生きてみせてよ


※2部終了直後くらいのミラーシェードとパープルタコ
※ダークニンジャに恋してる2人


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キョート城某所。先刻までそこではザイバツ残党ニンジャ同士の戦闘が行われていた。泥仕合のような戦いを制し、生き残ったのは男女ニ名のニンジャ。すなわちミラーシェードとパープルタコであった。
ミラーシェードは崩れかかった屋根の上に上がり、ぼんやりと空を眺めていた。燃えるような橙赤色の空は、現世にある空とは全く異なる輝き方をしている。ここは現世とオヒガンの間にあるキョート城。時間も空間も、既存の知識では到底理解しきれない法則で成り立っている。紛い物の空が赤く輝いているからといって今が夕方とは限らないのだ。それでも、空を眺めるミラーシェードの心は、暮れゆく夕陽を惜しむような寂寥で満たされていた。

「アラ、こんな所にいたの」
梯子を伝ってパープルタコが屋根の上に現れた。彼女もまた一人で落ち着ける場所を探してここに辿り着いたのだろうか。装束についた埃と血を払い、ミラーシェードの隣に腰を下ろした。
「おつかれさま。ハイ、これ」
「……ドーモ」
差し出された携帯食料は一袋に二本入りだ。ミラーシェードは外袋を破ってそのうちの一本を手に取り、残りを隣のパープルタコへ渡す。パープルタコは暗黙の了解とばかりに無言でそれを受け取った。メンポの下の触手がしゅるしゅるとそれを飲み込む。ミラーシェードも携帯食料を無感情に口へ運んだ。舌の上にはぱさぱさに乾いた食感だけがもたらされ、味と呼べるものは何もない。現在のキョート城にあって、本来は食事の必要もないのだ。しかしこの無駄とも言える習慣を絶やすことは、精神の死に繋がるのではないか――そんな漠然とした不安が、義務感のように二人を食事へと向かわせる。

「ほーんと、味が無いって不思議よねえ、ファファファファ」
ひとしきり笑うと、パープルタコは黙った。ミラーシェードは横目で彼女を見やる。ひどく疲れた目をしていた。疲れているのは肉体ではない。いつ終わるとも知れぬこの戦いに、心が痩せ細ってきているのだ。
彼女に気の利いた言葉をかけてやれるほど、ミラーシェードの心にも余裕があるわけではなかった。二人は口を閉ざしたまま、キョート城のねじれた空間を見つめる。橙赤色の空は徐々に薄い青へと変わりつつあった。

「……この戦いは、いつ終わる?」
独り言のように呟かれたその問いは、おそらくパープルタコへと向けられたものではなかったのだろう。それでも彼女は律儀に応えた。
「キョート城の中の話に限って言えば、そりゃあ、どっちかが全滅するまででしょ?今日も五人殺したけど、まだまだね」
「きりがないな」
ミラーシェードは悲観的に溜息をついた。毎日が戦いの日々だ。反ダークニンジャ派のニンジャたちは、ある者は徒党を組み、ある者は単独で、ムーホンを生き延びた彼等の命を奪いにやって来る。外界から完全に隔絶され、出ることのできないこの閉鎖空間において、戦うことで己の存在を確かめようとする行為。誰もが必死だった。そして、終わりの見えない内乱は確実に彼を疲弊させた。
「ロードが滅ぼされたとはいえ、我等の進退は未だ細い糸の上。ムーホンは成功したと言えるのだろうか」
「知らないわ。……でも、死なずにすんだじゃない」

バンシーはミラーシェードらを庇って死んだ。シャドウウィーヴは生死不明。ニーズヘグは大手術に耐え死の淵を彷徨っている。生き残った者のうち、今満足に戦えるのはミラーシェードとパープルタコだけだ。
『死なずにすむかもよ』――あの戦いのさなか、パープルタコはそう言った。いつぞやの予言の結果を、彼女は事も無げに示してみせた。
あの日、彼等はムーホンのための捨て石となるはずだった。覚悟はできていた。しかし、多くの犠牲と引き換えにおめおめと生き延びてしまった。なぜ自分たちだけがここにいるのか。このキョート城に君臨すべき彼等の主を差し置いて。

「ダークニンジャ=サン……」
ミラーシェードがその名を呼んだ。掠れた声の響きには、飼い主の帰りを待つ犬のような切なさが含まれていた。パープルタコはまじまじとミラーシェードの横顔を見た。ぺたりと折りたたまれた犬の耳と尻尾が見えるようだ。この戦友、実力は確かだが思った以上に寂しがり屋らしい。パープルタコは思わず声を上げて笑った。
「ダイジョーブ。戻ってくるわよ、絶対」
「その自信はどこから来る」
「だって、あたし達に生き残れと言ったあの人が、死ぬわけないわ」
彼女の声は自信に満ちていた。ミラーシェードは虚を突かれたように目を見開く。

そうだ。彼等の主は確かに言った。生き残れと。生きて確かめろと。主はムーホンを成功させた先、いつか来たる壮大なイクサを見据えていた。誰よりも死を拒み、誰よりも生に執着していた。
裏切り者として処分されるのを待つだけの運命を断ち切り、絶望的な戦いを切り抜けることができたのは、ひとえにその言葉があったからだ。主の命令は強い言霊となって彼等の命を繋いだ。あの日も、そして今も。
自分たちは生き延びて「しまった」のではない。生き残るべくして生き残ったのだ。パープルタコはそのことをよく知っていた。

「ヘビのおじさまがあそこまで惚れ込んだ人なのよ?きっとしぶとく生き延びて、ここに帰ってくる準備をしてるところでしょ。……だから、それまではあたしたちが頑張らなくちゃ」
紛い物の空は群青色に移り変わっていく。ミラーシェードは、何か眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「……そうだな。ダークニンジャ=サンが戻られるまで、やれるだけのことはやろう」
今はたった二人だけの派閥とも呼べない集まりだが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。キョート城の趨勢は彼等の働きに掛かっているといっても過言ではないのだ。まずは、彼等の意志に共鳴するニンジャたちを集め、手勢を揃える。ニーズヘグの復帰もそう遠くはないはずだ。そして戦力を盤石なものとしたのち、ダークニンジャの帰還を待つ。
主がこのキョート城へと戻ってきた時、貧相な軍団を見て失望されては堪らない。胸を張って主を迎えたいと、心から思う。

「ファーファファ!その意気よォ、アカチャン」
楽しそうに笑うパープルタコの隣で、ミラーシェードは眉間に皺を寄せる。
「何度も言っているがその呼び方はやめろ」
「いいじゃない、アカチャン」
「…………」

それ以上何か言っても無駄だと判断したのか、追いすがる言葉の代わりに出たのは深い溜息だった。瓦屋根から下りようとするミラーシェードの後ろをパープルタコがついていく。
これから長い付き合いになるであろう相手にも関わらず、この調子でやっていけるのか一抹の不安が残る。しかし頼れるのは互いしかいないのだ。期せずして成立した奇妙な共同戦線だったが、二人の間には明確な目的があった。
――全ては、いつか帰る主のために。



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2015/09/24


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