愛しの低体温


ぽたり、冷たい雨粒が頬に落ちた音と共に、砂月の意識が表側の世界へ浮上した。
手元を見ればそこには雨に濡れた眼鏡が握られている。おそらく那月は今まで小鳥とでも遊んでいたのだろう。しかし急に雨が降り出してきたため、レンズを拭こうとして眼鏡を外したのだ。砂月は僅かな情報から瞬時に状況を把握した。

上空は分厚い雲に覆われており、小雨がちらついている。この様子だと本降りになるのは時間の問題だ。今でこそ頭上の木々によって雨は凌げているが、これ以上雨脚が強くなると厄介だ。
辺りを見回して現在地を探ったところ、どうやらここは校舎から少し離れた裏庭のようだった。全速力で走っても、屋内に入れるまでには幾分時間がかかるだろう。
このまま木の下で雨宿りしていた方が懸命かとも考えたが、木々が受け止めきれる雨の量にも限度がある。葉の隙間を縫って落ちる雨粒は容赦なく体温を奪っていった。

那月の体は急激な気温の変化に弱い。それはもう一つの人格である砂月とて例外ではなく――いやむしろ、その敏感さは砂月の方が上かもしれない。まるで変温動物のように、気温の変化に直接影響を受けてしまう。こういったにわか雨なら尚更だ。
あれこれ考えている内に雨はより一層激しさを増していた。早く戻らなければ体がびしょ濡れになる。それだけは避けなくては。
もう迷っている暇は無い。砂月は舌打ちして、土砂降りの雨の中へ身を投じた。





雨はまだ降り止まず、それどころか酷い豪雨へと変化していた。
トキヤは窓の向こう側に広がる荒れ模様を見て眉を顰めた。今日は何も仕事が入っていなくて本当に良かったと思う。こんな天気ではスタジオに移動するも億劫だ。
放課後はボイストレーニングでもしようかと考えていたが、天候に比例して喉の調子もあまり良くない。大人しく部屋に篭って授業の復習に専念するべきだろう。トキヤはそう判断して寮の自室に続く廊下を歩いていた。

「……え?」

角を曲がった所で歩みが止まる。廊下の隅で蹲る背中を見つけたからだ。広い肩、蜂蜜色の柔らかな髪。その姿には見覚えがあった。
「四ノ宮、さん?」
間違いない、四ノ宮那月だ。トキヤは慌てて彼の元へ駆け寄った。見ると、彼は全身びしょ濡れだった。もしやこの豪雨の中を傘も差さずに来たのだろうか。

「大丈夫ですか四ノ宮さん、風邪を引いて――」
「触るな……!」

肩を支えようと伸ばされた手は、彼が放った鋭い叫び声によってぴたりと止まった。トキヤは驚きで硬直する。普段は温和な彼が、これほど激しく他人を拒絶するなど想像しなかったからだ。心なしか纏う雰囲気も違う。風邪のせいで気が立っているのかもしれない――そう思うことで動揺を鎮める。トキヤはまだ、目の前にいる彼が「四ノ宮那月」ではないということを知らない。

「触るんじゃ、ねえ……一人でも立てる……」

掠れた声が唇から漏れた。口調だけは強いものの、それがただの虚勢に過ぎないことはトキヤでも容易に見抜けた。弱々しい声で強がられたとしても説得力は皆無だ。
彼は蹲った体勢から壁沿いにずるずると立ち上がろうとするが、壁の支えを失うとすぐにバランスを崩してしまう。音もなく倒れかかる彼を、トキヤが咄嗟に手を伸ばして受け止めた。
彼の体に触れた瞬間、思わずあっと声を上げる。――まるで氷のように冷たい。これは本当に人間の体温かと疑ってしまう。
寒さで青く変色した唇も、小刻みに震える肩も、完全に風邪をひいた人間のそれだった。ただ一つ不安なのは、風邪ならば普通は熱が出るものだが、彼の場合はその逆で体温が異常に低下しているという点だ。このまま放っておいたら大事に関わる。

「四ノ宮さん、とにかく部屋に入りましょう。体を温めないと……」

かしゃん。
彼が手にしていた眼鏡が軽い音を立てて床に落ちた。苦しげにぎゅっと瞑られた目は開かない。彼は気を失っていた。トキヤが肩を支えても拒絶しなかったのはそのためだ。拒む気力もなかったのだろう。
抵抗しないだけ運びやすくはなったが、それでもこの大きな病人を抱えて行くのはかなりの難事だ。寄り掛かってくる重みによろけそうになりながら、トキヤは宙を仰いで途方に暮れた。





