだ。彼等のオヤブンはあの時確かに敗北した。ニンジャスレイヤーという名の赤黒の死神によって命を絶たれたのだ。敗者を待ち受けるのは名誉の失墜。誇り高きグランドマスターは、敗北したあの瞬間から無様な「裏切り者」として扱われ、切り捨てられた。その容赦なきシステムを是とするのがザイバツ・シャドーギルドという組織である。

彼等は無意識のうちに、膝の上に乗せた拳を強く握り締めていた。爪が食い込み、じわりと血が滲もうとも力を緩めない。主を失った焦燥と、名誉を汚された悔しさが彼等に拳を握らせる。ここまで踏みにじられても、今の彼等には何もできない。こうして肩を震わせ、溢れ出そうになる涙を意志の力で抑え込むことだけが、僅かに残された誇りを保つための手段だった。

「何故、私達を匿うようなことを……」

ミラーシェードが押し殺した声で言った。いっそのことあの時殺してくれれば、とでも言いたげな声だった。実際、あのシャドー・コンで主の後を追っていれば楽だっただろう。名誉を汚される怒りと悔しさを味わうこともなく、苦しみも一瞬で終わったのだから。
しかしダークニンジャはそれを良しとはしなかった。本来失われるはずだったふたつの命を掬い上げ、この場へと呼び戻した。

懲罰騎士ともあろう者が、私利私欲に走った「不届き者」達の残党を密かに匿っていたことが明るみに出れば、ただでは済むまい。だが彼にとってそのリスクを負うだけの何かがあったのだ。
ダークニンジャは静かに瞬きをした。睫毛の下からハガネ色の瞳が覗く。そして、その薄い唇が開かれた。

「……死に場所を、選ばせてやろうと思ってな」

バンシーとミラーシェードは同時に目を見開き、弾かれたように顔を上げた。ハガネ色の瞳と視線がかち合う。咄嗟に眼を逸らそうとするが、できない。冷たく鋭いその瞳が、彼等の視線を縫い付けて離さなかった。
喉がからからに乾いている。半開きになった口に空気が滑りこんでは吐き出される。息を止めないようにするのがやっとだった。ミラーシェードは断頭台の前に立つ死刑囚のように全身を震わせた。彼の命を奪わんとするその断頭台は、人のかたちをしている。

「選択肢は二つに一つ。サラマンダー=サンへの忠誠を最後まで貫き通し、主の死に殉じるか。おれを新たな主と仰ぎ、おれのために戦って死ぬか。そのどちらかだ。選べ」

淀みなく彼は言い放つ。いずれにせよ最後には死しかない。大小様々な流れの河が最後には広大な海へと集まるように。だがダークニンジャは死へと至るまでの道筋を、死に場所を選べと言うのだ。
ミラーシェードとバンシーはダークニンジャの双眸の中に二つの道を幻視した。彼が提示した選択肢そのままに、片方の道は血と死体にまみれていた。ぞっとするような感覚が瞬時に背骨を伝う。

「おれが歩むのは修羅の道だ。セプクの方が生温く感じるほどの惨たらしい死が待ち受けているやもしれぬ。ハイクを詠む間もなく死ぬこともありえよう」

その幻覚を見透かすようにダークニンジャが言葉を重ねた。淡々と希望という名の可能性を潰していく。死ぬまでの時間を先送りにすればする程、待ち受ける死は残酷さを増す。その事実を突き付けてなお、彼等の覚悟が折れぬかを試しているのだ。
二人は額に汗を滲ませながらもダークニンジャから眼を逸らさない。今は自らの意志で眼を合わせていた。耐えるように、戦うように。この視線の応酬もカラテであった。

ダークニンジャは再び静かに瞬きをした。
「――それでも」
彼の瞳の中にあった二つの道は掻き消え、代わりに闇の中で燃え上がる黒い炎が宿っていた。運命をも灼き焦がそうとして、爛々と燃え輝いている。ダークニンジャは不敵に笑った。

