過保護で悪いか


※作曲家コースのさっちゃんとアイドルコースのトキヤさんがペアを組む世界線の話


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もしかしたら、今が一番幸せな時間なのではないだろうか。オーブンで焼いたクッキーが冷めるのを待ちながら、四ノ宮砂月はキッチンでそう思うのだった。
紅茶の豊かな香りが漂ってくる。あちらも準備が整ったようだ。出来上がったクッキーを皿に載せてリビングに向かうと、那月の笑顔に出迎えられた。

「クッキー、できたぞ」
「ありがとうさっちゃん。冷めないうちにいただこうか」

那月のいれた紅茶を一口飲むと、ほのかな甘みとコクが喉の奥を通り抜けていった。好きな味だ。ダージリンのセカンドフラッシュだよ、と那月が説明を入れた。

「さっちゃんはお菓子作りが本当に上手だねえ」
那月はクッキーを頬張ったままうっとりとした声で言う。バターと卵と砂糖と──特に何も珍しいものは何も入れていないシンプルなクッキーだが、那月はそれを世界一のパティシエが作ったものであるかのように味わってくれる。那月がいつもおいしいおいしいと褒めてくれるものだから、いつの間にか週末の菓子作りが日課になってしまった。

「さっちゃんのお菓子、トキヤくんにはもう食べてもらった?」

突然出てきたその名前に、砂月は思わず紅茶を噴き出してしまいそうになったが、気合いでなんとか堪えた。那月のいれた紅茶を無駄にするわけにはいかない。しかしほんの少しだけ器官に入ったらしく、軽く噎せてしまった。

「……なん、で、あいつの名前が出る?」
「だって、ペアを組むようになってからいつも一緒にいるでしょう?……でも、その感じだとまだご馳走してないみたいだね。もったいない!こんなにおいしいのに!」
「俺は那月のために作ってるんだ、他の奴に食わせるためじゃない。……それに、あいつだって俺の手作りなんざ御免だろ」
「そうかな?トキヤくん、絶対喜んでくれると思うけど……」

その自信は一体どこから来るんだと溜息をつきそうになる。一瞬、トキヤに手作りクッキーを差し出す光景を想像してみたが、想像の中のトキヤは驚愕と引き笑いを織り交ぜたような顔で砂月とクッキーとを見比べていた。どうせ「あなたも那月さんに似て可愛らしい趣味をお持ちですね」などと言われるに違いない。絶対に嫌だ。


那月は紅茶を、砂月は菓子を用意して、砂月の部屋に集まる。二人きりの「お茶会」は、入学したばかりの頃は毎週のように開いていた。クラスや寮の部屋が那月と離れ離れになったストレスを解消するために必要だったのだ。だが、夏を迎え、最近ではその頻度も二週に一度ほどまで減った。
課題などで忙しいという理由もあるが──一番の理由は、二人とも互いに依存し合わなくてもよくなったからだろう。卒業オーディションを目指すパートナーと出会えたことで、彼ら双子は兄弟としての適切な距離を保てるようになったとも言える。

「今度の課題曲のアレンジ、さっちゃん達はどこまで進んでる?」

そう言いながら、那月は二杯目の紅茶をティーカップに注ぐ。湯気がふわふわと揺れた。
砂月は少し考え込むように黙った。彼の脳裏に浮かんだのは、昨夜のトキヤとのやり取りだった。
原曲から大胆に変更を加え、動的にアレンジした砂月に対して、トキヤはもっと原曲の明るさを尊重すべきだと言い出してきたのだ。
結局、日付けが変わる時間まで議論を重ねることになったわけだが──当初の形とは似ても似つかなくなった割に、砂月は新しくできたアレンジを案外気に入っていた。ポップロックとでも言うような、砂月一人だけでは決して思い付きもしなかったような明るいアレンジを。

「……大枠はできた。まだ完成ってわけにはいかないけどな。でも、目指す形はちゃんと見えてる。だから大丈夫だ」

砂月は淀みなく答えた。その口元が僅かに緩んで笑みを形作っていることに、たぶん本人は気付いていない。目の前に座る那月だけが、砂月の無意識の微笑みを知っている。

「よかった。その『大丈夫』は、本当に大丈夫な時の『大丈夫』だね」
「なんだそれ」

那月は知っている。砂月が、那月に心配をかけたくない一心で、全く大丈夫ではない時ですら「大丈夫だ」と言ってしまう癖があることを。だけど今の「大丈夫」は、嘘偽りのない、本当の「大丈夫」だった。何も心配することはない。
こんなにも自信にあふれ、自然と笑みがこぼれてしまうほど楽しそうな砂月を見るのは、一体いつぶりだろう。

──きっと、トキヤくんのおかげですね。

砂月とトキヤは、ペアとしてきっとうまくいくだろう。那月は心の中で太鼓判を押した。

「ほら!さっちゃん、クッキーもっとたくさん食べて!僕からのお餞別だよ!」
「作ったのは俺なんだが….…」
「いいからいいから!」

ひょい、ぱく。ひょい、ぱく。
次から次へとクッキーを口に放り込まれても、砂月は抵抗せず、与えられたクッキーを素直に咀嚼しては飲み込む。那月から与えられたものは全て受け止めるのが砂月の主義なのだ。
無心にクッキーを頬張る砂月があんまり可愛いものだから、那月は思わず砂月を頭ごと抱きかかえていた。






2020/02/02


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