いつだって、那月の痛みは自分が引き受けてきた。
体の痛みも、心の痛みも。その目に映るのは選び抜かれた綺麗な景色だけでいい。人間の汚さなんて知らないまま、柔らかな優しさだけに包まれていてほしい。それが那月に望むことだった。
那月が幸せなら何もいらない。痛みを全て肩代わりして影に徹する。その生き方に疑問に感じたことなど一度もなかった。那月の幸せのためだけに自分は存在しているのだから。たとえ、自分の存在を知る者が誰一人いなくても。
那月の痛みは自分の痛みだ。他の誰にも渡さない、奪わせない、干渉させない。――絶対に。



目を覚ますと、見覚えのある天井が広がっていた。那月の部屋だ。そしてここは那月のベッド。いつの間に移動していたのだろう。しかも、びしょ濡れの服は知らない間に取り替えられており、今着ているのはきちんと乾燥した寝間着だった。
不意に襲う寒気にぶるりと体を震わせる。どうやら風邪を引いたらしい。意識を手放す直前、体温の低下は深刻な段階まで行っていたはずだった。仮に無意識だったとしても、そんな状態から無事に部屋まで辿り着き、ご丁寧に着替えまで済ませられるものだろうか。

土砂降りの中を走って、濡れ鼠になりながら寮の入り口に辿り着いたところまでは覚えている。だがそこからの記憶が曖昧だ。朦朧とする意識の中で強い嫌悪が湧き上がったことだけははっきりと覚えているが、それが誰に対して向けた感情なのか、何故そんなことを思ったのか、肝心な部分が思い出せなかった。
しばらく寝ていたお陰で、前よりは随分と体調が回復していた。寒気こそ未だに止まらないものの、がたがたと歯をかち合わせる程ではない。

パチン。
小さな音が耳に入った。電気ポットが湯の沸騰を知らせる音だ。どこをどう思い返してみても電気ポットを使った記憶など一切無く、やはり誰かがいるという結論に至った。よく耳を澄ませると、キッチンで何か音がする。それに人の気配も。誰だ、と思うより先に、キッチンから人影が覗いた。

「ああ四ノ宮さん、目が覚めたんですね」
「なっ……」

安心したような笑顔。こいつは那月の知り合いだ。那月が気に入っている人間は大体把握している。名前は確か……一ノ瀬トキヤ。
何故お前がここにいる。そう言おうとしたのだが、息が詰まってむせてしまった。げほげほげほ、情けない咳が次から次へと出た。トキヤは咳き込む砂月の元へ駆け寄って、いたわるように背中をさすった。

「大丈夫ですか 起きたばかりなんですから、あまり無理しないでください」
「さ……さわんな、つってんだろ……」
「まだそんなことを言っているんですか」

咎める声に棘は無く、トキヤはあくまでも病人に対する態度を崩さなかった。それが益々癪に障る。
自分をここまで運んだ人間も、あの嫌悪の感情が向かう先も、全てはこいつだったのだと確信した。それをきっかけにして、朧げだった記憶が徐々に形を取り戻していく。

「あと少しでお粥ができますから待っていてください。……あ、それより先に蜂蜜湯で体を温めますか?先程は寒さでかなり震えているようでしたから……」
「……出て行け」
「え?」
「出て行け!」

気遣いの言葉を掛けるトキヤを、砂月は間髪入れずに拒絶した。先程声を掛けられた時よりも遥かに激しい口調で。
鉛のように重い体を無理矢理ベッドから引きずり下ろす。頭に割れんばかりの痛みが走る。毛布を剥ぎ取ったことで寒気が更に増し、全身が小刻みに震えた。床に立とうとするが、ぐらぐらと世界が揺れているせいで体を支えることもままならない。満身創痍とはこのことかと、ひどく惨めな思いになる――しかし、それでも砂月はトキヤの助けを拒んだ。