「それでも、あくまで戦って死にたいというのなら。おれが最高の戦場を用意してやろう」

――戦って死ねという、ただそれだけの残酷な命令に、何故こんなにも胸が躍るのか。

バンシーは無意識のうちに握り拳を心臓へと当てていた。鼓動の強さが掌越しに興奮を伝える。彼は確かに高揚していた。
「はは……そりゃあ、魅力的すぎる口説き文句ですぜ」
震える声で呟く。その震えは恐怖からではなく、期待と興奮によるものであった。隣にいるミラーシェードもまた震えていた。かつてサラマンダーの圧倒的なカラテを目にした時のように、歓喜と畏怖に包まれて落涙しかねぬ勢いだった。

この方のために生きたい。そしてこの方のもとで死にたい。
二人は渇望していた。彼が歩む修羅の道、その先にある壮絶なイクサを。二人はどこまでも戦いを求めていた。己のカラテで更なる高みへ辿り着きたいと願った。そこに至る道は目の前にある。

二人は無言で顔を見合わせ、頷いた。それは迷いや躊躇いによるものではなく、ただ互いの意志を確認し合うためだけのものだった。

「――我等の心はとうに決まっています。ダークニンジャ=サン」

ミラーシェードが厳かに告げた。両手の指先をぴんと伸ばし、掌を畳に付けた。視線はなお揺らがない。バンシーもそれに続く。

「この命、このカラテ、この魂」
「髪の毛の一本、血の一滴に至るまで」
そして、深く深く頭を下げた。最上級の土下座である。まるでそれが初めから示し合わせた儀式であるかのように、彼等は声を揃えて言った。
「すべて貴方に捧げることをお許しください、ダークニンジャ=サン」

ダークニンジャは無感情に彼等の頭頂部を見下ろした。彼の脳裏に浮かぶのは、かつて同じようにダークニンジャへ頭を下げたグランドマスターの姿であった。
この二人を得ることで生じる利益とリスクの天秤は、既にリスクの方へ重く傾いている。そうなれば迷わず切り捨てると言い放ったのはダークニンジャ自身だ。

だが、彼はこの二人を手放す気はなかった。サラマンダーから直々に託されたからか?――否。彼は自らの意志で、この二人を修羅の道へと誘ったのだ。そして二人は選び取った。ダークニンジャが示した道の片方、血に塗れた戦場を。

「――許す。おれのために生き、おれのために死ね」

ならば何を迷うことがあろう。新たに二人分の命を背負ったところで、彼の歩みが遅くなるわけがない。
「ありがたき幸せ……」
バンシーとミラーシェードは頭を下げたまま目を閉じる。まだ見ぬ戦場へ想いを馳せながら。







スパーン!

この時を待っていたと言わんばかりに、茶室の襖が小気味良い音と共に開かれた。そこに仁王立ちするのはザイバツ・グランドマスターが一人、ニーズヘグであった。
「小童ら、新参への洗礼は終わったか!このわしを長いこと待たせおって」
呆気にとられるバンシーらに構いもせず、わざとらしく足音を立ててダークニンジャの傍へと歩み寄る。ダークニンジャは涼しい顔で突然の闖入者に対した。

「ちょうど今終わったところだ、ニーズヘグ=サン。だが襖はもっと静かに開閉しろ」
「そうよォ。せっかくイイ感じの雰囲気だったのに、グチョグチョにしてくれちゃって」
「パープルタコ=サン、その言い方だと語弊が……」

緊張の糸がぷっつりと切れたように、部屋の隅に控えていたニンジャたちが好き勝手話し始める。一瞬にして切り替わった場の雰囲気についていけず、バンシーとミラーシェードは目を白黒させた。そこでやっとニーズヘグは彼等の存在に気付いたらしい。眼を瞬いて二人を見下ろした。

