光を求めて手を伸ばす、その先に君がいる


※修行時代のリュウとケン




ぽきん、すうっ、ぽい。
ぽきん、すうっ、ぽい。
ぽきん、すうっ、ぽい。

無限にも思える単純作業を、リュウは黙々とこなし続けていた。
目の前にあるのは緑、緑、緑――こんもりと積まれたサヤエンドウの山である。師匠が知り合いの農家から大量にお裾分けしてもらったらしい。今日の夕餉に使うようにと、筋取りを申し付けられたのだった。
先端部分をつまんでヘタを折り、筋を取る。取れた筋は麻袋の中へ、実の部分は籐の籠へ。もう随分と長いこと同じ作業を繰り返している気がするのだが、サヤエンドウの山はまだその一角を崩したばかりにすぎない。既にリュウの指は緑色に変色しかかっており、爪の間には実の切れ端が入り込んでいた。サヤエンドウの青臭いにおいが縁側に充満している。

だが、リュウはこの作業が案外嫌いではなかった。いつもの瞑想の修行に通じる部分があると感じるのだ。同じことの繰り返しにも必ず意味が存在する。
修行と夕餉の下準備が同時にできるのだから一石二鳥というやつだろう。

――しかし。この手の単純作業をひどく苦手とする人間が一人、リュウの隣にいる。

「うわっ!見ろよリュウ、爪すげー緑になってる!おいおい勘弁してくれよなあ、これじゃ何しててもサヤエンドウのにおいが染み付いちまうぜ……ただでさえ今日は腹いっぱいサヤエンドウ食わされるってのに、夢にまでこいつが出てきたらどうしてくれんだよ……恨むぜ師匠……。なあリュウ、もうこれくらいにしとかないか?こんなに筋取りしても食べ切れねえし、あとは明日の分に回そうぜ?なっ?」
「……ケン、うるさい。口より先に手を動かせ」

ケンは筋取りの作業の間ひたすら喋り続けていた。よくまあ話題が尽きないものだと呆れてしまうが、ケンからすればひたすら無言で作業に没頭するリュウの方が信じられないと言われるだろう。とことん真逆の二人である。
ケンがようやっと1本の筋取りを終わらせた間に、リュウはもう5本目に入っている。リュウがどれほど頑張って作業を進めたところで、相棒がちんたらしている限りサヤエンドウの山は君臨し続けるだろう。リュウの苛立ちをよそに、ケンは縁側に体を投げ出して寝転がった。

「――飽きた!」
「そう言うだろうと思った」
「ここらへんで終わらせてくれよホント……もうこの緑色見たくねえよ」
「俺は好きだけどな、この色」
「ええ?正気かよ」
「光をたくさん集めたような良い色だ」
「ふーん……」

ケンは寝転がった状態のままリュウを見ている。どうやらサヤエンドウへの興味関心は完全に消失したらしい。相棒の加勢は期待できそうにない。リュウは溜息を一つ吐いて、サヤエンドウの筋取りを続けた。もう話は止めだ。いちいちケンに構っていたら夕餉までに下準備が終わらなくなってしまう。

「なあリュウ」
「…………」
「リュウ?」
「…………」
「おいってばリュウ」
「…………」
「りゅ〜〜〜う〜〜〜〜」
「…………」

隣からの呼び声をことごとく無視して、リュウは黙々と作業に没頭する。ケンが面白くなさそうに唸る声が聞こえたが、それも聞こえないふりをした。相手にしてほしいなら、心を入れ替えてこの作業を手伝うことだ。

ぽきん、すうっ、ぽい。
ぽきん、すうっ、ぽい。
ぽきん、すうっ、ぽい。

サヤエンドウの筋を取り、切り取った筋と実とに選り分ける。単純作業だからこそ、集中力を高めることができた。
視界にはサヤエンドウの緑。今や筋を取ることに特化した自分の爪。徐々に小さくなっていくサヤエンドウの山。かさが増えていく藤の籠と麻袋。隣には寝転がったままのケンが――
(――いない?)
そう思った瞬間、リュウの頭は左右からがっしりと掴まれ、強制的に上を向かされていた。サヤエンドウの緑一色だった視界に、急に眩しい金色が差し込まれる。リュウは思わず瞬きをした。眩しいと思ったその色はケンの金髪だった。
いつの間にかケンは立ち上がり、リュウの真ん前に陣取っていた。釣り上げられた眉毛はいかにも不満げだ。