「これは那月の、俺の痛みだ……!これくらいなら一人で治せる……お前に干渉される筋合いは、無い……!」

痛む喉を引きつらせ、掠れた声を搾り出す。彼が抱えているのは、誰にも触れさせてはいけない痛みだった。負い目ばかりの砂月が、これだけは那月の役に立っていると胸を張れること。この痛みこそ彼の誇りであり、存在理由だった。だからこそ必死になって守らなくてはならないのだ。
砂月の必死さは――その理由までは分からないにしろ、トキヤにも伝わったようだった。呆然と目を見開き、青白い顔の砂月をじっと見つめる。分かったなら早く出て行ってくれ。朦朧とする意識の隅で願う。
だが、次にトキヤが口にした言葉は、砂月の期待を大きく裏切るものだった。

「……いい加減にしてください!」

震える声を張り上げて怒鳴りつける。先程の気遣うような優しい声とはまるで正反対だ。トキヤは憤りで唇をわななかせた。
「あなたは病人です。それも、手助けがないとろくに立ち上がれもしないような重病人。そんなあなたを放っておけるわけがないでしょう!早く治したいのなら、つべこべ言わずに大人しく看病されなさい!」
あまりの剣幕に、流石の砂月も気圧された。トキヤの憤りは、砂月の主張する、痛みがどうこうという問題とはまったく関係がなく、彼が看病を頑なに拒むことに対するものだった。砂月とトキヤとでは、この現状に対する優先度がまったく違うのだ。
砂月が二の句を告げずにいるのを肯定と受け取ったのか、トキヤは幾分落ち着いた声に戻った。しかし芯の強さは揺るがない。

「いいですか四ノ宮さん。倒れているあなたを発見し、ここまで連れて来たのは私です。私には、あなたの面倒を最後まで看る権利と義務があります。たとえあなたが拒もうと、私は絶対に出て行ったりしませんよ」

絶対に譲りはしないと、有無を言わさぬ目が告げていた。いくら心身が弱っているとはいえ、砂月の那月に対する想いが、目の前にいるこの男の迫力に一瞬でも負けそうになったなどと認められるわけがない。
砂月はトキヤを睨みつけたまま「……好きにしろ」と小さく呟いた。それは事実上の敗北宣言だった。

砂月が渋々といった様子で再びベッドに潜り込むと、トキヤはその背中に暖かい毛布をかけてやった。上から目線の物言いとは裏腹に、トキヤの手つきは優しい。
このお人好しめ、と砂月は声にならない声で呟いた。トキヤの世話焼きな性格は生まれ持ったものなのだろう。その優しさは「四ノ宮那月」に向けられているものにすぎないと分かっているはずなのに、砂月は何故か泣きそうだった。

「大きな声を出してしまったから、喉に負担がかかってしまったでしょう。これを飲めば少しは痛みが和らぐはずです」

そう言って差し出されたのは、湯に蜂蜜を溶かしただけのシンプルな飲み物だった。悔しいことに、先程叫び声を上げたせいで喉の痛みが酷くなっていることを見破られている。
看病する側と、看病される側。優位に立っているのは確実に前者だ。施しを受けるのは本意ではないが、借りの一つや二つ増えた所で変わりはしない。
自分に言い訳しながらマグカップを受け取った。あたたかい。一口飲んで、ほう、と溜息が出そうになるのを必死で抑えた。これ以上隙を見せるのはよくない――目の前で気を失った時点で今更なことではあったが。

その葛藤を知ってか知らずか、トキヤは砂月が全て飲み終えるまで視線を外さなかった。まるで監視されているようだ。マグカップの中身が空になったのを見ると、トキヤの唇が緩やかに孤を描く。
「それでは、しばらくの間待っていてください。お粥を持ってきますから」
砂月の体を横にするのを手伝った後、トキヤはキッチンに向かおうと背を向ける。しかし、それを阻んだのはベッドから伸びた砂月の手だった。冷たい手がトキヤの腕を掴んで離さない。

「どうしました?」
「……お前には、俺の面倒を看る義務があるんだろう」
「ええ」
「だったら、俺の傍にいろ」

トキヤは虚を突かれたようにぽかんと口を開けた。触れられることすらあんなに拒んでいた彼が、傍にいろと懇願している。先程とはまったく違う状況に混乱せざるを得なかった。布団の隙間から覗く砂月の目が、少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「ですが、お粥の用意をしないと……」
トキヤの戸惑いが伝わってきたのか、手を握る力が強くなる。

「いろよ、ここに」
「でも、」
「いいから」
「……」

そこまで言われては無碍に断ることもできない。何しろ相手は病人だ。体が弱った状態だと心細くもなるのだろう。相手の頼みを尊重し、粥の用意は後回しにすることにした。冷めたらまた作り直せばいい。
「……気が済んだら離してくださいね」
ベッドの端に座り、柔らかな髪を撫でる。くすぐったそうに身を捩らせるのが、まるで幼い子供のように思えて、小さく微笑んだ。

