ショートショート・ラブレター(3)


Chapter3:エピローグ



あれから数か月が経った後。連絡先は交換したし、その気になればいつでも会えるのに、俺たちの手紙のやり取りは続いていた。
互いの近況だとか、最近新しく買った万年筆のインクの話だとか、手紙の内容は前とほとんど同じだ。会って話せばいいようなことも手紙に書いた。手紙の方が素直に自分の気持ちを書けるのは、俺もあいつも同じらしい。
変わったことといえば、あいつの封筒に書かれる住所が事務所宛てではなく、俺の家になったこと。そして宛名が「四ノ宮砂月様」に変わったこと。それくらいだ。

俺はさっきから自分のスマホを握り締め、ソファーに座ったり立ったりと落ち着かない。落ち着いていられるわけがない。
なぜなら俺はつい昨日、あいつに手紙を出したからだ。「お前のことが好きだ」という内容の、いわゆるラブレターというやつを。速達かつ簡易書留で。
我ながら、今の時代にわざわざ手紙で告白するのはどうなんだと思わないでもないが、手紙から始まった関係なんだから手紙で想いを伝えるのは道理だろうと自分を納得させた。面と向かってはとても言えないことでも、手紙なら言える。

――が、致命的な欠点がひとつ。相手からの返答がすぐに来ないことだ。
今更になって俺は手紙で告白したのを猛烈に後悔している。待つ時間が地獄のように長い。速達で送ったから、何事もなければとっくに届いているはずだが、トキヤからの返事はない。手紙どころか、電話もメールもだ。
やらかしてしまったかもしれない、と思った。普段のやり取りとか、あいつの反応を見る限り、決して好かれていないわけではないと思ったんだが。違うのか。そういう関係になりたいわけではなかったのか。

そうやって悶々と思いつめていると、いきなりスマホの呼び出し音が鳴った。電話だ。慌てて画面を確認すると「一ノ瀬トキヤ」の文字。俺はらしくなく深呼吸をして、呼吸を整えてから電話に出た。
「……おう」
『砂月さんですか!?一ノ瀬です!あの、今、家ですか!?』
「家にいるけど」
『ちょっと……外に出てきてもらえます!?いま近くに来ていて……!』
電話口のトキヤの声は途切れ途切れで、ノイズがやたら多い。俺はすぐさまマンションの外に出てトキヤを待った。夜の冷たい風が頬に吹き付ける。

「さっ……砂月っ、さんっ……!よかった、会えてっ……」
走りながら俺の前に現れたトキヤは、ぜえぜえと肩で息をしていた。疲労困憊、顔中汗だくだ。アイドルがそんな顔を晒していいのかよ。
「駅から走ってきたのか?」
「はい……少しでも……早く、辿り着こうと……あの、手紙……読みました」
――う。やっぱりその話か。トキヤの手には俺が送った手紙が握り締められている。
「それと……これ、返事です」
差し出されたのは、薄紫色の封筒。こいつがいつも使っているものだ。宛名は書かれておらず、封筒に糊付けもされていない。ただ文章を書いてそこに放り入れただけのような体裁だった。恐る恐る取り出すと、一枚きりの便箋の中央に、たった一言が走り書きで書かれていた。


『私も好きです』


その一文を凝視した後、まだ息が落ち着かないトキヤをじっと見た。口元が緩んで仕方がない。
「……お前、これ渡すためだけに来たのか」
「だって……手紙で告白されたんですから……こちらも手紙で返事をしなくちゃいけないでしょう……」
「だからって全速力で走ってくる奴があるかよ」
「……いらないなら返してください」
「やだよ」

奪い返そうとしてくるトキヤの手を取って、そのまま強く抱き締めた。「痛い!」と文句を言われても無視する。全力疾走してきたトキヤの体は暖かかった。暑苦しくても離してやらない。
手紙から始まった俺達の関係は続いていく。これからはただの文通相手ではなく、恋人として。




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2021/08/08


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