「無視すんな!」

そう言ってケンは自分の顔をリュウに近付ける。これでもう無視はできまいということらしいが、やけに距離が近い。リュウは仰け反って離れようとするが、ケンに頭を鷲掴みにされているのでそれは叶わなかった。ケンの丸い目がリュウをじいっと見つめている。リュウは負けじと見つめ返した。
「……無視、したのは……お前が、邪魔を、してくる……からだ」
無理やり上を向かされているので、声がうまく出せない。しかしケンはリュウの頭から手を離そうとはしなかった。それどころか余計に顔を近付けてくる。

「オレがお前のジャマしても、お前がオレを無視していい理由にはならねえな」
「ぼ、暴君……」
「おーおー、何とでも言いやがれ。このオレをすげなく扱ったお前が悪い」

にんまりとケンが笑う。リュウが自分から目を離さないでいることにご満悦らしい。
睫毛の本数すら数えられそうな距離だ。リュウはケンの瞼の下にある瞳をまじまじと観察した。綺麗な茶色の瞳だ。虹彩が西日を受けてきらきらと輝き、金色が散っているようにも見える。太陽の中心はこんな色をしているのではないかと思った。
リュウはまた瞬きを繰り返した。金色の髪も、瞳も、そしてケン自身も――まるで太陽からその輝きを借りてきたかのようだ。ケンと一緒にいると眩しさを感じることが多いのは、きっと気のせいではない。

気が付けば、リュウは無意識のうちにケンへと手を伸ばしていた。光を求めるその手に迷いはない。
ゆったりとした動作で髪を撫で、頬に触れ、そして。

――ちゅっ。

そうすることが最初から決まっていたかのような自然さで、唇と唇を重ねた。
あまりにも自然な流れだったので、ケンは抵抗すらせず、ぽかんと口を開けてリュウを見た。何が起こったのか理解できていないらしい。気の抜けたあどけない表情を、リュウはかわいいと感じた。いつもは騒がしいくらいに喋り続けるケンだが、こういう時だけは水を打ったように静かになることを知っている。ケンは不意打ちに弱いのだ。
ケンが固まって動かないのをいいことに、リュウはもう一度唇を重ねようとするが、我に返ったケンは慌ててリュウを引き剥がそうとする。

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ておい、なに当たり前みたいにもう一回やろうとしてんだ!?」
「駄目か?」
「ダメとかそういうアレじゃなくて、そもそも今キスする流れだったか!?」
「いや、なんとなく……したかったから……」

本当にただそれだけの理由しかなかったのだ。目の前にケンの顔があって、綺麗な瞳が自分を見つめていて、ちょうどいい位置にその唇があったから。光に吸い寄せられるように唇を重ねていた。
リュウの率直すぎる理由を聞かされて、ケンは崩れ落ちるように項垂れた。「おまっ……お前なあ……っ!?」と言葉にならない呻き声を上げている。耳まで赤い。完全にリュウのペースに飲み込まれていた。

「あのなリュウ、不意打ちは卑怯だぞ。したいなら正々堂々と来いよ」
「……正々堂々となら、していいんだな?」
「は?そういうわけじゃ、」
「するぞ、ケン。覚悟はいいな?」
「覚悟っておい待っ――」

縁側に伸びたふたつの影が、わちゃわちゃと絡まり、そして重なる。
途中のままになったサヤエンドウの山は、侘しさすら湛えてその場に取り残された。もう好きにしてくれと言わんばかりに。
このあと、二人が師匠から大目玉を食らったのは語るまでもない話だ。




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2019/05/19


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