砂月は普段ならこんなことは絶対に許さない。なのにそれを当たり前のように受け入れてしまうのは、きっと風邪を引いて本調子ではないからだ。こんな時でも自分への言い訳は欠かさなかった。
……たとえ、その優しさが「四ノ宮那月」に向けられたものであったとしても。髪に触れる手を感じているのは、紛れも無く「四ノ宮砂月」だった。胸の奥に生じた淡い喜びの正体に気付かぬまま、砂月は穏やかなまどろみに吸い込まれていった。





――あれから一年以上が経った現在。何がそうさせたのか、二人は夜を共にする間柄になっていた。これだから因果というものは訳が分からない。

「覚えていますか?あなたと初めて出会った時のこと」
「……記憶にねえな」

ベッドの上に腰掛けながら、砂月は憮然とした表情で眉をしかめる。どうやら本当に覚えていないらしい。あの時の砂月は風邪で意識が朦朧としていたから、それも仕方ないことだ。だが彼は、自分の記憶にない出来事をトキヤだけが知っているという事実が余程気に食わないようだった。
不機嫌さを顕にする砂月とは対照的に、トキヤは軽く笑って砂月の隣に座った。ベッドのスプリングが僅かに軋む。

「心配せずとも、あの時あなたが口走ったことは誰にも言っていませんよ」
「……俺が何を言ったって?」
「さあ」

わざとらしく首を傾げてみせると、砂月はますます眉間の皺を深くする。小さな子供が見たら泣き出してしまいそうな凶悪顔だ。しかし、そんな形相で睨まれてもトキヤは平然としていた。以前ならそれこそ竦みあがっていたかもしれないが、砂月に対する耐性ができた今は、多少のことでは動じない。
トキヤの澄まし顔を見て、砂月はそれ以上の話を聞き出すのを諦めたようだった。しかしそこで簡単に負けを認める砂月ではなかった。仕返しとばかりに、トキヤの肩を抱き寄せて唇を奪う。

「ん……っ!?」

不意を突かれたトキヤは目を大きく見開いた。眼前に砂月の端正な顔がある。キスをされているのだと気付くまでに若干のタイムラグがあった。
せめてもの抵抗を試みるが、がっちりと拘束された両腕はぴくりとも動かない。同じ男同士だというのに、何故こうも歴然とした腕力の差があるのか。いや、そもそも四ノ宮砂月とそれ以外の人間を比べること自体が無意味だ。為す術もなく砂月の舌に翻弄される。

「んん……っ、ふ、あ……さつ、き、」

今までに何度したか分からないのに、砂月の荒々しい口付けにはいつまでたっても慣れずにいた。甘い痺れに酔ってしまう。目尻に涙が滲み、砂月の顔もよく見えなくなった。絡みつく熱い舌先と、互いの唾液が混ざり合う音が、そこに彼がいるのだと教えてくれる。

トキヤは、ぼうっとする頭の隅で、砂月と出会ったばかりの頃を思い出していた。
あの時はまだ、本当の名前すら知らずに接していた。彼が四ノ宮那月の別人格であることを知ったのは、初めての出会いから暫く時間が経った後だった。その事実を知った当初は驚きもあったが、案外すぐに受け入れられた。ずっと、そんな気はしていたのだ。平素の彼とは、まるで雰囲気が違っていたから。

「……ん、」
「はぁっ、はぁっ……」

唇が離れると、トキヤは酸素を求めて浅い呼吸を繰り返した。砂月も僅かばかり息が乱れていた。そのまま二人はなだれ込むようにベッドへ体を預けた。
トキヤの目に溜まっていた涙が、ぽろりと一粒頬を伝って落ちる。涙の膜がなくなったことで、ぼやけていた視界がクリアになった。砂月と目が合う。熱の篭った目がトキヤを真っ直ぐに見つめていた。


――他者を拒む彼のことを、もっと知りたいと願った。そこから全てが始まったのだ。
トキヤが近付こうとすればするほど、砂月は逃げるようにして遠ざかっていく。それでもなお懸命に追いかけた。
赤の他人だった二人は、そうしていつの間にか、特別な――有り体に言うなら、互いに体を重ねる関係にまでなった。何故そこまで進んでしまったのか、理由は当事者ですら分からない。ただ一つはっきりしているのは、トキヤが砂月を意識し始めたきっかけが、間違いなくあの雨の日だということだけだ。