「おお、これが件の……。サラマンダー=サンの側近二人とは良い拾いものをしたのう」

グランドマスターの威圧感に射抜かれて二人は怯んだが、即座に姿勢を正してアイサツする。
「ドーモ、ニーズヘグ=サン。バンシーです」
「ミラーシェードです」
「……ふむ。もっとよく眼を見せてみろ」

ニーズヘグの声に促されるまま、二人は恐る恐る顔を上げた。蛇のような眼が、バンシーとミラーシェードをまじまじと見やる。ダークニンジャとは性質の異なる威圧感。蛇の舌で背筋を舐められるかのような感覚をおぼえて、二人は同時に身震いした。五秒か、十秒か。換算すれば短い間だったろうが、体感時間は途轍もなく長い。魂ごと舐め回すように観察した後、ニーズヘグは呵々と笑った。

「善哉、善哉!その眼、覚悟を決められる者の眼じゃな。成程確かにサラマンダー=サンの薫陶を受けし者と見た。さて、どの程度呑めるのか楽しみだわい!」
「アーララ。ヘビのおじさま、この子たちを可愛がるのはいいけど、ちょっとは手加減してあげないとだめよお?自分が呑みたいからって」
「……の、呑む?」
「そうだぞミラーシェード=サン。これから宴会だ。名目上は貴公らの歓迎会。そして主役は浴びるように酒を呑まされるものと決まっている」
混乱の中にあるミラーシェードに対して、アイボリーイーグルが慈悲のない説明をしてやる。

「だが、シャドウウィーヴは今回もマンゴージュースだ……なにしろ未成年だからな……未成年……クククク……」
「そのネタで笑うのはやめてもらえるか、アイボリーイーグル=サン!」
「まあまあ、いいじゃないの。細かいことは気にしないで、ね?」
「そういうことじゃ。さあ行くぞ!」

ニーズヘグの号令に応じて、ニンジャたちは意気揚々と息苦しい茶室から逃げ出した。後に残ったのは、途方に暮れたように口を半開きにしたバンシーとミラーシェード、そして普段通りの無表情なダークニンジャである。

ダークニンジャは膝をついて立ち上がり、二人を見下ろして些か気の毒そうに言った。
「途端に騒がしくなって悪いな。見ての通り、酒好きの集まりなのだ。覚悟するといい」
その言葉は彼なりの気遣いだったのだろうが、二人にとっては逆効果だった。
「流石に、酔い潰れる覚悟も必要だとは思ってませんでしたよ……」
バンシーはかろうじて笑っているが引きつっているし、もとより酒が得意ではないミラーシェードはこの先の地獄を想像して顔を青褪めさせている。

これ以上は何を言っても無駄だと判断したのか、ダークニンジャは「先に行っているぞ」と言い残して茶室を出て行った。これから始まるであろう宴会、名目上は歓迎会ということらしいが、肝心の主役二人は完全に置き去りである。面倒見の良いサラマンダーの下で長く側近を務めていた二人には、懲罰騎士一行の自由すぎる振る舞いは刺激が強すぎた。

「でもよ。面白いところに来させてもらったみたいじゃねえか、なあミラーシェード=サン?」
「そのようだな……」

バンシーはからからと笑う。ミラーシェードはこめかみを押さえながらも同意した。
何が起きようと動じず、命を懸ける覚悟はできているつもりだった。それがどうだ。呑んだくれ集団の好き勝手な言動にいちいち驚かされては途方に暮れている。自分たちの覚悟などまだまだだったのだと思うと笑いしか出てこない。

どうやらとんでもない所に転がり込んでしまったらしい、と戦々恐々となる頃には既に手遅れだ。賽は投げられた。今はただ、己の胃袋の耐久力を信じるしかない。――そう、これもまたカラテだ。



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2015/10/04

そしてこの後の宴会で、こどもびいる(アイボリーイーグルがシャドウウィーヴをからかうためにジョークアイテムとして持ってきた)でデロデロに酔っ払う懲罰騎士殿を見たミラシェさんがあまりのギャップに愕然とし、バンシーが腹を抱えて笑い転げる


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