あれから、実に色々なことが変わった。しかし変わらないことも多くある。例えば、そう。

「……あなたの手の冷たさは、相変わらずですね」

肌に触れてくる砂月の手。冷たい指先が皮膚の上を滑ると、ぞくぞくとした刺激が背筋を駆け巡り、湿った吐息が口をつく。
砂月の体温は常に低い。トキヤもそれほど体温が高いわけではなかったが、砂月は更に下を行っていた。風邪を引いていたあの時の冷たさにはぎょっとしたものだ。
トキヤが懐かしさに浸っていると、砂月はむっとしたように目を細めた。それは共有できない記憶に対する苛立ちだった。

「低体温は元からなんだ、変わりようがない。――それに」
急に砂月がトキヤの耳元に唇を近付けた。
「……お前が俺に、熱を分けてくれるんだろ?」
「――っ!」

耳元で囁かれた、吐息混じりの言葉。それは、トキヤの頬を一気に紅潮させるには充分すぎるほどの効果があった。顔だけでなく全身が熱い。強張った指先に、砂月の指が絡む。指の腹がゆっくりと手のひらをなぞった。それだけで敏感に反応してしまう。
「あっ……!」
トキヤが高い声を上げると、砂月は満足げに口の端を持ち上げた。ああ、どうしたって勝てそうにない。




「や、あ、砂月、さつき……っ」
熱い杭が中で出し入れされるたびに、トキヤの薄い胸が跳ねる。熱い。何もかもが熱い。
初めのうちこそ唇を噛んで耐えていたが、襲い来る快楽の渦には抗えない。砂月に何度も抱かれた体は、僅かな刺激すらも拾い上げて快感に変える。思考回路はとうに焼き切れ、口をついて出るのは意味を成さない喘ぎ声ばかりだった。律動はますます激しさを増していく。肉と肉のぶつかり合う音が、二人きりの部屋に響いた。

「んうっ、あ、もっと、もっと、奥……!」

 羞恥心を放り出して腰を揺らす。もうどうにでもなってしまえ。欲しいのは今以上の刺激だった。荒い呼吸を繰り返す砂月は、トキヤの求めに応えるようにより強く腰を打ち付けてきた。容赦無く内壁を抉られて意識が飛びそうになる。そろそろ限界が近い。

「あっ、だめです、もう……んっ、ああ……っ!」
「くっ……」

熱いものが注ぎ込まれる感覚に、びくびくと体が震える。それと同時にトキヤも一際高い嬌声を上げて吐精した。頭の中が真っ白になる。咄嗟に息を止めて熱をやり過ごそうとした。
しばらくすると激しい波はゆるやかに引いていき、後には奇妙な浮遊感だけが残された。
止めていた息を数秒かけて吐き出す。張り詰めた緊張が解け、体の隅々まで脱力していった。

「……汗、かいてるぞ」
砂月は微かに笑って、トキヤの額に滲む汗を拭ってやった。あれだけ激しい運動を繰り返したというのに、砂月の手はいつも通り冷たい。今はその冷たさがとても心地良く思えた。
「あなたの体温は、なんだか安心します。どうしてでしょうね」
トキヤは砂月の手を自分の両手でぎゅっと包み込んだ。熱を分け与えるように、大切に。すると砂月の口から、ほぼ無意識のうちに小さな呟きが零れ落ちた。

「――好き、だからじゃないのか?」

思いがけない返答に目を瞬かせる。砂月がこんな直接的な表現を使うのは珍しい。
きょとんとしたトキヤの表情を見て、砂月も自分が言った言葉の恥ずかしさに気付いたらしい。慌てて「今のは無しだ」と顔を背けるが、赤くなる耳までは隠せなかった。

砂月の言葉はトキヤにとって紛れも無い真実だった。好きでなくては、触れられて嬉しいと思うはずがない。好きだからこそ、傍にいてくれる証に安堵する。……そんな当たり前のことを確かめるために、自分たちは飽きもせず互いの体温を求めるのだ。
トキヤは肯定の言葉の代わりに、砂月の冷たい手のひらへ優しく口付けを落とす。この微熱のような感情が、少しでも彼に伝わればいいと思いながら。





2012/12/28


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